アマイ×コイ×ゴコロ
ゴンとビスケは水を抱えて戻ってきた。
「キルア! ステラは? ゆっくり話せたの?」
ゴンの声に振り返ると、水袋を抱えた親友が笑顔で立っていた。その横にはビスケも立っている。何も持っていない。焚き火の光が彼の顔を明るく照らしている。ステラとの会話が頭をよぎり、どこか照れくさい気持ちになる。
「ああ……ステラならもう寝た。別に……大したことは話してないよ」
「ふーん?」
手で後ろの髪をかきながら、視線を少し逸らす。ステラに対する気持ちをゴンとビスケに全部話す勇気はまだない。しかしビスケはなやにやした顔で見ている。
「お互いのこと……守り合おうって話をしただけさ。それより随分時間かかったじゃないか」
話題を変えようと、ゴンが持ってきた水袋を指さす。本当は全部話したい気持ちもある。でも、まだ自分自身の中でもよくわからない感情をどう言葉にすればいいのか……。
「当たり前だわさ、ただ水汲むだけで終わらせるわけがないでしょ」
「うう……」
こりゃこってり絞られたな。
「スロットシティまでもう少しだ。明日は早く出発しよう。ステラも含めて、三人でちゃんと到着するんだ」
微妙な空気を察したのか、ゴンは水袋を地面に置きながら笑顔を見せた。
「……へぇー、守り合うんだ。それってキルア、ステラのこと特別に思ってるってことじゃない?」
「ば、バカ言うなよ! そんなんじゃ……」
思わぬ直球に目を見開く。さすがゴンだ。時々鋭いところがある。言葉が途中で止まる。否定しようとした口が、嘘をつくことを拒んでいる。ビスケはニヤニヤした顔のまま「さーて、あたしも寝るとするわ。あんた達もほどほどにして寝なさいよ」とテントの中に消えていく。
「……わかんないよ。ただ、ステラといると……なんか変な感じがするんだ。心臓がドキドキして、でも嫌な感じじゃない」
ゴンが興味深そうに聞き入る姿に、キルアは小声で続けた。深く息を吐きながら、キルアは焚き火に目を向けた。炎の揺らめきが彼の複雑な感情を映し出しているかのようだ。
「なんていうか……ステラの過去を知って、もっと彼女のことを知りたいって思った。幻影旅団に育てられて、それからジンに……俺と同じように『普通』じゃない人生を歩んできたんだな」
腕を組んで少し俯く。言葉を選びながら続ける。
「最初は『スバル』って名前の変なヤツだと思ったけどさ……今はただ、ステラっていう女の子が目の前にいて。それだけで……なんか胸がザワザワするんだ」
ゴンは黙って友達の告白を聞いている。キルアは照れくさそうに頬を掻く。焚き火の明かりが揺れる中、キルアは両手を膝に置き、真剣な表情で続けた。
「お前には言えるけど……俺、暗殺者だったから、誰かを守りたいって思ったことがなかったんだ。でも今は違う。ステラとお前を守りたい。特にステラは……」
ゴンが静かに頷くのを見て、キルアは少し安心したように肩の力を抜いた。言葉を選びながら、夜空を見上げる。星が瞬いている。
「明日スロットシティに着いたら、もう少し彼女のことを知ろうと思う。ただ……俺みたいなヤツが、こんな気持ちになっていいのかわからないんだ」
ゴンの真剣な眼差しを受け、自分の言葉が思った以上に重く響いていることに気づく。ゴンはただ頷くだけで、何も言わずに俺の話を聞いてくれている。その沈黙が、逆に心地よかった。
「……いいのか、悪いのか、そんなこと考えても仕方ねーんだけどな。でも、初めてなんだよ、こんな気持ち。守りたいって思うのと同時に、あいつの隣にいたいって思う。もっと話したいし、笑った顔が見たい。……俺、おかしいのかもな」
自分の感情を整理するように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。暗殺一家に生まれた俺が、誰かを特別に想うなんて、考えたこともなかった。自嘲気味に笑いながら、焚き火に視線を戻す。テントの中で眠るステラを思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。この感情に名前なんてまだつけられないけど、確かなものがここにある。
