タイセツ×ナ×ナカマ
「っと、これで終わりか」
目の前に広がる草原。ゲームの世界とは思えねえほどリアルな風が頬を撫でる。すぐにステラとゴンの気配を探すが、少し離れてるみてえだ。特にステラの方角からは、複数の視線を感じる。チッ、面倒な奴らに絡まれてなきゃいいけどな。俺は舌打ち一つして、迷わずステラがいる方角へ向かって駆け出した。あいつ、一人でいると何かしら厄介事を引き寄せる。
「おい、ステラ! 無事か!」
木々の間を抜け、視界が開けた先にステラの姿を見つける。俺は声を張り上げながら、その小さな背中に向かって一直線に走った。
「キルア! うん、無事だよ。……見られてるね。初心者狩り目的かな?」
そこにゴンもやってきて「キルア! ステラ!」と元気よく叫ぶ。それを見てステラは「ゴン! 良かった、みんな無事合流できたね」と嬉しそうに笑った。
ゴンの能天気な声に一瞬気が抜けるが、ステラの言葉ですぐに気を引き締める。周囲に意識を集中させると、確かに複数の奴らが俺たちを値踏みするように見ているのが分かった。
「ああ、間違いない。カモを探してるハイエナみてえな目だ。ゴン、ステラ。俺の合図があるまで動くなよ。特にステラ、お前は絶対前に出るな」
俺はステラの隣に並び、ゴンを背後にして警戒態勢に入る。ゲーム開始早々、面倒なことになったもんだ。だが、こいつらの前で無様な姿は見せられねえ。釘を刺すように言って、ステラの前に片腕を広げる。守る、と決めたんだ。こいつに指一本触れさせるつもりはねえ。俺はニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、潜んでいる奴らを睨みつけた。
そこにモテなそうな男プレイヤーが現れて「ガキのくせに女連れかよ、色気付きやがって」と言った。その男はステラに視線を向け、顔と胸を見比べていやらしい顔をする。ステラは思わずキルアの背中に隠れた。ゴンが途端に険しい顔をその男に向けた。
「なんかあの人ヤダ……っ」
背中に隠れたステラの小さな震えが、服越しに伝わってくる。俺の背中が、こいつにとっての盾になってる。その事実が、俺の怒りの導火線に火をつけた。
「……てめえ、今どこ見てやがった?」
声のトーンが自分でもわかるくらい低くなる。目の前の下衆な男が、ステラに向けた汚ねえ視線。それだけで、こいつを再起不能にする理由は十分だった。俺はステラを庇うように一歩前に出る。背後のゴンからも、静かだが猛烈な怒りのオーラが立ち上っているのを感じた。
「その汚ねえ目でステラを見るな。殺すぞ」
暗殺者だった頃の殺気を、ほんの少しだけ解放する。男の顔が恐怖に引きつった。遊びは終わりだ。こいつらには、誰に手を出そうとしたのか、その身をもって教えてやる。
キルアの殺気を受けてすっかりビビった男はブックを開き「リターンオン!」と叫んで消えた。
男が消えた後も、俺の殺気はすぐには収まらなかった。ステラに向けられたあの下劣な視線が目に焼き付いて、腹の底が煮え繰り返るようだった。
「……チッ、逃げ足だけは速いクズだな」
「……ありがとう、キルア」
舌打ちをして、ようやく殺気を収める。ステラが礼を言うが、守れたのは当たり前だ。それより、怖い思いをさせたことの方が問題だった。
「たりめーだろ。……大丈夫か?」
ぶっきらぼうに返しつつ、振り返ってステラの顔を覗き込む。まだ少し顔色が悪い。
