ゼッタイ×ニ×マモリヌク






ゴンの背中が瞬く間に小さくなっていくのを見送りながら、俺はステラを抱え直す。腕の中で微かに蘇った命の鼓動が、俺自身の心臓を叩いているかのようだ。まだだ、まだ油断できねえ。



「もう少しだからな、ステラ……絶対に助けてやるから……」



誰に言うでもなく呟き、俺は再び地面を蹴った。町の灯りが、さっきよりもずっと大きく、そして暖かく見える。今は一秒でも早くステラを安全な場所に運ぶことが最優先だ。腕の中の温もりだけを信じて、俺は闇の中を突き進んだ。



「医者はいませんか!!」



ゴンは町へ着くと大声で叫んで助けを求めた。ゴンの叫び声が、風に乗って微かに耳に届く。町はもう目の前だ。俺は最後の力を振り絞って、アスファルトの道を駆ける。腕の中でステラが小さく身じろぎした。



「……キル……ア……?」



掠れた声で俺の名前を呼ぶのが聞こえ、心臓が大きく跳ねた。意識が戻ったのか?目はまだ閉じたままだが、顔色がさっきよりいくらか良くなっている。俺の血が効いたんだ。



「ステラ! しっかりしろ、もうすぐ町に着くからな!」



呼びかけると、ステラの指先が俺の服を弱々しく掴んだ。その小さな反応だけで、全身に力が漲る。人気のない路地裏に飛び込み、雨風をしのげそうな建物の軒下へステラをそっと横たえた。



「ここで待ってろ。ゴンが医者を連れてくるはずだ。それまで絶対、寝るんじゃねえぞ」

「こっち!」



ゴンが医者を連れて飛び込んでくる。ゴンの声に振り返ると、白衣を着た初老の男が息を切らしながら走ってくるのが見えた。ゴンが必死の形相でその医者の腕を引いている。



「こっちだ、先生! 早く!」



俺はすぐに医者のために場所を空け、ステラの容態を簡潔に説明する。出血が酷かったこと、一時的に心停止したこと、そして俺の血を飲ませて応急処置をしたこと。



「頼む、助けてくれ……! こいつが死んだら、俺……」



医者は驚いた顔で俺を一瞥したが、すぐにプロの顔に戻り、ステラの脈を取り始めた。その手つきは冷静で、少しだけ俺の焦りが和らぐ。



「……ひどい怪我だ。すぐに輸血と縫合が必要になる。私の診療所へ運ぶぞ、手伝え!」



診療所に運び込み、医者はすぐに処置を行った。待機所でゴンは重く暗い顔で涙を流していた。



「オレのせいだ……」



悔しそうに拳を握って「オレが弱かったばかりにカイトがやられて、それにオレのせいでステラまで……」と言った。腕を失ったカイトを見て怒りで暴走したゴンをステラが庇った。そのことをゴンは悔いていた。

処置室のドアが閉まり、俺たちは待合室に締め出された。ゴンは俯いたまま、ぽつりぽつりと自分を責める言葉を吐き出す。その震える拳を見て、俺は何も言えなかった。



「……お前のせいじゃねえよ」



絞り出した声は、自分でも驚くほど弱々しかった。ゴンを慰める言葉なんて、今の俺には見つからねえ。俺だって同じだ。もっと俺が強ければ、ステラを危険な目に遭わせずに済んだ。



「カイトのことも、ステラのことも……俺たちの力が足りなかったからだ。お前一人のせいじゃねえ」



そう言うのが精一杯だった。ギリ、と奥歯を噛み締める。あの化け物の禍々しいオーラが、まだ肌にまとわりついているようだ。悔しさと無力感で、腹の底が煮えくり返る。今はただ、ステラの無事を祈るしかできねえ。神様なんて信じたこともねえけど、今だけは……頼むから、あいつを連れて行かないでくれ。

やがて処置室から出てきた医者は深刻な顔で言う。



「その子の傷だが……心臓が著しく損傷を受けていた。間違いなく敵の爪は心臓に届いていた。生きてるのが不思議なくらいだ。その子の念能力か? 水のような念が心臓を守るように覆ってる。それがなければ即死していたはずだ。今もその念がその子の心臓を守ってる」