「キルア……それは恋っていうんだよ」
ゴンはまっすぐにキルアを見つめて告げた。
ゴンの真っ直ぐな言葉が、静寂を切り裂いて胸に突き刺さる。恋? 俺が? まるで頭を殴られたような衝撃に、一瞬息が止まった。
「……は? こ、恋……?」
思わず素っ頓狂な声が出た。顔が一気に熱くなるのが自分でもわかる。なんだよそれ、そんな簡単な言葉で片付けられちまうのかよ、この複雑な気持ちが。
「んなわけあるか! 俺が……お前、何言って……」
否定しようとするけど、言葉がしどろもどろになる。ゴンの曇りのない瞳が、俺の動揺を見透かしているようで居心地が悪い。視線を逸らし、必死で平静を装う。
「……とにかく、変なこと言うな。ステラとビスケに聞こえたらどうすんだよ」
テントの方をちらりと見て、小声で釘を刺す。だけど、心臓はさっきからあり得ないくらい煩く鳴り続けていた。
ゴンは微笑ましげにキルアを見ていた。
そして次の日、挙動不審になるキルアを前に不思議そうにするステラがいた。
「なんかキルア変じゃない? 朝から……」
「うーん、キルアが変なのはいつもじゃない?」
ステラはゴンに聞いたがゴンはすっとぼけたように言うだけだった。
ステラの視線が俺に突き刺さる。やべっ、意識しすぎてるのがバレてるのか? ゴンの奴、余計なことを言いやがって……。
「なっ、変じゃねーよ! いつも通りだろ!」
思わず声が裏返っちまった。最悪だ。ステラがますます怪訝な顔でこっちを見てる。なんとか誤魔化さないと。
「それより、早くスロットシティに行くぞ。こんなとこで油売ってる場合じゃねえだろ」
わざとぶっきらぼうに言って、二人の前からさっさと歩き出す。背中に向けられる二人の視線が痛い。頼むからこれ以上何も聞かないでくれ……!心臓がうるさくて、ステラの顔をまともに見れそうにない。
「ねえキルア。昨日私何か嫌なこと言ったかな?」
ステラはさっさと歩きだしてしまうキルアを追いかけ、その服の裾をきゅっと摘んだ。
服の裾を掴む小さな感触に、心臓が跳ねた。振り向けねえ。今こいつの顔を見たら、全部バレちまう。
「……は? 何言ってんだよ。お前は何も言ってねえ。んなことより、離せよ。歩きにくいだろ」
俺は前を向いたまま、ぶっきらぼうに答える。掴まれた裾から、ステラの体温が伝わってくる気がして、背中が妙に熱い。平静を装ってそう言ってみるが、声が少し震えているのが自分でも分かった。ゴンの言った「恋」って言葉が頭の中でぐるぐる回ってる。クソ、あいつのせいだ。完全にペースを乱されてる。
「えっ……、ごめん……」
ステラは服から手を離した。振り返ろうともしないキルアにしゅんっとしてしまう。ゴンはマヤに安心させようと微笑んだ。
「大丈夫だよステラ。キルアが変なのはいつものことだし、キルアは素直じゃないとこがあるんだ」
ゴンのフォローする声と、ステラが手を離した気配。最悪だ。俺、何やってんだ。あいつを傷つけたいわけじゃねえのに。
「……っ、違う! そういう意味じゃ……」
勢いよく振り返ると、しょんぼりしているステラの顔が目に飛び込んできた。その表情に、胸が締め付けられる。
「……悪かった。お前のせいじゃねえよ。俺が、ちょっと……寝不足なだけだ」
「昨日、眠れなかったの?」
咄嗟に出た言い訳は、我ながら苦し紛れすぎた。でも、今はこれ以上何も言えねえ。自分の気持ちが整理できてないのに、これ以上話したら、もっとめちゃくちゃになりそうだ。気まずさを振り払うように、もう一度前を向いて歩き出す。今度はさっきより少しだけ、歩くペースを落として。
「ああ……とにかく、行こうぜ。スロットシティはもうすぐそこだ」
スロットシティに着くとステラは思わずその雰囲気に圧倒されてキョロキョロとしてしまう。
