ドク×セン×ヨク
次の日、ゴンとキルアとステラは3人でホテルを出た。ビスケと合流してからも、自然とキルアの手がステラの手を取り、握りしめていた。ステラは気恥ずかしさと緊張で落ち着かなそうに視線を彷徨わせている。
「キルア……えっと、どう切り出すの?」
「大丈夫、自然に話せばいい。別に隠すようなことじゃないしな」
ステラの手を握りしめたまま、少し息を吸い込む。確かに緊張はするけど、不思議と心は決まっていた。ゴンに伝えなきゃいけないことがある。俺たちのこと。少し前を歩くゴンの背中を見つめる。ゴンは相変わらず何も知らずに、楽しそうに歩いている。俺の親友で、そして今やステラの友達でもある。この関係が変わるわけじゃない。むしろ、もっと大切なものになる。
「おい、ゴン。ちょっといいか?」
「ん?」
ゴンが振り返り、俺とステラの繋いだ手を見て、一瞬瞬きをする。すぐに彼の顔に理解の表情が広がる。ステラの手をもう少し強く握りしめる。
「俺とステラのことなんだけどな……まあ、見ての通りなんだ」
ビスケが小さくクスリと笑う声が聞こえるけど、気にしない。今は、ゴンの反応だけが大事だ。ゴンの顔に大きな笑顔が広がっていく。その瞬間、緊張していた空気が一気に溶けた気がした。
「やっぱりそうだったんだ! ずっと二人のこと気になってたんだよ」
ゴンは嬉しそうに声を弾ませながら、俺とステラを交互に見る。その素直な反応に、思わず肩の力が抜ける。
「お前...…気づいてたのか?」
ゴンはいたずらっぽく笑いながら頷いた。
「だって、キルアがステラを見る目が全然違うんだもん。それに最近二人でこそこそ話してるの、バレバレだったよ」
ビスケが「そうそう」と相槌を打ち、ステラの頬が赤くなるのを横目で確認する。
「まあ、お前らのこと応援するよ! でもGIクリアするまではラブラブしすぎないでよね?」
ゴンの無邪気な言葉に、みんなが笑いだす。ステラの手を握る力を少し強めると、彼女も笑顔で応えてくれた。
「よーし! じゃあGIクリアしたら、カードでジンに会いに行こう。三人で一緒に」
これからの冒険が、もっと特別なものになることを感じながら、俺たちは前を向いて歩き出した。
「その前に今年のハンター試験がそろそろ始まる頃よ。キルア、アンタはハンター試験受けてきなさい! これは師匠命令よ」
ビスケは仁王立ちで言った。
「そっか、去年はキルアだけ不合格になったんだよね。確かにキルアもハンターライセンスあった方がいいね……。キルアなら簡単に合格してこれるよ。ここで待ってるからね」
ステラは少し寂しそうに言った。ゴンは胸を張って言う。
「その間はオレがステラを守るから安心してよ、キルア! オレ、念もバッチリ鍛えたし!」
試験の日取りを確認すると、出発までに三日しかない。正直、ステラと離れるのは気が進まないが、ハンターライセンスがあれば今後の行動がスムーズになるのも事実だ。ステラの肩に手を置き、ちょっと強がりの笑みを浮かべる。
「分かったよ、行ってくる。すぐに終わらせて戻ってくるさ。心配すんな。今年はイルミもいないし、きっとあっという間だ」
荷物をまとめながら、去年の試験のことを思い出す。あの時は自分から棄権したんだよな。今回は違う。
「ゴン、ステラを頼むぜ。変なヤツに手を出されたりしたら……まあ、大丈夫だろうけどな。俺、すぐ戻ってくるから」
指先から電気を走らせながら、半分冗談、半分本気で言う。出発前日の夜、静かに月を眺めながら決意を固める。今度こそ、ハンターとして正式に認められて、みんなと同じ立場で冒険を続けたい。ステラのためにも、必ず合格してやる。
朝、ステラとゴンとビスケでハンター試験に向かうキルアを送り出した。ゴンは「オレに任せてキルア! 変なヤツが来る前にオレが返り討ちにしてやるよ!」と言った。ステラはキルアに歩み寄り、キルアの手を取って握りしめた。
「……ちょっとだけ寂しいけど、待ってるからね。気を付けてね! キルア!」
それから手を離し、見送った。
試験会場の冷たい空気が、肌を刺す。去年とは違う。隣にゴンやステラはいないし、レオリオやクラピカもいない。だけどステラやゴンが待ってる。その事実だけで、十分だった。
「……さて、と」
去年のことを思い出す。イルミの針、イルミに操作されてステラを刺した時の恐怖……。だが、今は違う。俺はもう、兄貴の操り人形じゃない。必ず、合格して帰る。
今年のハンター試験はバトルロワイヤルだった。一次試験でキルアがその場にいた全員を倒してしまった。
「やる? 2次試験」
俺は目の前の受験者の喉元に手刀を突きつけていた。そいつは泡を吹いて気絶する。これで何人目だ?もう数えるのも面倒くさい。
「合格です。もう参加者はあなた一人なので。ハンター試験合格となります」
「……そうかよ」
試験管は驚いた顔で言ってハンターライセンスを差し出した。今年の合格者はキルア一人となった。
差し出されたハンターライセンスを、俺は無造作に受け取った。たった一人だけの合格者。去年とは大違いだ。だけど、心は少しも満たされない。早くアイツらの元へ帰りたい。その一心だった。
最短ルートの飛行船に飛び乗る。窓の外を流れる景色を見つめながら、ステラのことを考えていた。今頃何してんだろ。ゴンと修行か?それとも……フェイタンとかいう奴らと一緒にいるのか?
