ゴン×ノ×コキョウ






ステラの「もっと一緒にいたい」という言葉に、心臓が大きく跳ねた。俺に向けて言ったわけじゃねえって分かってる。ゴンも含めて、三人でってことだろ。それでも、その言葉の響きが耳に残って離れねえ。



「……うるせーな、ゴン。はしゃぎすぎだっつーの」



俺は照れ隠しに、飛び跳ねるゴンの頭を軽く小突いた。くじら島か。ゴンの育った場所……どんなところなんだろうな。俺の育ったあの家とは、きっと全然違うんだろう。



「で、どうやって行くんだよ。船か? まさか泳いで帰るとか言わねえだろうな」



わざと軽口を叩いて、ステラの方を盗み見る。あいつの嬉しそうな笑顔を見ると、胸の奥がむず痒くなる。こいつと一緒なら、どこへ行くのも悪くねえ。むしろ、もっと色んな場所に連れて行ってやりたい、なんて。そんなこと、口が裂けても言えねえけどな。



「そんなわけないでしょ! 実はもうちゃんと取ってあるんだ!」



ゴンは得意げに3人分の船のチケットを取り出した。



「準備がいいね! なんかさ、キルアの家にも行ったし、ゴンの故郷にも行くしで、なんかいいね。友達の育った環境を目の当たりにして、二人の事を更に知れる感じで」



ゴンの差し出したチケットを、俺は横目でちらりと見る。用意周到なやつ。ステラがいいね!なんて笑ってるのを見て、なんだか調子が狂う。友達の育った環境、ね。俺の家とは大違いだろうな。



「……ふん、物好きだな。ゴンの育った場所なんて、どうせクソ田舎だろ」



憎まれ口を叩きながらも、想像していた。ステラが、俺の育ったあの暗い家を見て、どう思うだろうか。きっと、ドン引きするに決まってる。ゴンが羨ましい、なんて思っちまうのは、らしくねえな。



「ま、お前がそこまで言うなら、付き合ってやらなくもねえけど」



俺はポケットに手を突っ込み、わざとつまらなそうな顔で付け加える。本当は、ステラと一緒ならどこでもいい。そう思い始めてる自分に、まだ気づかないフリをしていた。

デッキの手すりに寄りかかり、徐々に小さくなる港を眺めながら、キルアは自分の変化を感じていた。ステラもキルアとゴンの隣に立ち、港が見えなくなっても海を眺め続けていた。



「くじら島の森は訓練に最適なんだよ! 色んな生き物がいて、地形も変化に富んでるんだ」

「環境がひとをつくる……か。わあ、あれがゴンの故郷なんだね。くじらの形してる! かわいい〜」



ステラは名前の通りにくじらの形をした島を見て楽しげに笑う。ステラのはしゃぎように、俺は思わず口元が緩むのを隠すように、そっぽを向いた。くじらの形……か。確かに言われてみれば、そう見えなくもねえな。



「ふん、子供みてーにはしゃぎやがって。森で訓練ねえ……まあ、退屈しねえならいいけどな」



俺は手すりに肘をつき、悪態をつく。だが、その声は自分でも分かるくらいに穏やかだった。ゴンが育った場所。ステラが「かわいい」と笑う場所。俺が今までいた世界とは、何もかもが違うんだろう。ゴンとステラが楽しそうに話しているのを横目で見ながら、俺は静かに思う。こいつらと一緒にいると、今まで知らなかった感情が次々と湧き上がってくる。この温かい感覚を、俺はまだどう扱っていいのか分からなかった。



「なによ、子供みてーって! キルアのが子供っぽいじゃん!」



ステラは負けじと言い返す。ステラの「子供っぽい」という言葉に、俺はカチンときて言い返そうとしたが、船が港に着いた衝撃でタイミングを逃した。ちっ、覚えてろよ。



「……うるせえな。さっさと降りるぞ」



俺は憎まれ口を叩きながら、タラップを軽やかに駆け下りる。潮の香りと、濃い緑の匂いが混じり合って鼻をくすぐった。空気がうめえな、なんてらしくないことを思う。



「で、ゴン。お前の言ってた訓練に最適って森はどこだよ?」



俺は辺りを見回しながら尋ねる。ゴンとステラも俺の隣に降り立ち、ステラは物珍しそうにキョロキョロしていた。その無防備な様子に、少しだけ口元が緩む。俺がついててやんねえとな。ゴンは誇らしげな笑顔を浮かべ、山の方向に手を伸ばした。懐かしい故郷の景色に心が弾む。



「あっちだよ! 一番いいのは高さが違う木がたくさん生えてるあの辺りだ。枝渡りの練習にぴったりなんだ。ミトさんはいつもオレがそこで遊んでるって怒るけど」



ゴンはキラキラした目でステラとキルアの方を向き、友達と故郷を共有できる喜びが込み上げてくる。



「ステラ、キルア! まずは森を案内するね。それから釣りも教えてあげるよ。この島の魚は最高に美味しいんだ!」



ゴンの弾んだ声を聞きながら、俺は森の方へ視線をやった。確かに、複雑に入り組んだ木々が訓練にはもってこいかもしれねえ。だが、それよりも今は、隣で目を輝かせているステラの横顔の方が気になっちまう。



「釣りねえ……まあ、たまにはそういうのも悪くねえか……で、いつまでここに突っ立ってんだよ。さっさと案内しろって」



俺はポケットに手を突っ込んだまま、ぶっきらぼうに答える。俺はゴンの背中を軽く押し、歩き出すよう促した。本当は、この島でステラがどんな顔をするのか、それを見るのが一番の楽しみだってことには、まだ気づかねえフリをしておこう。