医者の言葉が、重い鉛のように頭の中に響き渡る。心臓が……損傷?水の念が守ってる?つまり、念がなければステラは死んでいたってことか。ゾッとするような事実に、全身の血の気が引いていく。



「……じゃあ、マヤは……助かるのか?」



震える声で尋ねる。医者は難しい顔で首を横に振った。



「何とも言えん。今はその念能力が辛うじて心臓の機能を保っている状態だ。だが、それもいつまで持つか……。意識が戻るかどうかも、正直なところ五分五分だ」

「……絶対、助かる。あいつはそんなヤワじゃねえ」



五分五分。その言葉が、俺の最後の希望を打ち砕く。ゴンが隣で息を呑むのが分かった。ふざけるな。そんなことで、死なせてたまるかよ。自分に言い聞かせるように呟き、処置室のドアを強く睨みつけた。



「できる限りの手を尽くして処置は行った。その子の念能力が心臓を守ってる限りは死ぬことはないが……長期的に命を繋ぎ止めたいのならここよりも大きな病院に連れていき、安定した点滴と輸血を受けさせたほうがいい」



医者は処置室を開けて中を促した。医者に促され、俺は恐る恐る処置室に足を踏み入れた。そこにはベッドの上で点滴と輸血に繋がれたステラが静かに眠っていた。ゴンが後ろで息を呑む音が聞こえる。ベッドの上で眠るステラは、さっきまでとは比べ物にならないほど穏やかな顔をしていた。だが、その腕に繋がれた点滴と輸血の管が、決して楽観視できない状況を物語っている。



「……ステラ」



ベッドのそばに膝をつき、そっとステラの手に触れる。冷たくはない。でも、いつもみたいに握り返してはくれない。心臓を守っているという水の念……それがなければ、こいつはもう……。その事実が、鈍器で殴られたように頭に響く。



「……ごめんな……俺が、もっとしっかりしてれば……」



唇からこぼれたのは、後悔の言葉だけだった。ゴンを止めることも、あの化け物からステラを守ることもできなかった。自分の無力さが、ただただ腹立たしい。今はただ、こいつの生命力を信じるしかない。静かに上下する胸を見つめながら、俺はステラの手を強く、強く握りしめた。



「キメラアントの襲撃と、このNGLにはもともと交通の便が良くない。あんた、彼女を大きな病院に運べるか?移動中点滴と輸血は欠かさず行うこと。その分の輸血分は渡す」



医者は静かな声で言う。



「ここには十分な輸血と点滴の数が足りてないから、ここに置いてるといずれは……死ぬ」



医者の言葉が、最後通告のように重くのしかかる。ここにいたら、ステラは死ぬ。その事実が、俺の頭を殴りつけた。



「……運ぶ。当たり前だろ。あんたが言った病院ってのは、どこにあるんだ?」



迷いはなかった。ゴンが隣で顔を上げるのを感じる。どんな手段を使っても、ステラを助ける。それ以外の選択肢なんて、俺の中にはねえ。俺は医者を真っ直ぐに見据えて尋ねた。冷静になれ。焦りは判断を鈍らせるだけだ。今俺がすべきことは、ステラを安全な場所へ、一秒でも早く運ぶこと。

ベッドで眠るステラの顔を見る。その頬に手を伸ばしかけて、やめた。今は感傷に浸ってる場合じゃねえ。俺がしっかりしねえと。ゴンも、ステラも、俺が守る。



「地図を渡す。十分な点滴と輸血分は渡しておくから安全優先で運べ。いいな。輸血パックを保冷するための氷などの補充は欠かさずするように」



そう言って医者は地図と輸血パックと点滴パックをクーラーボックスに詰め、それをゴンが受け取った。ゴンが、ステラはキルアが運ぶようにと気を遣ったためだ。

ゴンがクーラーボックスを受け取るのを確認し、俺はベッドのステラに向き直る。医者が用意してくれた毛布でその体をそっと包み込み、慎重に抱き上げた。思ったよりも軽い。こんな小さな体で、ゴンを庇って、今までずっと耐えてきたのか。



