イチジ×シケン×カイシ






サトツの言葉に、周りの受験者たちがゴクリと唾を飲むのが分かった。俺は隣にいるスバルとゴンの顔を盗み見る。



「へえ、面白そうじゃんか。どんな奴らがいるのか楽しみだな」



俺が笑って言うと、ゴンも「うん!」と目を輝かせている。スバルは少しだけ不安そうな顔をしていたが、すぐに表情を引き締めた。こいつらとなら、この気味悪い湿原も退屈しないで済みそうだ。俺とスバルは湿原の入り口で足を止め、警戒心を露わにした表情で周囲を観察した。それとは対象的にゴンは興奮に満ちた表情で前方の湿原を見つめる。鼻をピクピクさせ、まるで匂いを嗅ぎ分けるかのように空気を感じ取っていた。



「詐欺師の塒か...…なるほど。この霧は視界を奪うだけじゃなくて、幻覚を見せる効果もありそうだな」

「それに視界も悪いね、前の人の姿もよく見えなそうだよ」

「うん! これは冒険だね! 匂いでわかるよ、向こうにはたくさんの生き物がいる。でも大丈夫、一緒なら怖くないよ!」



キルア、ゴン、スバルがそれぞれ感想を述べる。そしてキルアは周囲を見回し、他の受験者たちが不安そうにしているのを見て小さく笑っていた。三人はそれぞれ走り出した。



「ってえ───!!」

「……!!」



三人で走ってると突如、後ろからレオリオの悲鳴が聞こえてスバルは後ろを振り返った。相変わらず白い霧で何も見えない。



「今、レオリオの悲鳴が後ろから聞こえたよな。何かあったのか?」



スバルが聞くとゴンは鋭い聴覚で方角を確認し、眉をひそめた。



「うん、間違いないよ! レオリオが何かに襲われてる!」



そう言うなりゴンは素早く霧の中へと走り出した。スバルもすぐさまその後を追い、走り出そうとする。



「スバル!」



キルアは走り出そうとするスバルの腕をつかんで引き寄せた。そして眉をひそめ、動きを止めてスバルを厳しい目付きで見つめる。彼は警戒しながら周囲を素早く見回し、言った。



「やめとけよ。スバルが行ってどうにかなるってわけじゃない」

「でも……!」

「あのなぁ、人の心配してる場合じゃないぜ。仲間を助けたいとかって熱くなってるのかもしんないけどさ、現実問題、共死にすんのが関の山だよ。むしろ皆の足引張りにもなりかねないし」



キルアにそう諭され、スバルは俯いた。もう既にこの濃い霧の中、どう追いかけたらいいかもわからなくなっていた。悔しかったけど、足を止めるわけにも行かない。そのままキルアと並んで前に向かって走り続けた。

俺の言葉に、スバルは悔しそうに唇を噛んで俯いた。まあ、俺の言い方がキツかったのは分かってる。けど、これが現実だ。甘い感傷で死ぬ奴を、俺は嫌ってほど見てきた。



「……行くぞ」



俺は短く言うと、再び前を向いて走り出した。湿原の霧はますます濃くなり、サトツさんの姿もかすんで見える。スバルが黙って隣についてくる気配を感じた。



「……そんな心配しなくても、こんなところで終わりになるほどショボイ奴らじゃないと思うぜ。アンタはとにかく、自分の身を守ることを優先させた方がいい」

「うん……きっとすぐに追いかけてくるよね」



気休めみてえなセリフだな。自分でもそう思う。だけど、不思議と本気でそう思えた。あいつらは、きっと大丈夫だ。そうして霧の中をしばらく走っていると突如地震が起こり、受験生たちの悲鳴が沸き起こる。地面が陥没し、それに飲み込まれてしまったのだ。



「ひゃっ! や、やめてっ!」



スバルは前にいた人に足を引っ張られ、その場に転んでしまう。そのまま引きずり込まれそうになり、思わず女の子みたいな声を上げてしまった。



チッ……! 何やってんだよ、あいつ!



「おい、スバル!」



俺は舌打ちしながら、引きずり込まれそうになっているスバルの腕を咄嗟につかんだ。足元が崩れていく。クソ、こいつも一緒に落ちる気か!