三人は森で訓練に取り組み、少しだけ念に詳しいステラに教わったりしながら念の鍛錬もこなすと今度はゴンおすすめの釣り場に向かった。



「このくじら島では最高の魚が釣れるんだよ。俺の特技は釣りだからまかせて! ミトさんが喜ぶ顔が目に浮かぶよ! キルアとステラも釣りやってみる? 教えてあげるからさ!」



潮風が頬を撫でていく。海と森の匂いが混ざった、くじら島独特の空気が鼻をくすぐる。俺はゴンが手にした釣り竿をじっと見つめた。暗殺以外の「特技」なんて、考えたこともなかった。



「ああ、やってみるよ。でもヘンな魚釣れても責任取らねーからな」



そう言いながら、俺はゴンから竿を受け取る。意外と重みがあるな。隣でステラも竿を受け取り、困ったように見つめている。

「どうした? 釣り竿なんて持ったことないのか? まあ見てな。俺だって初めてでも、すぐにコツをつかんでやるさ」



つい、からかうような口調になる。だが、ステラの不器用そうな手つきを見ていると、なぜか胸の中が温かくなる。そう豪語したものの、実際に竿を構えると予想以上に難しい。バランスが取れない。ゴンの動きを盗み見ながら、必死に真似をする。ステラに弱みを見せたくなくて、余計に力が入る。



「まずは竿をしっかり持って、こうやって! 糸を遠くに投げるんだ。ほら、手首をスナップさせるようにね!」



ゴンは満面の笑みを浮かべながら、ステラの横に立って竿の持ち方を優しく指導した。



「ありがとうゴン! よーし、美味しいの釣るぞ!」



海風が三人の髪を撫でる中、ステラは自分の竿を軽やかに振り、見事な弧を描いて遠くに糸を飛ばした。海面に映る陽光がキラキラと揺れる中、俺はステラの投げた糸が弧を描くのを見ていた。初めてとは思えねえくらい見事な投げっぷりだ。つい感心しながら、俺も負けじと竿を構える。



「ちっ、なかなかやるじゃねえか。だが、俺だって負けねえぞ」



そう言いつつ、ゴンの動きを真似して手首をひねる。糸が飛ぶ感触は悪くねえ。だが、すぐにステラが小さく声を上げた。竿がしなってる。魚が掛かったらしい。



「え、ホントに釣れた? 早すぎだろ、ステラ」



俺は思わず笑いながら近づく。ステラの顔には驚きと喜びが混じってる。俺もつられて口角が上がっちまう。ゴンが「すげえ!」と叫びながら横で跳ねてるのが、妙に可笑しい。



「ほら、しっかり引けよ。逃がすなって」

「やったー! 釣れた! ゴンが教えてくれたおかげだね!」



ステラは魚を釣り上げてはしゃいだ声を上げる。するとキルアの竿に強い引きが来た。



「あっキルア! かかってるよ! これはでかいんじゃない?」



ステラの声にハッとして、俺は竿を握る手に力を込めた。確かに重い引きだ。海面が波立って、でかい影がチラつく。暗殺の技術とは違う、こんな単純な力が試される場面なんて新鮮だ。



「へっ、こいつは面白そうじゃねえか。ステラに負けるつもりはねえぞ!」



そう言いながら、俺は全身を使って竿を引き上げる。筋肉が張る感覚が妙に心地いい。ゴンが横で「頑張れキルア!」と叫んでるのが耳に入る。



「うるせえ、黙って見てろ!」



魚が水面を跳ねる瞬間、ステラが小さく歓声を上げた。その無邪気な笑顔を見ると、なぜか胸がざわつく。こんな穏やかな時間、俺には似合わねえはずなのに。



「よし、上がった! でけえな、こいつ……」



波しぶきを上げながら、見事な大物を釣り上げ、思わず口元が緩む。ステラとゴンが駆け寄ってくるのが視界の端に見える。こんなことで心が軽くなるなんて、俺も変わっちまったな。



「きゃー! あははっ、びしょ濡れになっちゃったよ。でもキルアすごーい!」



キルアが大きな魚を釣り上げると水しぶきが派手にかかり、ずぶ濡れになった。ステラの服は濡れて肌が微かに透けているが気付かずにはしゃぎ声を上げる。

ステラの笑い声が海風に混じって響く中、俺は釣り上げた大物を見ながら少し照れくさくなった。だが、視線をステラに移した瞬間、濡れた服越しに透ける肌に気づいて思わず顔をそらす。



「バカ、濡れてるじゃねえか。風邪引くぞ」



そう言いながら、俺はタンクトップを脱いで適当に絞ると、ステラに放り投げた。ゴンが横でニヤニヤしてるのが気に障るが、今は無視だ。



「とりあえずこれ着とけ。寒くなる前に戻るぞ」

「ええ!? キルア上半身裸になっちゃうじゃん! だめだよ!」



キルアがたった今着ていた黒いタンクトップを放り投げられてステラは戸惑った顔をする。キルアの肌に直接触れていたその服にはキルアの温もりが残っていた。

ステラの慌てた声に、俺は軽く肩をすくめて苦笑した。確かに上半身裸は少し寒いが、こんなことでへこたれる俺じゃねえ。暗殺者として鍛えた体は、ちょっとした冷たさくらい平気だ。



「バカ、心配してんじゃねえよ。俺は平気だ。さっさと着替えろってんだ」



そう言いながら、俺はステラの困惑した顔を一瞥し、すぐに視線を島の方角に戻す。











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