アルタイル×ト×ベガ
クラピカは二日寝込んでいた。ステラは心配そうに病室をうろうろしている。
「なかなか目を覚まさないね……でも、それだけしっかり体を休めてるって事なのかな」
ステラがクラピカの額のタオルを取り換えるのを、俺はベッドの足元に寄りかかって見ていた。二日間、こいつはずっとこんな調子だ。うろちょろしたり、タオルを替えたり、落ち着きがねえ。まあ、気持ちはわかるけどな。
「……お前がそんなにうろちょろしてたら、クラピカも休まるもんも休まらねえだろ」
俺はわざとぶっきらぼうに言った。本当は、ステラ自身が少しは休めって意味だ。こいつの目の下にも、うっすら隈ができてる。
「レオリオも言ってたろ。ただの消耗だって。じきに目を覚ますさ。それより、お前も少し座れよ」
そう言って、自分の隣の椅子を顎でしゃくってみせる。心配なのはわかるが、こいつまで倒れたら元も子もねえ。俺はステラの小さな背中から、静かに視線を逸らした。
「うん……」
ステラはキルアの隣の椅子に腰掛けた。そこにレオリオが来てステラに水を差し出した。
「大丈夫か? お前の方が疲れてきてんじゃねえのか。オレたちもついてるから心配すんな。オレは医者志望だぞ」
「ありがとう、レオリオ……。レオリオは、私のこと……その、えっと……仲間……って思う……?」
ステラは水を受け取りながら不安そうに問いかけた。レオリオの野太い声が病室に響く。俺は腕を組んだまま、ステラとレオリオのやり取りを黙って見ていた。ステラの奴、まだそんなこと気にしてやがんのか。こいつの不安は、根が深い。
「……はぁ。お前、いい加減にしろよ。何回同じこと言わせんだ」
思わず、ため息が漏れた。レオリオが何か気の利いたことを言う前に、俺は口を開く。もう、我慢ならねえ。椅子から立ち上がり、ステラの目の前にしゃがみ込む。紫色の瞳が不安そうに揺れていた。
「仲間じゃなかったら、今頃ここにいねえよ。俺も、ゴンも、レオリオもな。クラピカだってそうだ。お前の過去がどうだろうと、俺たちが知ってるのは、今のお前だけだ。わかったか?」
少し強い口調になったが、これくらい言わねえと伝わらねえだろ。俺はステラの頭をくしゃっと撫でた。不器用な慰め方しか、俺にはできねえ。
「そう、だよね。ごめん」
「おい……オレが言おうとしてたこと先に言ってんじゃねえよ」
レオリオがキルアに目を向けて文句を言う。それからキルアの横にしゃがんでステラの肩に手を置き、「ま、そういうことだ」と言った。
レオリオの野太い声に思わず目を回す。こいつはいつも大袈裟だな。
「先に言って悪かったな。医者の卵さんよ」
皮肉っぽく言いながらも、レオリオが真剣にステラを心配してるのはわかる。俺たちはみんな、それぞれの形でこいつを守ろうとしてる。ステラはようやく安心したように肩の力を抜いた。その時、ベッドからかすかな物音がした。俺たちは揃って振り向く。
「クラピカ……?」
ステラが小さな声で呼びかけると、クラピカの指先がわずかに動いた。眠っていた顔に生気が戻り始めている。俺はステラの背中を軽く押した。
「ほら見ろ、言ったとおりだろ? ただの消耗だ。行けよ。お前の声が一番届くかもしれない」
「あ、の……クラピカ……。私……」
クラピカへの心配と不安に揺れながらクラピカの顔を見つめる。その手は震えていた。ゴンがその手を握りしめて「オレたち、ずっと心配してたんだよ」と言った。
ステラの震える手をゴンが握る様子を見て、少し胸が締め付けられた。ゴンはいつだって素直だな。俺も心配してるのに、素直に言えねえ。
「まったく、心配かけやがって……おい、目を開けろよ。どれだけ寝るつもりだ?」
クラピカの方に視線を移すと、彼のまぶたが小刻みに動き始めた。俺たちの声が届いているみたいだ。冗談めかして言いながらも、俺は本当に安心した。ベッドの横に立つステラの緊張した背中を見て、近づいていく。彼女のピンクの髪が病室の白い光に照らされて、妙に綺麗に見えた。
「大丈夫だ。クラピカはタフだからな。こんくらいで死にゃしねえよ」
その言葉を聞いたかのように、クラピカはゆっくりと目を開いた。部屋中に安堵の空気が流れる。俺は思わず笑みを浮かべた。
「……倒れたのか、私は。……ステラか。無事だったのだな。本当に、良かった……」
クラピカは体を起こそうとするが、まだ力がうまく入らない。だが、目の前にいる彼女の無事を確認できた安堵が、何よりの薬だった。
「お前の過去は聞いた。だが、それで私達の関係が変わることはない。お前は大事な仲間だ」
ステラはクラピカの言葉に目を見開く。
「え……? ほんと……に? 仲間で、いても、いいの?」