「しっかりつかまってろよ! 離せ! この野郎!」


俺は空いている方の手で、かろうじて残っている地面の木の根を掴み、全体重をかけて二人分の体を支える。下からは他の受験者の悲鳴が聞こえてくる。それから足を引っ張っている受験者に向かって鋭く叫ぶと、その指を思い切り踏みつけた。



「う、うん、ありがと……キルア……」



キルアに手を引かれながら安全な場所まで来ると、男なのに女の子みたいな声を上げてしまった恥ずかしさが襲う。スバルは片手で帽子を深く被り直し、低い声でお礼を述べた。

穴から這い上がると、辺りは静まり返っていた。さっきまでの悲鳴が嘘のようだ。濃い霧が立ち込めていて、数メートル先も見通せない。



「……ったく、世話の焼けるやつだな」



俺は悪態をつきながら、スバルの手を乱暴に離した。こいつ、思ったより軽い。ちゃんと飯食ってんのかよ。周囲を警戒しながら、俺はサトツやゴンの気配を探る。だが、この霧のせいで何も掴めない。どうやら、完全に他の受験者とはぐれちまったみてえだ。



「女の子みてえな声出してんじゃねーよ。ま、無事で何よりだけどな」

「う……、女の子みたいとか言うな。忘れてくれよ……もう……」



キルアからあんな声出すなんて、と言われてしまいますます恥ずかしそうに頬を赤く染めて俯いてしまう。そしてキルアの顔が見れないままそっぽを向いて走り出す。

ったく、なんだよあいつ。照れてんのか?まあ、あの声はからかいがいがあるけどな。俺は走り出したスバルの後ろ姿を見ながら、やれやれと首を振った。



「おい、待てって! 勝手に行くなよ!」



霧が濃くて見失っちまったら面倒だ。俺はすぐに後を追い、スバルの隣に並んで走る。そっぽを向いたままの横顔は、まだ少し赤い気がした。



「……まあ、俺がお前を助けたってことで、これで貸し借りなしってことでいいだろ」



さっき助けられた借りを返した、ただそれだけだ。そう自分に言い聞かせる。こいつといると、どうも調子が狂う。仕方ねえから、二次試験会場までは一緒に行動してやるか。



「え? なんか助けたっけ……?」

「それよりも、ゴンたちもきっと会場に向かってるはずだ。さっさと合流するぞ」

「ん、早くここを出よう」

「おう。さっさとこんな気味の悪い場所、抜け出すぞ」



スバルは気を取り直してキルアと並んで走る。その顔は既に少年らしい顔つきに戻っていた。

スバルの横顔を見て、俺はフンと鼻を鳴らした。やっといつもの調子が戻ってきたみてえだな。まあ、いつまでもウジウジされてるよりはマシか。俺たちは並んで霧の中を駆け抜ける。サトツの姿も他の受験者の気配も完全に消えていた。二人きりだ。



「それにしても、妙に静かだよな。あの地面の陥没も、ただの地震じゃねえ気がするぜ」



俺は警戒を解かずに、周囲の気配を探る。暗殺稼業で叩き込まれた勘が、この湿原の異常さを訴えていた。油断すれば、一瞬で食われる。
そうしてキルアとスバルがしばらく走ってると、大きな建物が見えてきた。ここが2次試験会場だろうか。そう考えていると試験官の人が立ち止まり、此方に振り返った。



「皆さん、お疲れ様です。ここ、ビスカ森林公園が2次試験会場となります」



やっと到着したんだ。スバルは肩の荷を少し下ろすようにして息を吐いた。試験官の人は健闘を祈ります、と言い残すと、その場を立ち去ってしまった。この会場の中からは、先程からずっと変な唸り声がしている。キルアは試験会場の高い塀を見上げながら、腕を組んでため息をつく。



「ああ。あの唸り声……どうやら次の試験はもう始まってる、ってとこか」

「……ゴンたちはまだ来てないみたいだな」



俺は腕を組んだまま、ゴンたちの気配がどこにもないことを確認する。先に来ちまったか。まあ、あいつらなら大丈夫だろうけど。塀の向こうから聞こえてくるのは、獣の咆哮のような、腹の底に響く不気味な音だ。俺はスバルの方をちらりと見た。こいつ、ちゃんと食ってきたのか?さっきみたいに、また足手まといになられるのはごめんだぜ。



「……また余計な心配してんだろ」

「う……、それはだって。キルアは心配じゃないのか?」

「まぁ心配っつーか……ぶっちゃけもう無理じゃねーの? だいぶ他の奴らも集まってきてるしさ」



俺の言葉に、スバルはまた落ち込んだ顔を浮かべちまった。そんなスバルを見て俺は肩を竦め、「まぁ……念のため探してみるか。時間もあるみたいだし」と言いながら背伸びをして遠くを確認しようとする。そしてスバルの袖を軽く引っ張り、会場周辺を指差した。



「ゴンならあっちの方から来るかもしれない。見に行くか? でも危なそうなとこには近づくなよ? またへんな声出すなんて勘弁だからな」

「んぐ……、忘れてくれと言ったのに……キルアって意地悪だよな」



女みたいな声出したことを掘り返され、顔を赤らめながら拗ねたように言う。その顔つきをしていると少女のようにも見えた。俺は少し困ったように眉をひそめながら「何言ってんだよ、忘れるわけないだろ。そんな面白い声、一生の宝物にするぜ」とからかい半分で言ってやった。こいつ、ホントからかい甲斐あるんだよな。



「僕だって背が伸びたら、きっと……男前になるし」



スバルのセリフに、俺は思わず吹き出しそうになった。なんだよそれ、背が伸びたら男前になるって。根拠あんのか?