「なんかすごい……! こういうとこ初めて来た!」
初めて見る煌びやかな街並みに目を輝かせるステラの横顔を、俺は盗み見る。さっきまでの気まずさが嘘みたいに、その無邪気な表情に俺の心臓がまた小さく跳ねた。
「……へぇ、そうなのか。まあ、お前はずっとジンと一緒だったもんな」
「うん、それまではずっと流星街にいたし」
自分の言葉が少しだけ優しい響きになったことに気づいて、内心焦る。ゴンのせいで、いちいち意識しちまうじゃねえか。
「あんまりキョロキョロしてっと、変な奴に絡まれるぞ。はぐれんなよ」
そう言って、俺はさりげなくステラの隣に並んで歩き出す。人混みの中、自然に距離が縮まった。このくらいなら、許されるだろ。こいつを守るため、だからな。
スロットシティまで歩いてきたため、もう辺りは夕暮れに染まっていた。ゴンがお城みたいなホテルを指差して「ここ泊まっていこうか、宿空いてるみたいだし」と言った。明らかにラブホだった。
「へー、こんなお城みたいなホテルがあるんだ。すごいね」
ステラは隣にいるキルアに向けて笑いかけた。
ステラの屈託のない笑顔が、夕暮れの赤い光を浴びてキラキラ輝いて見えた。俺の心臓が、どくん、と大きく鳴る。お城みたいなホテル……って、おい、ゴン!あれが何だか分かってんのかよ!
「なっ……ばっ、バカ! あんなとこ泊まれるわけねーだろ!」
俺はゴンの頭を思いっきりひっぱたく。ステラの前でなんてことを言い出すんだ、こいつは!顔に集まる熱を隠すように、俺はステラから顔を背けた。
「……もっとまともな宿を探すぞ。こんな悪趣味な城、誰が泊まるかよ」
口では悪態をつきながらも、もしステラと二人でああいう場所に……なんてあり得ない想像が頭をよぎってしまい、さらに混乱する。くそ、全部ゴンのせいだ。こいつ、絶対面白がってるだろ……!
「え? なんで? お城すごいと思うけどな……ちょっと泊まってみたかったかも」
「お城なんてすげー! と思ったんだけど、何がだめなの? あんなとこって?」
ステラは何も知らずに残念そうにしている。ゴンも何もわかってない様子で同じように残念そうに言っている。
顔からブワッと熱が吹き出る感覚に、俺は思わず額を手で押さえた。この二人、マジで分かってねえのかよ!特にゴン、お前はもう十分分かってるだろ!わざとやってんじゃねえか!?
「あのな……あれはだな……」
「うん? あれは、なに?」
言葉に詰まる。どう説明すれば良いんだよ。特にステラには……。ステラの無邪気な目と、ゴンの首を傾げる仕草に挟まれて、俺は絶句した。
「ああもう! あれは大人が、その……特別な時間を過ごすための場所なんだよ!」
ステラの紫色の瞳が?マークでいっぱいになるのが見える。頭を抱えたくなった。
「そうなんだ……子供には入れない場所なんだね。残念だな……」
「ねー、なんか大人ばっかりずるいや!」
「とにかく、普通の宿を探そうぜ。この先にまともなホテル街があるはずだから」
俺は二人の腕を引っ張って、急いでその場を離れようとした。このままじゃ、心臓が爆発しそうだ。
普通のホテルの部屋に入り、ベッドに倒れ込みながら、俺は深くため息をついた。ステラとゴンが部屋の中を探検するように歩き回っている。二人とも先ほどの「城」の件をすっかり忘れているみたいだ。よかった……。
「ここなら落ち着くな。シンプルだけど、悪くない」
壁に掛けられた街の地図を眺めながら、ステラの横顔を盗み見る。ピンク色の髪が肩で揺れて、俺の心臓も一緒に揺れた。くそっ、どうしてこんなに意識しちゃうんだよ……。
「ねぇ、ステラ。明日は……街を案内してやろうか? スロットシティ、結構面白いとこあるんだぜ」
自然に聞こえるよう努力したけど、声が少し上ずってしまった。ステラが振り向いた瞬間、俺は慌てて視線をそらす。ゴンが背後でニヤニヤしているのが分かって、イラッとした。
「観光じゃなくて、グリードアイランド選考の情報集めも兼ねてな。お前も興味あるだろ?」