ステラは泣きそうな顔でクラピカを見て、それから「ありがとう……クラピカが無事で、本当に良かった……」と続けた。
「お前こそ、旅団と共に死んでる写真が張り出されて本当に肝が冷えた。無事で良かった……」
安心して涙ぐむステラを見て、俺はなぜか胸がほっとするのを感じた。本当によかった...…クラピカもステラも、無事で。ステラが幻影旅団育ちだって聞いたときは正直驚いたけど、それでも彼女は彼女だ。
「あのなぁ、お前ら泣き虫コンテストでもやってんのか? まったく、見てらんねえぜ」
冗談めかして言ったものの、クラピカが無事で本当に良かった。旅団との戦いは想像以上に危険だったんだな。ステラの肩をポンと叩きながら、クラピカの方に視線を向ける。ステラの過去のことを知っても、俺の気持ちは変わらない。それどころか、守りたいという気持ちが強くなった。
「ついでに言っとくけど、ステラがどこで育ったかなんて、俺らには関係ねえよ。お前は今、俺たちと一緒にいるんだからさ」
「ああ……話はパクノダから聞いた。ステラの過去がどうであれ、仲間であることに変わりはない」
「ありがとうキルア。ここに来て、良かった。キルアのおかげでここに立てたから……本当にありがとう」
ステラは肩に置かれたキルアの手にそっと手を触れるとキルアを見て、涙を拭いて微笑んだ。
ステラの綺麗な微笑みに、俺は一瞬言葉を失う。心臓が妙な音を立てた気がして、慌ててそっぽを向いた。くそ、こいつの笑顔はずるいだろ……。
「……別に、お前のためにやったわけじゃねーよ。勘違いすんな。それより、クラピカ。体はもう大丈夫なのか? レオリオに診てもらった方がいいんじゃねえか?」
照れ隠しにそう言い放つが、耳が熱くなるのを感じる。ステラの手に触れられた手を、やけに意識してしまう。俺は咳払いをして、話をクラピカに戻した。このままじゃ、こっちの調子が狂う。仲間が無事だったことへの安堵と、ステラへの気恥ずかしさが入り混じって、どうにも落ち着かない。早くこの空気を変えたかった。
レオリオはキルアとステラに向き直り、言った。
「クラピカのことはオレに任せろ」
「キルアとステラ二人で少し話してきなよ。ここはオレたちが見とくからさ」
「ああ……私ならもう大丈夫だ。心配かけたな」
ゴンもそう言って笑いかけた。クラピカも微笑みを向けた。
「えっ……? キルアとって……」
ステラは少し頬の赤いキルアを見る。
ゴンとレオリオのやつ、余計な気を回しやがって……。俺はバツが悪くて、ポケットに手を突っ込む。ステラがこっちを見てる視線が、なんだか気まずい。
「……ったく、あいつらのおせっかいには付き合ってらんねえな……行くぞ。少し外の空気でも吸おうぜ。ここん中、息が詰まる」
わざとぶっきらぼうに言って、病室のドアに向かう。ステラが戸惑いながらもついてくる気配を感じた。クラピカが無事だったのは嬉しいが、急に二人きりにされるとどうしていいかわかんねえ。廊下に出ると、赤くなった頬を隠すように、少し早足で歩き出した。こいつの隣にいると、心臓がうるさくてたまらねえ。どうにかして、このドキドキを誤魔化さねえと。
キルアと二人で外に出ると真っ青な空が広がっていた。
「雨、すっかり晴れたね。クラピカもレオリオも、私のこと仲間だって言ってた。キルアの言うとおりだったね。ありがとう」
ステラはキルアを見つめて笑いかけた。
青空の下、ステラの笑顔が眩しい。あの修羅場を乗り越えて、今こうして並んでいる現実が不思議だった。
「そ、そんなに見るなよ。恥ずかしいだろ」
「え? 恥ずかしいって……、そんなこと言われたら私もなんか恥ずかしくなるんだけど……」
思わず口から出た言葉に、自分で自分がバカらしくなる。なんで俺、こんなにドギマギしてるんだろう。
「でもよ、当たり前だろ。お前が仲間じゃないなんてことあるわけねーだろ。お前の過去がどうだったって関係ねーよ」
ふと、ステラの方を見ると、空を見上げる彼女の横顔が風に揺れるピンクの髪と一緒に揺れていた。こんな風に誰かと空を見上げるなんて、ゾルディック家にいた頃には考えられなかった。
「俺だって、家族は殺し屋だしな。過去なんて気にしてたら、先に進めねーよ」
ステラの手が風に揺れるのを見て、思わず手を伸ばしかけて止める。今はまだ、その時じゃない気がした。
「そうだよね。盗賊団の家族の私と殺し屋の家族のキルア、か……。ねえ、私さ、実は本当の年齢と誕生日がよくわからないんだよね。多分生まれてすぐに捨てられたんだろうって判断されたから、今12歳って事にしてるんだ」
