コクハク×ト×ワカイ
ステラはすぐに顔を背けた。こんな泣いてる顔なんて見られたくない。
「……なに? なんで来たの? なんで、ここにいるとわかったの?」
背けられた顔、震える声。俺から逃げようとするその小さな姿が、どうしようもなく胸を締め付ける。なんで来たのか、だって?そんなの決まってんだろ。
「お前が泣いてる気がしたからだ。理由は、それだけで十分だろ」
一歩、また一歩と、ステラとの距離を詰める。逃がさねえ。もう二度と、独りで泣かせたりしねえ。
「俺、何も知らねえで……ひでえこと言った。お前のこと、何も分かってなかった。本当に……ごめん」
やっと言えた謝罪の言葉は、後悔の念でいっぱいだった。俯いたステラの髪から、涙のしずくが落ちるのが見える。俺はそっと手を伸ばし、震えるその肩に触れた。俺の手が肩に触れるとビクリと震えた。
「怖かったの。流星街出身だって言ったら、かつての仲間が幻影旅団になっていたと言ったら……」
ステラは目を逸らしたまま話す。
「きっと、嫌われるって思った。だから……言えなかったのは、私。話せなかったのは、私……だから嫌われても仕方ないってわかってる。ごめんね……」
ステラの言葉が、鋭い刃みたいに俺の胸に突き刺さる。嫌われるって思った……?なんでお前が謝るんだよ。悪いのは全部、お前の話を聞こうともしなかった俺の方だろうが。
「……バカ」
俺は思わず、そう呟いていた。俯いているステラの顔は見えねえ。でも、その小さな肩がまだ震えているのは、触れた手から伝わってくる。ぎゅっと、その肩を掴む手に力を込める。逃がすもんか。ちゃんとこっちを向け。俺の目を見ろよ。
「お前が謝ることなんて、一つもねえよ。俺が……俺がお前の気持ち、全然考えてやれなかっただけだ。嫌うわけねえだろ……! 俺はただ、お前が黙ってたことがショックだっただけで……。お前の口から、ちゃんと聞きたかったんだよ。全部」
「あんなに旅団のメンバーがいる前で話せないよ、そんなの……。昔の仲間が盗賊団になってたのはショックだけど、でもそれでも……私の家族なんだよ……」
ステラは震える声でそう言った。
家族……その言葉に、俺は息を呑んだ。そうだ、あいつらにとってステラは家族で、ステラにとってもあいつらは家族なんだ。たとえ今は盗賊団になっていたとしても、その事実は変わらねえ。俺が自分の家族から逃げ出したのとは、訳が違う。俺は掴んでいた手から力を抜き、そっとステラの背中に回した。不器用な手つきで、壊れ物を抱くように優しく引き寄せる。お前にはお前の守りてえもんがある。俺がとやかく言えることじゃなかったんだ。
「……そっか。そうだよな……悪かった。お前の大事なもん、分かろうともしなくて……」
耳元で小さく囁く。腕の中で、ステラの震えが少しだけ収まった気がした。もう独りで泣かせねえ。こいつが背負ってるもんは、俺も一緒に背負ってやる。そう、心に誓った。
「……キルアに『ヨークシンには俺とゴンで行く、お前はついてくるな』って突き放されたあと……クロロと再会したの。クロロは私を見てすぐに気付いてくれて……それで、幻影旅団のアジトに迎え入れられた」
ステラはあの時、キルアと別れたあとの出来事を話した。
クロロと再会した……。その言葉に、俺の心臓がドクリと嫌な音を立てた。俺が突き放したせいで、ステラはまたあいつらの所に戻っちまったのか。俺が、この手で、あいつを危険な場所に押しやった。
「……そう、だったのか」
「でも……クラピカを傷付けたことは許せないって思った」
背中に回した腕に、無意識に力が入る。後悔と自己嫌悪で、奥歯を噛み締めた。クラピカを傷つけたことが許せない……?お前は、ずっとそんな葛藤を独りで抱えてたのかよ。俺はそっとステラの体を引き剥がし、涙で濡れたその顔を両手で包み込んだ。ぐしゃぐしゃの顔。でも、もう目を逸らさせねえ。
「……お前、ほんっとバカだな。そんな大事なこと、なんで一人で背負ってんだよ。俺にも、ゴンにも、話せばよかっただろ。俺たちは仲間だろ……? それとも、俺はまだ……信用されてねえか?」
