矛盾



「最近盾子ちゃんが冷たい」

例の計画まで一週間。私はぽつりと呟いた。

「飽きられたんじゃない? 最初は優しくして裏切るって手口なのはよく知ってるでしょ? あ、もしかして自分だけは特別だとでも思ってたの? あはは、滑稽だね! 江ノ島さんに自分が望む事をしてもらった奴等はほとんどがそう思ってるよ。ほら、ホストとかにハマっちゃう人とかと同じだよね、私は特別、他の人とは違う、私が一番相手の事を分かってる。そういう人ほどお姫様願望があるものだよね。捨てられても悲劇のヒロイン気取りで。シンデレラ症候群とか言うけどさ、シンデレラってそんなにいい話? シンデレラは王子のどこがいいの? 肩書きでしょ? 王子だって顔がいいから追ったんでしょ? 表面しか理解せずにエンディングを迎えたその先はどうなるんだろうね」

「……もし、私が絶望をやめたら君はどうするの?」

「キミが絶望しなくなるのなら一緒にいてもいいよ」

「……誰か、誰でもいい、私を……」

そう呟きながらふらふらと立ち去ろうとした。すると肩を掴まれ、狛枝くんの方を向かされた。彼は黙ったままだったが、彼の思考が流れ込んでくる。

(これは明らかに様子がおかしい……よね? でもこうやっておいて後から「全部嘘」とか平然と言うからな……今は綾咲さんの才能が羨ましい)

「……やっぱり何でもないよ」

そう言って肩を離した。私はそのまま背を向けて立ち去った。
その日から一人の時はボーッとしたり、思いつめたように歩き回ったりしていた。計画まで一週間切って、ナイーブになっているだけかもしれないし、本当に盾子ちゃんに飽きられたのかもしれない。唐突に顔を掴まれた。

「辛気臭い。いつものうざったい位のテンションはどうしたの? 後ろ向きに前向きな訳の分からないキミは何だったの? ……キミって本当に誰かに愛されてるって実感できないとダメな人間なんだね。そんな顔見てると嫌気が差してくる。さっさとどうにかしてよ」

狛枝くんのこんな顔は初めて見た気がする。切羽詰まったような、いや……苦しそうな顔。彼は何をそんなに苦しんでいるのだろう。

「……ごめん……」

「あーもう。だから……その……仕方ないから、ボクが……。……ボクがキミの事、必要としてあげてもいいけど。そうすれば今の顔もマシになるでしょ」

「ありがと、でも無理しなくていいよ」

「……キミって人の気持ち理解してるようでしてないよね。ボクは無理してない。いいからキミはいつも通りに戻ればいいの。まあ少しは淑やかになってもいいけど」

「……いつも通り……??」

「何きょとんとしてるの……。いつも通りはいつも通りだよ、自分が一番分かってるでしょ。傍若無人で人の心を理解した上で踏み躙るのが綾咲さんだよ」

酷い言われようだ。だけれど、彼のその物言いにほっとした。

「あんたさー、私が絶望した理由知ってたっけ?」

「知らないけど? 別に興味もないし、まあキミが語りたいなら勝手にすれば? 一応聞いててあげるから」

すると彼はため息を吐きながら言った。何となく、話し相手が欲しかったのかもしれない。それは、きっと、彼でなくても誰でもよかったのに。何故だろう、彼でないといけない気がした。よくわからない。

「じゃあそうさせてもらうわ。……相手の本音を自分の意思に関係なく理解してしまう。それってかなり辛いんだよねぇ」

「へぇ……そうだったんだ、てっきりコントロール出来てるものだと思ってた」

「親は私を腫れ物扱い、周りの大人は私を怪物と気味悪がり、友達は私を嫌ってた。優しい彼は私の体が目当てで、親切なあの人は私でお金稼ぎすることしか頭になかった。……この状況で絶望するなって無理じゃない? コントロールは盾子ちゃんの役に立つなら怪物のままでもいいやって思ったら最近出来るようになったけどね」

「ふぅん……」

「……私は嘘が嫌い。だから私は最初から利用する気満々で近付いてきた盾子ちゃんや、表も裏も私を嫌ってる君が好きなんだよ。いやあんたは嫌いだけどさ!」

「……一言余計だよ」

「誰からも愛されたことがない、己の才能は便利だけど疎ましい、何かを盲信しないと生きられなかった……そんな共通点があるからこんな話しちゃったのかもね」

そこまで一気に話すと、なぜだかそっと頭を撫でられた。狛枝くんがそんなことをするなんて。変なの。

「……何となくだよ、特に意味はないから」

そう言いながらも私の頭を撫でる手はやけに優しい。

「……本当にキミは誰からも愛されてないの? そうじゃないでしょ、キミが切り捨てた人達を忘れた? 78期生の彼らはきっとキミの事を愛してくれてたよ。それに……いや、何でもないよ」

(ボクだって君のことを、)

狛枝くんの思考は、そこまでしか読み取れなかった。もし私が盾子ちゃんと出会ってなかったら。絶望に堕ちていなかったら。そんな未来もあったのだろうか。狛枝くんと、親しく笑い合う未来が。

「狛枝くん、あんたでいいからさ……ちょっと甘えさせて」

「……別にいいけど。あ、言っておくけどただの気まぐれだからね」

「ん……ありがとね」

何となくだ。そう、何となく。私は正面から彼に抱き付いた。こうしていると、気持ち悪くて、それなのになぜか幸せなような気がした。

「こんなにしおらしくなるなんてらしくないね」

背中をそっと撫でられた。思わず私は狛枝君を真顔で見てしまった。まさか彼がこんなことをしてくるなんて。

「……何その顔、撫でるなんて意外だって? 甘えたいんでしょ? キミがこんな状態になるなんて珍しいからね」

最後に小声で呟かれた彼の言葉。……そんなに悪くないよ。

「……きもちわるいなあ」

「はいはい、気持ち悪いんだったらいつでも離れなよ。全然力入れてないんだからすぐに逃げられるでしょ」

狛枝くんは背中をゆっくりとさすってきた。ほんと、気持ち悪い。彼とこうしていることが、とても幸せだなんて。暇つぶしに彼の心を読むことにした。


……こいつもこいつで腐りきっている。

……私に対する嫌悪感と憎悪でいっぱいだ。


更に心を読む。


……憎しみの中に……何か違う感情が……。

……純粋で暖かいこれは……まさか愛情?


私は、何も読まなかったことにした。

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