ステラの言葉に、俺は思わず動きを止めた。年齢も誕生日も、わからない……?ゾルディック家では、誕生日なんてものはただの訓練の節目でしかなかった。だが、それすらもないというのは、俺の想像を超えていた。どんな顔をしていいかわからず、俺は空を見上げた。青い空がやけに目に染みる。こいつが背負ってきたものは、俺が考えていたよりもずっと重いのかもしれない。俺はステラの方に向き直り、真剣な目で彼女を見つめた。そうだ、ないなら作ればいい。それくらい、今の俺たちならできるはずだ。
「……そうか。お前、そんなことも……じゃあ、決めちまおうぜ。今から。お前の誕生日、俺が決めてやってもいいか?」
「ええっ?! 私の誕生日……キルアが決めてくれるの? それで星座も決まるって事だよね。キルアが決めてくれた星座……どんなのかな」
ステラは急に誕生日を決めてもいいかと言われてソワソワとしてしまう。
「そういえばキルアの誕生日はいつなの?」
俺の誕生日……?いきなり聞かれて、少し戸惑う。そういや、こいつに話したことなかったか。
「俺? 7月7日だけど……って、今は俺の話じゃねえだろ。うーん、そうだな……。お前の誕生日は……」
ステラの紫色の瞳が期待に満ちてキラキラと輝いている。その視線に、なんだかこっちまで緊張してきた。適当に決めるわけにはいかねえな。俺は腕を組んで考える。こいつに似合う日。こいつが生まれてきたことを祝う日。
「……俺の誕生日の次の日にしねえか? 7月8日。そしたら、毎年2日連続でパーティーができるだろ」
照れくさくて少し早口になる。でも、名案だと思った。これなら、俺たちは毎年一緒にいられる理由ができる。そんな未来を想像して、少しだけ口元が緩んだ。
「キルアって七夕生まれなんだ! 納得! 私ね、キルアのこと、お星様みたいだなあって思ってたの。七夕っていえば流星群のイメージあるもの。イメージぴったり!」
ステラはキルアの誕生日を聞いてテンションが上がる。
「キルアの誕生日の次の日? そういえば幻影旅団が私を拾ったの夏辺りだったらしいから、案外近いかもしれない! 7月8日か……いま9月だから祝うのは来年だね」
ステラは嬉しそうに笑った。
なんだか妙にうれしそうな顔をしているステラを見て、少し照れる。星みたいだなんて、変なことを言うヤツだ。
「お、おう。まあ、特に意味があって選んだわけじゃないけどな」
本当は少し考えて決めた日だけど、そんなことを素直に言えるはずもなく、つい素っ気ない返事をしてしまう。けど、ステラが笑顔でいることに安心する。
「お前の初めての誕生日だ。ゴンやクラピカ、レオリオも呼んで、派手にやろうぜ」
ステラに向かって拳を軽く突き出す。彼女との約束の形。これからも一緒にいるという誓い。ステラも拳を突き出して俺の拳とぶつけた。
「うん。ありがとうキルア。キルアの誕生日も盛大に祝おうね。私達、ずっと仲良しな友達でいようね!」
ステラの言葉にちょっと照れた表情を浮かべる。「友達」という言葉が胸に温かく響く。空を見上げると、雲一つない夜空に星が輝いている。七夕の流れ星みたいだな、なんて思いながら再びステラに視線を向ける。
「ああ、もちろんだ。俺たちはずっと友達だ...…でも、次の誕生日までにもっと強くなっておかないとな。まだ基礎の念しか使えないけど、これからもっと特訓して、ちゃんとお前を守れるようになる」
「うん! 私ももっと強くなって、キルアを助けたいな!」
ふと真剣な表情になり、ステラの目をしっかりと見つめる。
「お前の過去のこと、幻影旅団のこと...…俺は気にしないけど、もしお前が危険な目に遭いそうになったら、必ず助ける。それが友達ってもんだろ?」
ステラは頷いて笑顔で答えた。そこにゴンが飛び出して来る。
「ねえ! クラピカも落ち着いたしさ、GIに行こうよ。GIに行く方法なんだけど、オレにちょっと考えがあるんだ!」
ステラとの間に流れていた真剣な空気が、ゴンの登場で一気に吹き飛んだ。ったく、こいつは本当にタイミングってもんが分かってねえ。
「GIだと? なんだよいきなり。考えがあるって、どうやって手に入れるつもりだよ。あれ、めちゃくちゃ高いんだろ?」
俺は驚いてゴンの方を振り返る。グリードアイランド……確か、親父が言ってた高額なハンター専用ゲーム。ジンが作ったっていう、あの……。ステラも興味津々って顔でゴンを見てる。さっきまでのしんみりした雰囲気はどこへやら。まあ、こいつらしいけどな。
「でも、面白そうじゃねえか。腕試しにはもってこいかもな」
強くなる。さっきステラと誓ったばかりだ。そのための修行になるなら、乗らない手はない。俺は不敵な笑みを浮かべて、ゴンの次の言葉を待った。