ソウ×シツ×カン
新聞を握りしめる手に力がこもり、紙がくしゃりと音を立てる。ステラが、あのステラが死んだ……?いや、あり得ない。
「この記事は……何かの間違いだ。ステラは旅団ではない。それに、あいつがこんな所で死ぬはずがない」
冷静になれ、と自分に言い聞かせるが、鼓動は速まるばかりだ。
「まずは情報の真偽を確かめねば。ゴン……キルア……レオリオ……!」
レオリオに今の写真を添付して送ったところ『嘘だろ?なんでステラが……、幻影旅団と一緒に? おいクラピカ、詳しく聞かせろ。今ゴンとキルアとヨークシンシティビル横のホテルにいる』と返事が来た。私はレオリオからの返信を見て、すぐさま電話をかける。
「レオリオか、私だ。詳しい話は後だ。すぐにそちらへ向かう。明日までには着く」
電話を切り、走り出す。ステラ……無事でいてくれ。たとえ偽物の記事だとしても、お前の安否が確認できるまで、私の心は休まらない。
レオリオの態度が、俺の心の奥底にある最悪の想像を掻き立てる。言い淀むその一瞬が、永遠のように長く感じられた。全身の血が逆流するような感覚に襲われる。
「……なんだよ。はっきり言えよ! ステラがどうしたんだって聞いてんだ! 何かあったのか!?」
俺はレオリオの胸ぐらを掴み、壁に押し付ける。ゴンが慌てて俺の腕を掴むが、振り払う。こいつの悲痛な顔なんて見たくもねえ。ただ事実だけが知りたい。声が震えているのが自分でも分かった。頼むから、最悪の答えだけは聞きたくない。だが、レオリオの苦しげな表情が、その望みを打ち砕こうとしていた。
「旅団が死んだらしい。クラピカから送られてきた画像だ……っ」
レオリオは顔を押さえつけられたまま、クラピカから添付されてきた写真を見せた。
そこにはヒソカとステラを含めた幻影旅団の死体が写っていた。
レオリオが差し出したスマホの画面が、俺の網膜に焼き付く。そこに映っていたのは、紛れもなくステラの姿だった。ツインテールのピンクの髪、最近着ていた服……それが、他の団員の死体と共に、無造作に転がっている。頭が真っ白になった。
「……は?」
時間が止まったような感覚。レオリオの胸ぐらを掴んでいた手から力が抜け、だらりと垂れる。ゴンの息を呑む音がやけに大きく聞こえた。
嘘だ。こんなの、何かの間違いだ。
俺はスマホをひったくるように掴み、画面を凝視する。写真の中のステラは、静かに目を閉じている。溢れ出てる鮮血。その隣には、あのふざけたピエロ……ヒソカも転がっていた。頭が真っ白になり、怒りと絶望で体が震える。
「……なんだよ、これ……冗談キツイぜ、レオリオ……」
乾いた笑いが口から漏れる。だが、レオリオの苦悶に満ちた表情が、これが現実だと突きつけてくる。心臓を鷲掴みにされたような痛みが全身を駆け巡り、俺はゆっくりと後ずさった。
「……なんだよ、なんでここにステラがいるんだ? ステラは幻影旅団の仲間だったのか? どういうことなんだよ!」
レオリオは叫び、壁にドンっと拳を打ち付けた。
「ステラ……嘘だろ? だって昨日会ったばかりなのに」
ゴンも呆然と呟き、その目から光が消えた。レオリオの叫びも、ゴンの呟きも、まるで遠くで鳴っている耳鳴りのようにしか聞こえない。俺の視線は、スマホの画面に釘付けになったままだ。
ステラが、死んでいる。
その事実が、鋭い刃物のように俺の心を抉っていく。
「……仲間……? あいつが……?」
馬鹿な。ありえねえ。ステラが旅団の仲間?だったら、なんで俺たちの前に現れた?
なんで俺は……あいつを好きになった……?
思考がぐちゃぐちゃになって、何も考えられない。
「……違う……」
俺はか細い声で否定する。信じたくない。いや、信じない。何かの間違いだ。クラピカが送ってきた画像だと言ったな。そうだ、あいつなら…あいつなら何か知ってるはずだ。
「……クラピカは……クラピカはなんて言ってたんだよ……!」
俺はレオリオに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。息が苦しい。足元が崩れていくような感覚に、必死で耐えていた。
「そのクラピカもかなり混乱して、動揺しているんだ……憔悴しきってる。……旅団全員、ゾルディック家に殲滅されたとよ」
レオリオはクソッ!といって拳を床に打ち付ける。
ゾルディック家……?
