ドコ×ニモ×イクナ






「キルア様。ゴン様。イルミ様は私どもがこの命にかけて、全力で止めます。ステラ様とアルカ様を連れて今すぐに全速力でお逃げください」



カナリアの言葉に、俺は歯を食いしばった。こいつらを盾にして逃げるなんて、選択肢はそれしかねえって分かってる。だが、仲間を見捨てていくみてえで、胸糞わりい。ゴンはアルカを横抱きにしたまま俺の顔を見ている。



「……分かった。ここは任せる」



俺は短く告げると、ゴンの肩を叩く。言葉にしなくても、やるべきことは伝わっているはずだ。ゴンは強く頷き、アルカを抱き直した。今、俺たちがすべきことは一つ。振り返らず、ただ前へ進むこと。ステラが待つ場所へ、一秒でも早く辿り着くことだ。こいつらの覚悟を無駄にはできねえ。ゴンと視線を交わす。行くぞ、と無言で頷き合った。



「アルカ、しっかり掴まってろよ」



アルカはゴンの首にぎゅっと腕を回した。そうだ、俺には守るべきもんがある。隣のゴンを見て頷き合う。



「ステラ、聞こえてんだろ? お前を起こしに行くまで、もう少しだけ時間がかかりそうだ。……でも、絶対に行くから。だから、もうちょっとだけ、俺の隣でわがままに付き合ってくれよな」

「その女の子、笑ってる。お兄ちゃんのこと信じてるんだね。あたしも仲良くなれるかな?」



アルカがキルアの肩を見ながら笑った。ゴトー達がイルミを足止めしてる間、キルアとアルカは無事に家族の監視圏内を抜け出した。アルカの言葉に、俺はハッとして自分の肩を見た。もちろん、そこには何も見えない。でも、アルカの純粋な瞳には、笑っているステラの姿が映っているらしい。信じてる、か。……そうだといいな。



「……ああ、当たり前だろ」



俺はぶっきらぼうに答えながらも、口元が緩むのを止められなかった。ステラが笑ってる。それだけで、胸の奥にあった重たい鉛が少しだけ軽くなる気がした。



「お前なら、きっとすぐにステラと仲良くなれるさ。あいつ、お前のこと絶対気に入るぜ」



走りながら、アルカに優しく語りかける。俺の隣を走るゴンの腕の中で、アルカが嬉しそうに笑う気配がした。その笑顔を守るためにも、俺は止まれない。森を抜け、開けた荒野に出た。目的地はもうすぐだ。ステラ、聞こえるか?お前のいない世界は、やっぱりつまんねえよ。だから……早くお前の声が聞きたい。二人になったら、ゆっくり話そうな。お前が眠ってる間のこと、全部聞かせてやるから。



「お兄ちゃん、ステラお姉ちゃんはいつ目覚めるの?」



治すことが苦手なアルカは治すときは直接触れる必要があり、そして、治したあとは長い眠りについてしまう。携帯電話にビスケからメールが届く。



『ステラは病院からホテルに移したわ。今はあたしが念で守ってるわさ。戻ってくるのを信じて待ってるからね』



ホテルの地図も添付されていた。

ビスケからのメールを見て、俺は安堵と焦りが入り混じった複雑な気持ちになった。ホテルか。病院よりは安全だろうが、それでも油断はできねえ。地図を頭に叩き込む。



「……もうすぐだ。もうすぐ会える」



アルカの問いかけに、俺は力強く頷いた。そうだ、いつ目覚めるかじゃない。俺が目覚めさせるんだ。アルカの力を借りてでも。



「ステラは、アルカがおはようって言ったら、すぐに目を覚ますさ。だから、もう少しだけ頑張れるか?」



俺はアルカの頭を優しく撫でる。その小さな体にかかる負担を考えると胸が痛むが、今はこれしか方法がねえ。ステラ、聞こえるか?お前のいない時間は、もう十分だ。……お前が起きたら、まず最初に何してほしい?俺のわがまま、聞いてくれるよな?



「キルア、それで、ステラはどうやって起こすの? オレ詳しい話よくわかってないんだけど……でもキルアを信じるよ」



ゴンの真っ直ぐな視線を受け止め、小さく息を吐く。そうだ、こいつはいつもそうだ。俺がどんな無茶なことをしようと、いつだって信じてくれる。



「……サンキュ、ゴン。方法は……アルカに『お願い』するだけだ。ステラを治してくれって」



そうしてキルアは走り続け、ホテルに入った。そこはベッドが二つ置かれたシンプルな部屋だ。ステラがベッドの上で安らかに眠っていた。ビスケの念で守られてるせいか、まるで生きてるかのように綺麗な顔で眠っていた。ビスケは立ち上がり、キルアの元へ駆け寄る。



「待ってたわさ! その子が、アルカちゃん?」

「ああ、この子がアルカだ。アルカ、こっちはステラ。さっき話した、俺の...…大切な人だ」



ビスケを見て小さく頷く。アルカは恐る恐る部屋に入ってきて、ステラが横たわるベッドを見つめている。俺は静かにステラに近づき、その変わらない顔を見下ろした。まるで眠っているだけみたいだ。でも、その胸は上下しない。アルカはゆっくりとステラのベッドに近づき、小さな手でステラの手に触れようとする。その瞬間、俺の心臓が高鳴った。怖いのか?期待なのか?