「クロロと再開したあとキルアと会ってないもん、次に会ったのはアジト内だったし。……離してよ……今ブサイクだし、やだ……」
俺の手を振り払おうとするその小さな抵抗が、なんだか弱々しくて胸が痛む。ブサイクだ?やだ?馬鹿野郎、お前がどんな顔してたって、俺の知ってるステラに変わりねえよ。
「離さねえ。お前がまたどっか行っちまうかもしれねえだろ」
俺はステラの手首を掴み、抵抗する力を封じ込める。そして、もう一度その顔を覗き込んだ。涙でぐしゃぐしゃになった顔。でも、その紫色の瞳は、必死に俺を見つめていた。
「……どんな顔してても、お前はお前だろ。俺は、お前のそんな顔見ても、何も変わんねえよ」
むしろ、愛おしいとさえ思った。こんなにボロボロになるまで一人で抱え込んでいたのかと思うと、守ってやりてえって気持ちが強くなる。
「だから、ちゃんと俺の目を見ろ。お前の口から、全部聞くまで離してやんねえ」
「全部聞くまでって……何を?」
ステラは手首を掴まれ、涙に濡れた顔を覗きこまれて恥ずかしさで必死に目を逸らす。
何を、だって?そんなの決まってんだろ。お前のこと全部だよ。俺が知らなかった、お前が一人で抱え込んでたこと、全部。目を逸らすな。ちゃんとこっちを向けよ。
「お前のことだよ。幻影旅団のこと、クロロのこと……お前が今までどうやって生きてきたのか、何を思ってあいつらのそばにいたのか。全部だ。お前が何者で、何を背負ってるのか……それを知らねえまま、お前の隣にはいられねえだろ」
俺は掴んだ手首に少し力を込める。逃がさねえって意思表示だ。逸らされた視線を、無理やりこっちに向けさせる。泣きはらした紫色の瞳が、やっと俺を捉えた。その瞳に映る俺は、きっとひでえ顔をしてる。でも、構わねえ。
「だから話せよ、ステラ。お前の全部を、俺に教えろ」
「……うん」
ステラはこくりと頷いて口を開いた。
生まれてすぐに捨てられた事。クロロ達に拾われて面倒を見てもらった事。6歳の時に操作系の念能力が目覚めて、初めてクロロから単独任務を任せられた事。その内容は地図を盗み出す事。だけど失敗して怪我を追って逃げ出した先で倒れた事。そこでジンに拾われた事。それから修行をつけてもらって、12歳の時にハンター試験に行った事。そこで……キルア達と出会った事。
ステラはそこまでを一気に語った。
ステラの口から語られた過去は、俺の想像を遥かに超えていた。捨て子、幻影旅団、ジン……。断片的な情報が頭の中で渦を巻く。俺が親に暗殺術を叩き込まれていた頃、こいつはたった一人で、そんな過酷な世界を生きてきたのか。俺はステラの手首を掴んでいた力を緩め、そっとその手を離した。こいつが背負ってきたものの重さを、ほんの少しだけ理解した気がする。ゴンの親父であるジンが、ステラを救った……。奇妙な巡り合わせだ。
「……そうか。そうやってジンに会ったのか。ハンター試験で俺たちと会うまで……ずっと一人で戦ってきたんだな、お前」
その小さな体で、どれだけのものを抱えてきたんだろう。俺は言いようのない感情に突き動かされ、もう一度ステラを腕の中に引き寄せた。今度はさっきよりも強く、絶対に離さないという意思を込めて。お前はもう一人じゃねえよ。
「うん……。流星街で、拾ったものから初めて自分の手で作ったの。このローラーシューズ。これが私の念能力の要なんだ。操作系は、愛用品であればあるほど強くなるんだって。風を操る能力だよ」
キルアの腕の中にすっぽりと収まりながら、しっかりと抱きしめられる。
「……友達、でいてくれるの?」
ローラーシューズが念能力の要……風を操る能力……。頭の中で、今まで見てきたステラの戦い方がフラッシュバックする。あの素早い動きも、見えない攻撃も、全部こいつの能力だったのか。俺が基礎しか知らなかった念能力を、こいつはとっくに自分のものにしていた。
……友達で、いてくれるの?