「……行くぞ、ゴン」



俺は決意を込めて相棒に声をかける。腕の中のステラが、わずかに眉を寄せた気がした。苦しいのか。不安なのか。確かめる術はない。ただ、この温もりだけは、絶対に失うわけにはいかねえ。



「大丈夫だ、ステラ。お前は俺が絶対に守るから」



誰に聞かせるでもなく、囁くように呟く。医者とゴンに一瞥を送り、俺は診療所のドアを開けた。外の冷たい空気が、張り詰めた神経をわずかに冷ましてくれる。地図に示された病院までの道のりは、決して楽じゃねえだろう。だが、やるしかねえんだ。

キメラアント討伐の依頼を受けたネテロとモラウとノヴが悠然とやってくる。モラウが「なんだ? ガキじゃねえか、さっさとお家に帰んな」と言い、ノヴが「おやめなさい、相手はただの子供なんだから」と言い、ネテロが「キルア。ゴン。中途半端な戦力は的に吸収される恐れがある。わかるな? 討伐はわしらに任せて回復に専念するといい」と言う。



「……あんたたちが、討伐を?」



ネテロ会長……?なんでこんなところに。モラウにノヴ……ハンター協会のトップクラスの連中が揃ってやがる。状況が飲み込めず、俺はステラを抱きかかえたまま立ち尽くす。ネテロの言葉は、有無を言わせぬ響きを持っていた。中途半端な戦力は的に吸収される。その通りだ。今の俺たちじゃ、あの化け物には勝てねえ。悔しいが、事実だった。



「……分かってる」



奥歯を噛み締め、俺は短く答える。ゴンが隣で唇を噛むのが見えた。こいつも同じ気持ちだろう。だが、今はステラを助けるのが最優先だ。



「こいつを……ステラを安全な病院に運ぶ。後のことは、あんたらに任せる」



それが、今の俺にできる唯一のこと。俺は腕の中のステラを見下ろし、その寝顔に固く誓う。もう二度と、お前を危険な目には遭わせねえ。だから、今はただ眠ってろ。



「キメラアント討伐のために儂らが派遣されてきたんじゃよ。言われずとも皆殺しにしてやるわい。ただ……キルア、ゴン。最寄りの街に二人刺客を放った。闘る闘らぬは自由じゃが。その子を安全なところに運んだらその刺客を倒してから追っておいで、ハンターとして生きるなら。そしてカイトを助けたいと思うなら」



そう言って去っていった。ネテロの言葉が脳に突き刺さる。刺客だと……?この状況で、わざわざ俺たちに?あのジジイ、一体何を考えてやがる。だが、その言葉の裏にある意味を理解できないほど、俺はガキじゃねえ。これは試されてるんだ。ハンターとして、ステラの恋人として、俺の覚悟が。



「……上等じゃねえか」



俺は去っていくネテロたちの背中に向かって、誰にともなく呟いた。腕の中のステラが、わずかに身じろいだ気がする。不安にさせるようなことは言いたくねえ。でも、こいつを守るためには、避けて通れねえ道だ。



「ゴン、行くぞ。まずはステラを病院に運ぶ。それが最優先だ」



刺客のことは頭の隅に追いやり、俺は前だけを見据える。カイトを助けるためにも、ステラを守るためにも、俺たちは強くならなきゃいけねえ。ネテロの言った刺客は、そのための試練なんだろう。受けて立つ。お前のためなら、どんな敵だろうとぶっ倒してやる。