「ぶっ……ははっ! なんだよそれ! 背は関係ねーだろ。つーか、お前、今いくつだよ?」

「……12」



俺が笑いながら尋ねると、スバルはムッとした顔でこっちを睨んでくる。怒った顔も、やっぱり女の子みてえだ。まあ、本人の前で言ったらまた拗ねるだろうから黙っとくか。



「ま、いいや。それより、どうする? ゴンたちを待つか? それとも先に入るか?」

「僕は待つよ」



俺は塀の上を指差した。中からは相変わらず、何かのデカい生き物の唸り声と、時折受験者らしき悲鳴が聞こえてくる。面白そうなことになってんじゃんか。



「俺は腹減って死にそうだぜ。早く何か食えるもんにありつきてえんだけど」

「見てキルア! みんな無事だ!」

「へー、ほんとだ、おーい! ゴン! クラピカ! お前らも生きてたか。案外しぶといな」



遠くにゴンとクラピカがいるのが見えてスバルは手を振った。その顔は少年らしい顔つきに戻っていた。



「スバル、無事だったんだな。途中ではぐれてしまったから、心配していたのだよ」

「こっちこそだよ、クラピカ。本当に無事で良かった。一体何があったんだ?」

「う〜んと……、ちょっとヒソカといろいろあってさ。えへへっ」



話を聞くと、どうやらクラピカとレオリオがヒソカに狙われてたところをゴンが参戦して、一悶着あったという事だった。ヒソカに一発殴られて気絶したレオリオを、なぜかヒソカ自らこの会場まで運んでくれて、木に寄りかかっているレオリオをすぐに見つけた。ヒソカのその妙な優しさがなんだか不気味だ。皆が集まったところで、相変わらず鳴り止まない謎の音をする会場を見つめる。扉には正午に2次試験がスタートするって書いてあり、上にはご丁寧に時計も設置している。もう少しで正午か……。スバルは少しだけそわそわしながらその扉を見つめていた。



「キルアと一緒にいたのなら、心配いらなかったな」



そう言いながら微笑むクラピカ。心配してくれてたなんて知らなかった。そんなに頼りなく見えるだろうかと思っているとクラピカの微笑みは苦笑いへと変わった。



「すまない、失礼なことを言ったな。スバルの実力を否定しているわけではないのだよ。スバルなら1人でも此処に辿り着けただろうとは思う。ただ、どうにも私は……君が気がかりでな」

「気がかり……?」

「子供というのもあるのだが、ゴンとキルアに比べてどうも君は線が細く見えるのだよ」



クラピカの言葉にスバルはぎくりとなる。



「僕はまだまだ成長期だし、背だってこれから伸びるんだよ。キルアもそう思うよな?」



こっちに話を振ってくんじゃねえよ。俺はちらりとスバルを見て、すぐに視線を逸らした。クラピカの言う通り、こいつは他の奴らと比べても明らかに線が細い。まあ、俺も人のこと言えねえけど。



「さあな。そんなこと俺に聞かれても知らねえよ。それより、腹減って死にそうだぜ。二次試験、とっとと始めようぜ」



俺はわざとぶっきらぼうに答えて、ゴンたちの方へ歩き出す。レオリオの顔、すげえことになってんな。何があったんだか。巨大な門がゆっくりと開き始め、試験管らしき人物が二人立っていた。それも、巨大な男は相当に腹をすかしてる様子だ。さっきからの唸り声はこれかよ。



「まぁ背はともかく、実力はあるってことだ。ていうか、この試験を突破するならそれくらいなきゃ話にならないし」

「背はともかくってなんだよ。これからキルアの背も追い越すからな」



俺はスバルの言葉を鼻で笑った。俺の背を追い越す?寝言は寝て言えよな。こいつ、自分がいくつに見えてるんだか。



「はぁ? 俺を追い越す? 夢見るのは勝手だけど、現実見ろよ。俺はもう158あるんだぜ」

「僕は成長期で……」

「おっと、なんか始まるみたいだぜ。みんな、気を引き締めろよ。さっきの罠なんて序の口かもしれないからな」



やっぱキルアって性格悪いな……!



キルアにかわされてしまい、スバルはむっすりとしてしまう。当のキルアは姿勢を正し、目を細めて試験官の方を見つめた。その表情には、次の挑戦を楽しみにしている色が明らかに浮かんでいた。スバルも不満そうにしながらも目の前の試験管に目を向けた。











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