「ビスケ、ステラの状態は?」



ビスケと目を合わせる。こいつがいてくれたから、ステラはこんなに綺麗なまま...…そう思うと感謝の気持ちでいっぱいになる。ステラの手を取り、俺は小さく囁いた。



「待たせたな。俺が必ず起こしてやるからな」



アルカの小さな指がステラの手に触れようとした瞬間、俺は思わず息を止めた。この一瞬に全てがかかっている。ビスケは俺の問いに答える前に、慎重にアルカを観察していた。



「状態は変わってないわさ。私の念で劣化は防げてるけど...…心臓はずっと止まったまま」



ビスケの言葉に胸が締め付けられる。アルカはついにステラの手に触れ、不思議そうに俺を見上げた。



「お願いだ、アルカ。ステラを...…目覚めさせてくれないか」



俺は声が震えるのを抑えられなかった。アルカは黙ってステラの額に手を置き、目を閉じた。その小さな背中に希望を全て託す。



「キルア、本当にこの子の力で...…」

「信じてる。アルカの力なら、できる」



ステラの顔を見つめながら、思わず手を伸ばして冷たい頬に触れた。もう一度、お前の温もりを感じたい。もう一度、お前の笑顔が見たい。アルカは不安そうにステラの顔を見つめ、小さく頷いた。その小さな手がステラの頬に触れる。俺は息を詰めて見守る。隣の手はしっかりとステラの手を握っていた。



「ステラ、オハヨウ」



ナニカの声が部屋に響く。ナニカの手から光があふれ出し強く輝いた。まばゆい光と共にステラの心音がゆっくりと戻ってくる。確かに蘇生は完了し、ナニカはそのまま深い眠りに入りベッドから落ちそうになる。ベッドから崩れ落ちそうになるアルカをゴンが素早く抱きとめる。

ナニカの声が部屋に響き渡った瞬間、俺はステラの手を握る力に全てを込めた。眩い光が部屋を満たし、思わず目を細める。光が収まった時、微かだが確かな鼓動が、繋いだ手を通して伝わってきた。トクン、トクン……と。



「……ステラ」



名前を呼ぶ声は、自分でも驚くほど震えていた。小さくて、温かい。こいつが、ステラを……救ってくれた。



「……ありがとな、アルカ」



ゴンの腕の中で眠りについたアルカの額にそっとキスを落とす。そして、再びステラに視線を戻した。まだ目は覚まさないが、その頬には血の気が戻り始めている。ああ、本当に、生きてるんだ。俺はアルカを抱いたまま、ゆっくりとステラのベッドの傍に膝をついた。もう少ししたら、お前の声が聞けるんだな。……二人になったら、ゆっくり話そうぜ。



「凄すぎる力だわね。死者を呼び起こすだなんて。疲れたからあたしも寝るわ。何かあったら連絡すること」



ビスケはそう言ってその部屋から出ていった。この部屋には大きめのベッドが二つだけだったからだ。

ビスケが出て行った部屋で、俺はステラとゴンと三人になった。さっきまで死の淵にいたとは思えないほど穏やかな寝顔だ。ゆっくりと上下する胸を見て、ようやく息ができた気がした。隣でゴンもアルカを抱いたまま目を潤ませている。そっとステラの髪に触れる。まだ少し冷たい指先が、その頬の温かさを確かめるように滑った。ずっとこうしたかった。お前の体温を、もう一度感じたかったんだ。



「……本当に、戻ってきたんだな……なあ、ステラ。もう、どこにも行くなよ」



返事がないのは分かってる。でも、言わずにはいられなかった。もう二度と失いたくない。その想いが、言葉になって溢れ出す。もう少ししたら、お前の声が聞けるんだな。そしたら、今度こそ……俺のわがまま、聞いてくれよ。

キルアの手が頬に触れるとそれに反応してステラの目がゆっくりと開かれる。そしてキルアの顔を静かに見上げた。



「……キルア?」



ステラの声だ。掠れていて、弱々しいけど、間違いなく目の前のこいつから発せられた声。俺は息を呑んだ。頬に触れていた指先が、ぴくりと震える。夢じゃねえ。本当に、ステラが、俺の名を呼んだ。



「……っ、ステラ!」



こみ上げてくる感情を抑えきれず、俺はステラの体をそっと抱きしめた。まだ体温は低いけど、確かな温もりと、心臓の鼓動が伝わってくる。ああ、本当に生きてる。俺の腕の中に、ちゃんといる。



「……よかった。本当に、よかった……」



顔を埋めた肩口から、ステラの匂いがした。ずっと嗅ぎたかった、安心する匂い。もう少しだけ、このままでいさせてくれ。お前がここにいるってことを、全身で感じていたいんだ。今夜は、もうどこにも行かせねえからな。