「さっきの、念じゃなかったね。この世界での魔法みたいなものなのかな。だとしたら、ゲームでいうショップとかもありそうだし街に行ってみる?」
「ショップ? 魔法?」
ゴンは怒りのオーラを収めるとよく意味がわからずにキョトンとしていた。ゴンのキョトンとした顔が少し場を和ませるが、安心するにはまだ早い。
「ああ、街に行くのは賛成だ。まずは情報収集だな。こんな雑魚に絡まれ続けるのはごめんだぜ」
俺はそう言って、ステラの頭に軽く手を置いた。もう大丈夫だ、という気持ちを込めて。この世界がどんな場所だろうと、こいつは絶対に俺が守る。
「ねえねえキルア。……かっこよかったよ」
ステラはキルアにそっと歩み寄り、こっそり耳打ちした。街の喧騒の中、三人は歩きながら周囲を観察していた。
ステラからの不意打ちの耳打ちに、耳がカッと熱くなるのがわかった。街のざわめきが急に遠くなった気がする。俺は平静を装って、わざとぶっきらぼうに前を向いた。
「……っせーな。当たり前のこと言うなよ」
心臓がうるせえ。顔、赤くなってねえよな?隣を歩くステラの横顔を盗み見る。こいつは自分の言葉がどれだけ俺をかき乱すのか、わかってねえんだろうな。
「どこから行こうか。アイテム屋があったとしても、お金がないと買えないだろうし……」
「金は……まあ、何とかなんだろ。こういうゲームは大概、最初の街でチュートリアル的なクエストがあるはずだ」
俺は無理やり思考をゲーム攻略に切り替える。
「クエスト? なんだそれ、面白そうだな!」
ゴンがそう言って目を輝かせている。こいつの単純さには助けられるぜ。
「とにかく、まずは目立つ建物か、人が集まってるとこを探すぞ。情報屋みてえな奴がいるかもしれねえ」
俺は自然な動きでステラとゴンの間に割り込み、二人を軽くガードするように歩き始めた。さっきみてえな奴が、また現れないとも限らねえからな。
ステラがキルアの顔を盗み見るとキルアもこっちを見ていて目が合い、二人は同時に目を逸らした。その時、突然けたたましい悲鳴と共に騒ぎ声が大きくなる。通りの道で突然男が爆発し、体が真っ二つになったのだ。ゴンは「あっちだ!」と言って駆け出す。ステラもすぐにゴンを追って走る。爆発の衝撃波が二人を襲う。
ゴンの背中を追うステラの姿が視界の端に入る。チッ、馬鹿かあいつら!考えなしに突っ込むんじゃねえ!
「おい、待て!」
俺の制止の声が届く前に、凄まじい衝撃波が二人を飲み込もうとしていた。考えるより先に、体が動く。地面を蹴り、ゴンの襟首とステラの腕を掴んで、強引に背後へ引き寄せた。俺は二人を背中にかばい、腕を交差させて爆風を真正面から受け止める。熱と風圧が肌を焼くが、歯を食いしばって耐えた。
「……ったく、いきなり何なんだよ!」
衝撃が収まった後、俺は悪態をつきながら二人を振り返る。幸い、ステラにもゴンにも怪我はねえみてえだ。だが、街の雰囲気は一変していた。悲鳴と混乱。これはただの事故じゃねえ。
「あっちだ!」
ゴンが指を指した先に死体が転がっていた。ゴンは死体を確認し、深刻な顔で問いかける。
「これも、カードってやつで……?」
すると、ゴンとキルアとステラが見てる前で、死体がいきなり消えた。
「ゲームオーバー……ってこと?」
「いや、カードじゃない。これは念の仕業だ。プレイヤー狩りさ」
ゴンの呟きに、見知らぬ男が答える。プレイヤー狩り、だと?