「……チッ」
想像しただけで胸がざわつく。旅団の奴らがステラにとって家族みたいなもんだってのは分かってる。でも、面白くねえ。あいつ、俺がいない間に変なことされてねえだろうな。
「早く帰らねえと……」
飛行船がスロットシティに着陸すると同時に、俺は真っ先に飛び出した。ライセンスなんてポケットに突っ込んで、一心不乱にステラたちがいるはずのホテルへと走る。息が切れるのも構わず、ただ早く、一秒でも早く会いたかった。
「ステラ! ゴン!」
ホテルの扉を勢いよく開けると、そこにいたのはゴンとビスケだけだった。ステラの姿がない。嫌な予感が背筋を走る。
「ステラはどこだ!?」
俺の剣幕に驚いたゴンが、慌てて指を差す。
「外の広場で誰かと話してたけど……あ、キルアおかえり! 試験どうだった?」
ゴンの言葉もそこそこに、俺は再び駆け出した。広場へ向かう足がもどかしい。角を曲がった瞬間、見慣れたピンクのツインテールが目に入る。そして、その隣にいる二人の男の姿も。幻影旅団の、フェイタンとフィンクス……!
「……ステラ!」
「あ、キルア! おかえりなさい! 試験どうだった?」
ステラはゴンと全く同じセリフを口にしてキルアの元へ駆け出す。フィンクスは振り返ると「噂をすれば、だな」と言い、フェイタンは「そこの銀髪のガキ、久しぶりね。ステラに変なことはしてないか?」と問いかけた。しかしすぐにステラがキルアに飛びついたところを目の当たりにし、フェイタンとフィンクスは二人揃って目を丸くさせた。
ステラが飛びついてきた衝撃で、俺は思わず後ろに二、三歩下がった。でも、両腕はしっかりとステラの体を受け止めている。柔らかい感触と懐かしい香りに、胸がいっぱいになる。
「やっと会えたな……」
俺は小声でつぶやくと、ステラをそっと地面に降ろした。旅団の二人が見ているのを意識して、できるだけ平静を装う。でも、頬が熱くなっているのは自分でもわかる。
「合格したよ。これでお前たちと一緒にGIクリアできる」
「ほんと! 良かった! キルアなら余裕だろうとは思ってたけど、これで三人ともハンターだね」
フィンクスの野次馬みたいな視線が鬱陶しい。フェイタンは質問を俺に向けたみたいだが、今は無視だ。
「それより、お前、こいつらと何話してたんだ?」
視線だけでフェイタンとフィンクスを指し示す。二人は依然として驚いた表情のまま立ちすくんでいる。ステラがこんな風に男に抱きつくところなんて、見たことなかったんだろうな。その事実に、少しだけ優越感を覚える。
「まさか、旅団に戻れって言われたんじゃ……」
ステラは久しぶりに会えたキルアを見て嬉しそうに笑う。それからフェイタンとフィンクスを見て微笑む。フェイタンは「そんなこと言てないよ、久しぶりに話してただけね」と言い、フィンクスは「……まさかお前ら、デキてんのか?」と聞いた。ステラが頬を赤らめる。
フィンクスのド直球な質問に、一瞬言葉が詰まる。ステラが頬を赤らめているのが見えて、俺の心臓も嫌な音を立て始めた。旅団の奴らの前で、こんな話はしたくなかった。
「……っ、うるせえな! お前らには関係ねえだろ!」
反射的に悪態をついて、ステラの腕を引いて自分の後ろに隠す。こいつらの探るような視線から、ステラを遠ざけたかった。フェイタンの目が、値踏みするように俺を射抜いているのが分かる。
「用がないならとっとと消えろよ。俺たちはこれから忙しいんだ」
平静を装っているつもりだが、声が少し震えているかもしれない。ステラが、俺の服の裾をぎゅっと握りしめているのを感じる。その小さな感触が、俺に少しだけ勇気をくれた。こいつは俺が守る。誰にも渡さねえ。