「キルア……? どうしたの?」



切羽詰まったようなキルアの声。キルアの声は震えていた。今起きたばかりのステラには状況がよくわからなかった。



「私……さっきまで、キメラアント調査に行って……猫みたいなのと戦ってたよね? 何が、あったの……」



問いかけながらも震えながら肩口に顔を埋めるキルアを見て、その後頭部をそっと撫でた。

ステラの手が俺の頭に触れた感触に、びくりと肩が震えた。その温かさが、お前が本当に生きてるってことを、嫌でも実感させる。でも、ステラの言葉で俺は現実に引き戻された。そうだ、こいつは何も知らないんだ。自分が一度死んだことも、俺がどんな思いでここにいるのかも。



「……なんでもねえよ」



腕の力を少し緩めて、ステラの顔を覗き込む。まだ状況が飲み込めていない、不安そうな紫色の瞳。どう説明すればいい?俺は一度言葉を飲み込んだ。



「色々……あったんだ。お前が眠ってる間に」



全部話したら、お前、どう思うかな。俺がアルカの力を使って、無理やりお前を連れ戻したって知ったら。でも、今はそんなことより……。もう一度、ステラの頬にそっと触れる。今度はお前の寝顔を見るだけじゃなく、ちゃんと話がしたい。二人きりでさ。

ゴンは眠ったナニカを抱きしめながらしばらく何も言わずに見ていたが滝のように涙を流しながら口を開いた。



「ステラ……ごめんなさい! オレ……なにもできなくて……オレが、自暴自棄になってたせいで、ステラを危険な目に遭わせた。オレ……アルカの事、見ておくから……」



ゴンの嗚咽が部屋に響く。そうだ、ゴンもずっと心配してくれてたんだ。



「……ゴン、お前のせいじゃねぇよ」


絞り出すように言うと、俺はステラの顔を見つめた。まだ状況が飲み込めていないステラの戸惑ったような視線が、俺とゴンを行き来する。その顔を見ていたら、説明しなきゃいけないって分かってるのに、言葉が詰まる。お前がどれだけ恐ろしい目に遭ったか、なんて言えばいい?

ゴンは俺を見て、小さく頷くとアルカをベッドに寝かせに行った。ああ、気を遣ってくれたんだな。……そうだな、今は、俺だけのステラでいてくれ。視界の端で、ゴンがアルカと一緒にベッドに入ったのが見えた。あいつも疲れてたからな。



「……? 私……ずっと寝ていたの?」



状況がわからないまま、ステラは戸惑いがちにキルアの顔を見上げる。



「ねえ、キルア……どうして、泣いてるの……?」



ステラの指先が俺の頬に触れて、そこではじめて涙が流れていたことに気づいた。慌てて袖で顔を拭うけど、止まらない。どうしてこんな情けない姿を見せてるんだ。でも、もう隠せない。



「お前が……死にかけたんだよ。あのキメラアントと戦って、お前はゴンを守るために……心臓を貫かれた。もう助からないって医者も言ってた」



声が震える。ステラの紫の瞳を見つめながら、必死に言葉を選ぶ。ステラの手を取って、自分の胸に当てる。激しく鼓動する心臓の上で、その細い指を握りしめる。お前はゴンを庇って……その事実を口にするだけで、喉が焼けるように痛い。



「アルカが……俺の妹が念能力でお前を治してくれたんだ。でも、そのせいで今度はアルカが眠りについちまった。お前が目を覚ました時、俺は……ただ安心して……」

「え……? そう、だったんだ……アルカちゃんが起きたら、お礼を言わないと」



俺はステラから目を逸らして、今にも折れそうな声で続ける。



「お前がいなくなったら、俺……」



キルアの折れそうな声に胸がきゅってなる。



「キルア……ごめんね、心配かけて。もう絶対置いていったりしない、から……。だから……今日はずっとそばにいてくれる?」



ステラはキルアの頭を胸に抱きかかえた。胸の膨らみとその鼓動がキルアの顔に伝わる。

ステラの胸に顔を埋める形になって、一瞬思考が停止した。柔らかい感触と、トクン、トクンと規則正しく響く心音が直接伝わってくる。ああ、本当に生きてる。その事実が、俺の心を温かいもので満たしていく。



「……当たり前だろ。お前がもういなくならないって言うなら、俺はどこにも行かねえよ」



俺はそっと腕を回し、ステラの背中を抱き寄せた。さっきまでの不安が嘘みたいに消えていく。こいつがそばにいるだけで、こんなに安心するなんて。ステラの髪から、懐かしいシャンプーの匂いがした。顔を上げて、もう一度その顔を見つめる。紫色の瞳が、俺だけを映していた。



「……だから、今夜は絶対離してやんねえ」



そう言って、俺はもう一度強くステラを抱きしめた。今だけは、他の誰にも邪魔させねえ。お前の温もりを、全部俺だけのものにさせてくれよ。











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