「……念の仕業、か」
俺は男を警戒しつつ、消えた死体があった場所を睨む。爆弾魔(ボマー)……そんなカードがあったか?いや、カードの効果ならブックに記録されるはず。男の言う通り、特定のプレイヤーによる犯行と考えるのが自然だな。俺はステラとゴンの前に立ち、二人を守るように男と対峙する。こいつが敵じゃないという保証はどこにもねえ。
「あんた、何者だ? やけに詳しいじゃねえか」
値踏みするように問いかける。こいつが情報をくれる善人か、あるいは俺たちをハメようとしてる悪人か。見極めねえと。このゲームは、簡単に人を信じたら死ぬ。
その男は、良かったら情報提供してやるが、どうする?と言った。ステラも声をかけてきた男プレイヤーを静かに見据える。ロードローラーを起動し、いつでも戦闘に入れるよう構えた。
「……情報は確かにありがたいけど、どうしてそれを私達に提供してくれるの?」
「チームメンバーを探してるんだ。とりあえず聞くだけでもいい、広場で情報提供する」
男の話を聞いていたゴンはキルアに目を向けて言った。
「キルア! オレだって男だ! 守られるだけの存在じゃないよ!」
ゴンの言葉に一瞬、目を見開く。守られるだけじゃない、か。わかってる。わかってるつもりだが、体が勝手に動いちまうんだ。特にステラが関わると、な。
「……ああ、悪かった」
短く謝罪しつつ、視線は目の前の男から外さない。チームメンバーを探してる、ね。胡散臭えが、情報がないよりはマシか。ステラも臨戦態勢に入ってる。こいつの判断は正しい。
「いいぜ、聞いてやる。ただし、妙な真似したらどうなるか、わかってんだろうな?」
俺は男を牽制しながら、ステラとゴンにだけ聞こえる声で囁く。
「広場に行ってもいいが、絶対に油断すんなよ。こいつの狙いは俺たちかもしれねえ」
俺の言葉に、ステラもゴンも静かに頷いた。このゲームは、常に疑ってかかるくらいがちょうどいい。俺たちは男の後について、ざわめきが大きくなる広場へと足を踏み入れた。
男は「プレイヤー狩り対策のためチームを作って手を組もうって話だ」と言い、広場に向かった。そこでプレイヤー狩りの情報やこのゲームのシステムなどを教えてもらった。相手がブックを出したらこちらもすぐにブックを出して応戦する。防御カードがないとあらゆる呪文カードを防げない、などGIの情報を得た。
「チーム組んで、何をするの?」
ステラが問いかけると男はステラに目を向けて「レアなカードを集めるために、他プレイヤーから奪い取る。ただし暴力はしない。使うのはカードのみ」と答えた。
男の言葉に、俺は思わず鼻で笑った。暴力は使わず、カードのみで奪う、だと?綺麗事を並べてるが、結局は奪い合いじゃねえか。
「……ふん。結局やってることは山賊と変わらねえな」
皮肉を込めて呟く。だが、このゲームの本質が奪い合いである以上、この男のやり方は一つの正攻法ではあるんだろう。俺は腕を組み、男をじっと見据えた。こいつが持ちかけてくる話には裏がある。それを探り出すのが先決だ。隣ではゴンが難しい顔で考え込んでいる。ステラも警戒を解いていない。それでいい。簡単に信用するな。
「で、その話、俺たちに何のメリットがある? お前と組む利点を言ってみろよ俺たちは、あんたみたいな奴の手助けをするほどお人好しじゃねえぜ」
「私はこのチーム、信用できないからパスしたいかも。特に……」
ステラは声を潜めキルアの耳元で「あの眼鏡の男……嫌な感じがする」と囁く。
「オレ達はいい。自力でプレイするから」
ゴンは厳しい顔でそれだけ言って立ち去っていく。
「ゴン行っちゃったね。私達は私達のチームで動こうか?キルア」
ステラの囁きに、俺の背筋にぞくりと嫌な感覚が走る。こいつの直感は、妙に当たるからな。ゴンのきっぱりとした拒絶も、もっともだ。俺たちには、俺たちのやり方がある。
「ああ、そうだな。あんな奴らとつるむのはごめんだ。ゴンもああ言ってるし、当然だろ。俺たちだけで十分だ」
俺はステラの言葉に頷き、さっさと立ち去ったゴンの背中を追う。広場の喧騒が遠ざかっていく。ステラの言う通り、あの眼鏡の男からはどうにも胡散臭い匂いがした。俺は歩きながら、ステラの顔をちらりと盗み見る。少し不安そうな、でも芯の通った瞳。その顔を見てたら、妙に安心した。
「それに、お前の判断は正しい。お前が嫌な奴と、俺が組むわけねえだろ」
俺はニッと笑ってステラの頭を軽く小突いた。大丈夫だ、俺とゴンがついてる。それに、お前もいる。この3人なら、どんなゲームだってクリアできるさ。
「もー! いちいち小突かないでよ!」
ぷんぷんしながらも本気で怒ってるわけではなく、キルアと一緒にゴンに追いついた。そのまま三人で広場から離れると、立ち止まったゴンが振り返って言う。
「オレ、キルアとステラと出会えて本当に良かった」