フェイタンが「こいつ、相当に独占欲高いと見たよ。ステラ気をつけるよ、そいつと何かあればワタシに言え」と言ってフィンクスが「あとそうだ、パクノダはお前らに感謝してたぜ。それだけ伝えときたかった。じゃあな」と言って『アカンパニー』を使って消えた。
「ごめん、キルア。さっき話しかけられて……ゴンも近くにいるからいいかなって思って……。一応、ただ近況を聞かれただけだよ」
二人が消えた後、広場には奇妙な静寂が訪れた。さっきまでの緊張感が嘘みたいだ。俺はまだステラの腕を掴んだまま、彼女の顔を覗き込んだ。心配そうに揺れる紫色の瞳と目が合う。掴んでいた腕をそっと離し、代わりにその手を握る。ステラの指先が少し冷たい。俺はぶっきらぼうに言葉を続けた。
「……別に、お前が謝ることじゃねえだろ。アイツらが勝手に来ただけだ。それに、ゴンが近くにいたなら問題ねえよ」
独占欲、か。フェイタンの言葉が頭の中で反響する。否定できない自分がいて、なんだか居心地が悪い。ステラの赤らんだ頬を思い出して、自分の顔にも熱が集まるのを感じた。
「……それより、腹減った。なんか美味いもんでも食いに行こうぜ。ゴンも呼んでさ」
今は、難しい話はしたくなかった。ただ、こうして隣にいられるだけで十分だ。俺はステラの手を引いて、ホテルの方向へ歩き出した。この手を離さないと、心の中で強く誓いながら。
「キルアってば戻ってくるなりすごい剣幕で『ステラはどこだ!?』って叫んで、そのまま駆け出していったからびっくりしたよ!」
「そんなにステラがいなくて寂しかったのね、オホホ〜」
ゴンは戻ってきたキルアとステラを迎え入れながら屈託なく笑う。ビスケもからかうようにキルアを見て言った。
「……そうなの? キルア」
ゴンの言葉とビスケのからかいに、カッと顔が熱くなるのを感じた。ステラの純粋な視線が突き刺さって、余計にどうしていいか分からなくなる。
「ち、ちげーよ! バカ! そんなんじゃねえ!」
「えー、でもほんとすごかったよ?」
俺は思わず大声で否定する。ゴンが追い打ちをかけてくるのを、睨みつけて黙らせた。
「……アイツらがいたからだろ! 旅団の奴らが! お前がなんかされてねえか心配だっただけだ!」
早口でまくし立てる。半分は本当だが、半分は照れ隠しの言い訳だ。ステラが俺の言葉をどう受け取ったのか、怖くて顔が見れない。
「と、とにかく! もういいだろ、その話は! それよりGIクリアするぞ! こんな所で油売ってる場合じゃねえんだからな!」
俺は無理やり話を切り上げて、二人から顔をそむける。耳まで熱いのが自分でも分かった。早くこの空気を変えたかった。
「キルア。すごーく心配してくれてたんだね、ありがとう」
ステラは嬉しそうにキルアの手を取って微笑んだ。
ステラの笑顔と「ありがとう」という言葉に、さっきまでの羞恥心がどこかへ吹き飛んでいく。代わりに、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。俺が握っていた手を、今度はステラが握り返してくる。その温もりが、なんだかすごく安心した。
「……おう」
短く返事をするのが精一杯だった。
「残りのカードも全部集めて、ジンに会いに行こう!」
ジンに会いに行く。それはステラの、そしてゴンの目標だ。でも、いつの間にか俺にとっても大事な目的になっていた。
「当たり前だろ。さっさと全部集めて、こんなゲームとっととクリアしてやろうぜ」
俺はステラの手をぎゅっと握り返し、ニッと笑って見せた。隣ではゴンが「うん!」と力強く頷き、ビスケがやれやれといった顔で俺たちを見ている。独占欲だかなんだか知らねえけど、こいつらと一緒にいるこの時間が、今は何よりも大切だった。