ゼロから無に変わる



「主」

「はい」



声をかけられたのは着替えをして髪を括っている途中だった。自分を敵対した目で見るであろうみんなのいる部屋で食事をとる、その気合いを入れるつもりなのかいつもよりきつく結ばれたそれから手を離して向こう側にいるであろう石切丸に返事を返した。



「今日の朝餉は別々でも構わないかな」

「…………みんなが嫌がったんだね」

「………」

「加州と話したいことがあるの。食事が済んだら待っててもらうか、部屋に来てもらうことはできる?」

「言ってはみるが、」

「断られたとしても話したいの。どうしても駄目なら無理にでも」

「彼は参っている。それは間違いなく君が原因だ。こちらもなるべく説得に努めるから無理はさせないでくれ」

「それは分かってる。でも」

「分かっているなら尚更だ。君も彼にはここまで文字通り初めから助けられてきただろう」



それはこれまでの恩を仇で返すな、引け、という意味だった。険しさの乗った声音に喉がひくついた。そのまま立ち上がる音と遠ざかる足音。答えを聞かずに立ち去られてはもうどうしようもない。石切丸がそんなことをするってことは、そういうことだ。



「こんのすけ」



結局私の分の朝食を持ってきたのは燭台切だった。社交辞令のような挨拶を言ってすぐに行ってしまう。言われた通りに食べ終わった器を廊下に出しておいたら黙って下げて行ってしまった。時刻は昼時に差し迫っている。どうしたらいいのか他に見つからなかった。



「悪いな」

「いいや、他でもない君の頼みとなればね」



主たる審神者の朝餉の場での同席を拒んだのは薬研藤四郎だった。もちらん同席すれば言うまでもなく険悪な空気になることは見えていたため、事前にそれを防ぐその案に燭台切が反対する筈もない。また、ある一線(と言っても首の皮一枚)を守るための発言というには余りにも顔色の悪い薬研をたまたま通りがかった石切丸が審神者が原因ではと考え、彼女の部屋に自分が行くと名乗り出るのも道理であった。
事態を把握した3人が食事のために部屋へ入ると視線が一斉にこちらへ向き、そして主がいないことを察して三者三様の反応を見せる。その大部分がホッとした顔で、そのまま当たり障りのない会話で食事を進めていった。今日はこのまま、普段と同じように主の指示を受けることなくいつも通りに内番や出陣を行なっていく予定だ。ばらばらと、しかし何も考えずに仕事に勤しみたいのだろう、早々と各々が部屋を出ていく中で和泉守が燭台切に声をかけた。



「なあ」

「なんだい?」



小さく人の少なくなった周りを伺いながら続いて言った。



「あいつ、主は何でいないんだ」

「えっ」



確か彼は自分達の中でも当たりの強い奴だったはずだ。そんな驚きを隠すこともなく顔に浮かべた燭台切が目の前に立つ彼の表情を見つめた。



「薬研君が一緒に食べない方がって言っていてね。彼の調子も悪そうだったし、確かに今日はその方がいいと思って」

「……そうか」

「何かあったの?」

「いや、別に。加州は部屋にいるんだよな」

「そうだけど今はそっとしておいた方が」

「わーってるよ」

back/TOP