レオリオが口にしたその名が、俺の頭を鈍器で殴りつけたような衝撃を与えた。思考が完全に停止する。親父?兄貴?それとも、じいちゃんか……?なんで、あいつらが旅団を……ステラを……?
「……は……?」
乾いた声が漏れる。理解が追いつかない。俺の家族が、俺の大切な奴を殺した?なんだよそれ。何の冗談だ。目の前がぐにゃりと歪み、立っているのがやっとだった。
「……俺の……家が……?」
レオリオの怒りも、ゴンの絶望も、もう俺の耳には届かない。ただ、スマホに写るステラの顔と、ゾルディック家という言葉だけが、頭の中でぐるぐると回り続けていた。
「……なんで……どうしてだよ……っ」
全身から力が抜けていく。膝から崩れ落ちそうになるのを、壁に手をついて必死に堪えた。クラピカからの情報?そんなもん、もうどうでもいい。俺が知りたいのは、ただ一つだけだ。
そこにクラピカが到着する。表情はとても暗い。旅団という目的を失い、ステラという仲間だったはずの彼女が幻影旅団と一緒に死んでいた事もありクラピカの心は重く冷たく沈んでいた。
「待たせたな……。久しぶりだ、皆」
随分と痩せ、憔悴しきった姿のクラピカが姿を現した。クラピカの姿を視界の端に捉えたが、俺の口からは何の言葉も出てこなかった。痩せて、憔悴しきったその姿。だが、今の俺には、あいつを気遣う余裕なんて欠片もねえ。頭の中は、さっきレオリオが言った「ゾルディック家」という言葉でいっぱいだった。
「……なあ、クラピカ」
俺は壁に手をついたまま、低い声で問いかける。顔を上げる気力も湧かない。ただ、確認しなければならない。この胸を締め付ける、最悪の疑念を。
「旅団を……ステラを殺したのは、本当に……俺の家族なのか……?」
絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。頼む、否定してくれ。何かの間違いだと言ってくれ。俺は祈るような気持ちで、クラピカの答えを待った。
「ああ……。実際に写真が出ている……。間違いないだろう……」
クラピカはその場に膝から崩れ落ちた。
「ステラは……ステラは、幻影旅団の仲間だった……くそっ、私は、仇が目の前にいるとも知らずに……ハンター試験で彼女のことを……仲間だと信じ切って。なぜ気付かなかった……!?」
クラピカの言葉が、俺の最後の希望を打ち砕いた。間違いない……?なんだよ、それ。膝から崩れ落ちるクラピカの姿がぼやけて見える。仲間だと思ってた奴が仇だった……?知るかよ、そんなこと。俺には関係ねえ。
「……なんで……」
俺は壁を殴りつけていた。何度も、何度も。拳が砕けて血が滲んでも、痛みなんて感じなかった。胸の奥で何かが壊れていく音の方が、よっぽど大きく響いている。
「なんで俺の家族がステラを殺さなきゃなんねえんだよッ!!」
叫び声が部屋に響く。ゴンが俺の肩を掴むが、その手を乱暴に振り払った。ステラが旅団だったとか、クラピカの仇だったとか、そんなことはどうでもいい。ただ、俺の家族が、あいつの命を奪った。その事実だけが、俺の全てを黒く塗りつぶしていく。
「……っ!」
クラピカの携帯が鳴る。携帯の画面を見た途端、クラピカの表情が変わった。クラピカが勢いよく部屋を出ていく。その背中を、俺はただ虚ろな目で見送ることしかできなかった。携帯?今更誰から連絡があったって言うんだ。もう何もかも手遅れなのに。
「……関係ねえ……」
誰に言うでもなく、呟きが漏れる。拳から滴る血が床に小さな染みを作る。痛いのは拳じゃない。抉られたみてえに痛むのは、この胸の奥だ。
「俺にはもう……関係ねえよ……」
ゴンが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。その優しさが今はただ辛い。俺の家族が、ステラを殺した。その事実から、どうやったって逃げられねえんだ。憎しみが腹の底から湧き上がってくる。家族への、どうしようもない黒い憎悪が。クラピカが慌てて戻ってくる。携帯のメール画面を突きつけて叫ぶ。
「ヒソカからだ……! 『死体は偽物』だと。奴らの中にそういう能力者がいるらしい。くそっ……何故こんなことに頭が回らなかったんだ……!!」
クラピカが突きつけてきた携帯の画面。そこに表示された「死体は偽物」という短い文字列が、俺の思考を再び停止させた。さっきまでの絶望とは違う、もっと激しい混乱が頭を殴りつける。
「……は……? 偽物……?」
クラピカの言葉を繰り返すのがやっとだった。殴りつけて血が滲む拳の痛みも、胸を抉るような喪失感も、一瞬でどこかへ吹き飛んでいく。偽物?じゃあ、ステラは……?