ゴンはネテロに勇気づけられた様子で真っ直ぐな顔で言った。



「カイトは生きてる。あんなやつには絶対! 負けない! ……だから早く戻ろう! 強くなって! そして今度こそステラを守る力を手に入れるんだ」



ゴンの真っ直ぐな瞳が、俺の心の迷いを射抜く。そうだ、あいつはいつもそうだ。どんな絶望的な状況でも、決して光を見失わねえ。その強さが、眩しい。



「……ああ、そうだな」



俺はゴンの言葉に短く応え、腕の中のステラに視線を落とす。こいつを守る力。今の俺に足りないものだ。ネテロの刺客は、それを試すための試練。



「まずはステラを安全な場所に運ぶ。それからだ。全部片付けて、必ずカイトを助け出す。……三人でな」

「うん!」



俺はゴンの肩を軽く叩き、再び歩き出した。背後で、ゴンが力強く頷く気配がする。今は感傷に浸っている暇はねえ。やるべきことは決まった。ステラの温もりを感じながら、俺は地図に示された病院への道を急ぐ。どんな困難が待ち受けていようと、もう俺たちは立ち止まらねえ。

二人はすぐに最寄りの街へ行く。そこにはシュートとナックルとビスケが仁王立ちで立っていたが、今はまだ見つからないようやり過ごした。ゴンは小声で「まずは病院が先だ」と言った。正直ビスケまでいたことには驚いたものの今はそれどころじゃない、とゴンは思った。

ゴンの言葉に頷き、俺は気配を殺して路地裏の影に身を潜める。シュートにナックル……それにビスケまでいやがる。ネテロの言ってた刺客ってのは、あいつらのことか。面倒なことになったな。



「ああ、今はステラが最優先だ」



腕の中のステラに視線を落とす。規則正しい寝息が聞こえるが、油断はできねえ。医者の言葉が頭をよぎる。一刻も早く、設備の整った病院に運ばなきゃ。ゴンの気配を探り、静かに頷き返す。あいつらの監視を掻い潜って街を抜ける。今の俺たちに課せられた最初の試練だ。



「行くぞ、ゴン。絶対に気づかれるなよ」



息を殺し、俺は闇に溶け込むように一歩を踏み出した。腕の中の温もりだけが、俺に進むべき道を教えてくれている。お前は俺が必ず守り抜く。

無事に設備の整った大きな病院に足を踏み入れる。ここなら安定した点滴と輸血の投与を行いながら延命を行える。あとは、ステラの念能力がどこまで彼女の心臓を守れるかにかかっている。そして損傷した心臓を治さない限りはステラは目を覚まさない。

無事に病院にたどり着き、ステラが集中治療室のベッドに移されるのを見届ける。ガラス越しに見えるステラの顔は、さっきまでと変わらず穏やかに眠っているように見えた。だが、たくさんの管に繋がれた姿が、事態の深刻さを物語っている。



「……頼む」



俺は誰に言うでもなく呟き、ガラスに額を押し付けた。医者からは最善を尽くすと言われた。だが、それだけじゃ足りねえ。ステラ自身の念と生命力。それに賭けるしかない。



「ゴン、俺は少し外の空気を吸ってくる。ステラのこと、見ててくれ」



ゴンの返事を待たずに、俺は踵を返した。このままここにいたら、不安で押し潰されそうになる。やるべきことは分かってる。ネテロの言っていた刺客。あいつらを片付けねえと、何も始まらねえ。

それから少ししてゴンも外に出てくる。



「今のステラの容態は安定してるって。一刻も早く、オレたちは強くなって……そして、ステラの心臓を治す方法を見つけないと。立ち止まってる暇はない、すぐ行こう、キルア」



ゴンの声に、俺は病院の壁に背を預けたままゆっくりと顔を上げた。あいつの目には、さっきまでの不安の色はない。覚悟を決めた、ハンターの目だ。



「……ああ、分かってる」



立ち止まってる暇はねえ。ゴンの言う通りだ。ステラがこうして戦っている間に、俺たちがここでうじうじしてどうする。俺は強く拳を握りしめる。ステラの心臓を治す方法。そんなもん、今の俺たちに分かるはずもねえ。だが、探すんだ。どんな手を使ってでも。そのためには、まず目の前の障害を乗り越える必要がある。



「行くぞ。まずはネテロの言ってた刺客だ。あいつらをぶっ倒して、俺たちの覚悟を見せてやる」



ステラ、待ってろ。必ずお前を助け出す。そして、今度こそ三人で笑うんだ。そのために、俺はもっと強く、非情にさえなってみせる。











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