腕の中から聞こえてきた、か細い声。俺はハッと我に返った。何を当たり前のことを聞いてやがるんだ、こいつは。
「……当たり前だろ、バカ」
俺は抱きしめる腕にさらに力を込めた。壊れちまいそうなほど華奢な体。こいつの過去も、能力も、全部ひっくるめて、もうとっくに俺の中で特別になってる。
「お前が何者だろうと関係ねえ。俺が一緒にいたいと思ったから、一緒にいる。それだけだ」
耳元で、はっきりと告げる。もう二度と、こいつを一人にはしねえ。幻影旅団だろうが、なんだろうが、こいつを傷つけるやつは俺が全部ぶっ飛ばしてやる。そう、心に誓った。
「ありがとう……」
さらに強く抱きしめられて、ステラはおそるおそるキルアの背中に両手を回して抱きしめ返した。キルアの体温と匂いがして、少しだけドキドキした。
「……ねえ、幻影旅団と私の死体の写真見たとき、どう思った?」
背中に回されたステラの腕の感触に、一瞬身体が強張る。心臓の音がステラに聞こえちまうんじゃねえかってくらい、うるさく鳴り始めた。
「……っ、別に、何とも……」
動揺を隠すようにぶっきらぼうに答えるが、声が少し上ずる。あの時のことなんて、思い出したくもねえ。心臓が凍りつくってのは、ああいう感覚なんだって初めて知った。血の気が引いて、目の前が真っ暗になって……。偽物だって分かったからよかったものの、もし本物だったら俺は……。
「……どうせ、また俺をからかうためのタネだろって、そう思っただけだ」
嘘だ。本当は、息もできなくなるくらい焦った。目の前が真っ暗になって、頭の中が真っ白になった。でも、そんなことこいつに言えるわけがねえ。俺はステラの頭を自分の肩にぐりぐりと押し付ける。これ以上、顔を見られたくなかった。
「そっか……あの写真見たら、きっとキルアたちは……私が旅団の仲間だって思うんだろうなって。そしたら……私が旅団と一緒に死んでてもきっとなんとも思わないんだろうなって思っちゃって」
ステラはキルアの肩に顔を埋めたまま思ったことをそのまま述べた。
「あと、キルアをからかうために作ったんじゃないよ。旅団が敵を欺くために作ったんだって。私が作ったんじゃない」
肩に顔を埋めたまま、ステラがぽつりぽつりと不安を吐き出す。旅団の仲間だと思われる、なんとも思わない……。その言葉が、俺の胸に鋭く突き刺さった。ふざけんなよ。お前が死んで、俺がなんとも思わないわけねえだろ。
「……っ、んなわけねえだろ! バカかお前は!」
俺は思わず声を荒らげ、ステラの肩を掴んで自分から引き剥がした。涙で潤んだ紫色の瞳が、驚いたように俺を見つめている。その顔を見たら、もう感情を抑えられなかった。
「お前が旅団の仲間だろうが関係ねえ! 俺が……俺たちがなんとも思わないわけないだろうが!」
俺がどれだけお前のことを……。そこまで言いかけて、言葉に詰まる。あの写真を見た時の、心臓が握り潰されるような感覚をどう説明すればいいのか分からなかった。ただ、必死にその瞳を見つめ返す。
「敵を欺くため……? じゃあ、やっぱりあの写真は偽物なんだな。そうなんだろ?」
そうだと言ってくれ。俺は縋るような気持ちで問いかけた。もう一度、ステラの口から安心できる言葉が聞きたかった。お前が無事だってことを、実感したかったんだ。
「えっ……、そう……なの? でも裏切られたって思ったんでしょ? ざまあみろって思わない……?」
ステラは不安そうにキルアを見ていた。それからすぐに小さく笑いながら「そうなんだろ? も何も、あの写真が偽物じゃなかったら私は今ここにいないでしょ」と言った。
ステラの微笑みを見て、俺の心臓が大きく跳ねた。そうだ、当たり前だ。こいつがここにいる。俺の目の前で、笑ってる。それだけで十分じゃねえか。さっきまでの焦りや怒りが、その笑顔一つで溶けていくのを感じた。
「……っせーな。わかってるよ、んなこと」
俺は照れ隠しに悪態をつきながら、そっぽを向く。裏切られたとか、ざまあみろとか、そんなこと思うわけねえだろ。お前がいなくなるって考えただけで、頭がおかしくなりそうだったんだぞ。
「お前が無事なら、それでいいんだよ。それ以外はどうでもいい」
もう一度ステラの方を向くと、俺はそっとその頬に手を伸ばした。涙の跡が残る肌に触れる。その温かさが、こいつが生きている証拠だ。もう絶対に、この手を離さねえ。
「……ありがとう。キルア。今日のキルア、やけに素直というか……ストレートだよね。めっずらしい」
いつもより近い距離で、キルアの手が頬に触れると少し気恥ずかしくなり頬を少し赤らめながら照れ隠しにそう言った。少し離れたい位置から、ゴンがキルアとステラを見つめて微笑んでいた。