「どういうことだよ、それ……!じゃあ、ステラは……ステラは生きてんのか!?」
俺はクラピカの肩を掴んで、馬鹿みてえに揺さぶっていた。さっきまで憎しみに染まっていた目に、一筋の光が差し込む。頼む、そうだと言ってくれ。
「生きてるんだろ!? そうなんだよな!?」
必死の形相で問い詰める俺を、クラピカは複雑な表情で見つめ返していた。
「そんな事私が知るはずないだろう! こっちが聞きたいくらいだ!」
クラピカは激昂する。それから「すまない、落ち着かねば……」と自分を律する。
「とにかく、幻影旅団は生きている。となればステラも幻影旅団の元にいるんだろう……。私は幻影旅団を追う。キルアも旅団を追う理由があるんだろう。協力しないか」
クラピカの言葉が、俺の頭の中で反響する。幻影旅団は生きている。ステラも、あいつらの元にいる……?協力……?当たり前だ。さっきまでの絶望が嘘みてえに、体中に電気が走る感覚がした。俺はクラピカの肩を掴んでいた手を離し、強く拳を握りしめる。血が滲む痛みなんて、今の高揚感の前ではどうでもいい。ステラが生きているかもしれない。その可能性だけで、俺はなんだってできる。
「……当たり前だろ。あいつが本当に旅団の仲間だろうが関係ねえ。俺はあいつを連れ戻す。そのためなら、なんだって協力してやるよ」
俺の目に、再び光が戻っていた。家族への憎しみは消えちゃいねえ。むしろ、ステラをこんな状況に追い込んだかもしれない連中への怒りが、新たな炎となって燃え上がっている。
「で、どうすんだ? 手がかりはあんのか?」
クラピカはキルアの言葉に少し落ち着きを取り戻し、茶色の目に戻した。そして静かな声で続ける。
「それと……旅団が全員流星街の出身者だと判明したらしい。まずは奴らの本当のアジトを見つける必要がある。作戦を立てよう」
流星街……?初めて聞く地名だ。だが、そんなことはどうでもいい。あいつらのアジトが分かれば、ステラの居場所にも繋がるはずだ。俺はクラピカの言葉に頷き、思考を巡らせる。
「流星街か……聞いたことねえな。けど、アジトを見つけるって言っても、どうやって探すんだよ」
俺は自分の拳を見下ろした。乾いた血がこびりついている。ステラが生きてるかもしれない。その事実だけで、さっきまでの絶望が嘘みたいだ。でも、本当にあいつは旅団の仲間なのか……?いや、今はそんなこと考えてる場合じゃねえ。
「それに、幻影旅団の奴らだろ? 簡単に見つかるとは思えねえぞ」
俺の疑問に、クラピカは冷静に答えるだろう。こいつはもう、復讐の鎖に縛られただけの男じゃねえ。俺と同じで、守るべきもののために戦おうとしてる。その目は、そう語っていた。
クラピカは流星街について説明する。この世の何を捨てても許される場所。独裁者の人種隔離政策に始まり、1500年以上前から廃棄物の処分場となっている地域であること。捨て子・犯罪者・住処を失った民族などが集まる事で多人種のるつぼとなっており、流星街の住人は廃棄物を再利用する事で生活しており、住民同士の結束は非常に強いということ。
「アジトを見つける方法については、私に考えがある。聞いてくれるか?」
クラピカの説明を聞きながら、俺は壁に背を預けて腕を組んだ。流星街……ゴミ捨て場みてえな場所か。そんなところで育った連中なら、確かに結束は固いだろうな。厄介なことこの上ねえ。
「……ああ、言ってみろよ」
俺は短く促した。考えがある、ね。こいつのその冷静さが今は頼もしい。ステラが本当に旅団の仲間なのか、なんでそんなことになったのか、聞きてえことは山ほどある。でも、そんなのはあいつを連れ戻してからだ。
「どんな方法だろうが、俺はやるぜ。あいつを取り戻すためならな」
拳を握りしめる。さっき殴って滲んだ血が、乾いてひきつる感覚がした。それが、俺の決意をさらに固くさせる。必ず、ステラをこの手に取り戻す。幻影旅団だろうが、俺の家族だろうが、誰にも邪魔はさせねえ。