満月の夜に



太陽がゆっくりと傾き始めていた。
少しずつ暗くなっていく町の片隅で、アユミは開店の準備を進めていた。
アユミの職場であるこの酒場が開店するのは、夜の帳が降りてからであった。
カランカラン、と音を立てて、誰かが中に入ってきたことを知らせる。



「あ、すみませーん! まだ開店までしばらく掛かりますんで……」

「何だぁ? 俺たちは客だぞ!?」

「酒も出せねぇってのか?」



柄の悪そうな男達がズカズカと上がり込んできて、アユミの目がスッと冷えた。



「出ていきなさい。ここでは、騒ぎを起こす輩に出す酒なんてないの」

「なんだと!」

「生意気な女だ! やっちまえ!」



アユミは、側にあった木刀を手に取ると構えた。
アユミは剣道の心得があり、そのポーズには、隙が見当たらなかった。



「それ以上向かってくるなら、容赦はしないわよ」



向かってくる男をかわし、木刀を叩き込む。
必死の攻防は続いていたが、男が拳銃を構え、撃った。
アユミはとっさにかわしたが、肩口に僅かにかすった。



「くっ……」

「調子に乗るのもそこまでだ」



男がもう一度拳銃を構えた、その時。
乱暴にドアが開かれたと思うと、体格のいい男が入り込んできた。



「貴様ら! 女子供に手を出すとは……恥を知れ!」

「なんだぁ? こいつは!」

「……! まずいっスよ……! こいつ、シリウスの刺青をしてます!」

「まさかお前……シリウスの船長、リュウガか!?」


顔色を変え、男達は一目散に逃げて行った。
代わりに現れた男達を見て、今度はリュウガが顔色を変えた。



「騒ぎを聞きつけやって来てみれば……リュウガ!」

「その首、今日こそ引っ捕らえてやる!」

「ちっ! 海軍か……女、裏口はねぇのか?」

「こっちです!」



アユミはその方角を指差し、駆け出した。
裏口から外に出ると、リュウガはアユミを担いで走り出した。



「ちょ、何すんですか!」

「このままだと、お前まで捕まっちまうだろ? 追い付かれる前に、とっとと逃げるぞ!」

「だからって……!」



担がなくても!という言葉は続けられなかった。
リュウガがスピードを上げたため、口を開く余裕がなくなったからだ。



「いたぞ!」

「待て! リュウガ!!」



さっきの海軍達が追いかけてくる。
リュウガは舌打ちすると、更にスピードを上げて走り出す。



「貴様ら! 海軍が来てる! ただちに出航準備をしろ!!」



船に乗り込むと、船員達に向けて命令を出す。
その言葉に、一気に船上が騒がしくなる。



(何なの、ここ…男だらけじゃない!)



「なんだと!」

「そんなの、返り討ちにしちまいましょうよ船長! …って、何なんっスか!? その女!」

「まさか、かっさらって来たんじゃないですよね」

「いくら船長でもそれはないよ、シン。おや? 怪我をしているね」

「あの、それより急いで船を出航させましょう!」

「説明はあとだ、急ぐぞ」



慌ただしく準備を始める中、道着の男が近付いてきた。



「君は、まず手当てが先かな? こっちおいで」

「あ……はい」










海軍を撒くことに成功し、船員達に状況説明を求められた。
船長が状況を説明すると、呆気に取られる一同。


「……つまり、かっさらって来たようなものじゃないか……」

「んだよそれ! どうすんだよその女! オレは嫌だからな!」

「……厄介なことになったな」

「海の藻屑決定だな」



(何よー! 皆して厄介者扱いして!)



「こら、彼女を脅かすんじゃない。彼女が悪いわけじゃないだろう?」

「で……どうするんですか、船長」

「連れて来ちまったモンはしょーがねぇ。よし! 女! お前は今日からシリウスの仲間だ!」

「「「はぁ!?」」」



船長は豪快に笑ってアユミの背中を叩く。



「それにこの女、なかなか度胸あるぞ!」

「…困ります! 私を元の場所に帰してください!」

「悪いが、今さら引き返すわけにはいかない。諦めろ! 女! お前らもわかったか?」



その言葉に、シリウス一同は渋々賛同する。




「一つ、問題がある。実は部屋数がない。お前には、誰かと相部屋になってもらうしかないな」

「相部屋!!?」



リュウガの言葉に、全員の声が上がった。当然である。



「さあ、誰の部屋で寝る?」



いきなりそんなこと言われても困る。
海賊と一緒の部屋だなんて冗談じゃない。



「何だよお前、生意気に悩んでるのか? いっそのこと甲板で寝たらどうだ?」

「サッサと決められないなら、サメのエサにするぞ?」



・・・そうだ、いい事考えた。
アユミの目が怪しげに光った。



「船長の部屋でお願いするわ」

「はあぁ〜〜!?」



アユミの発言に、呆気に取られる一同。



「・・・本気で言ってるのか?」

「ほう・・・面白い。女、名前は?」

「アユミ」

リュウガ「アユミか……よし! いいだろう。オレの部屋で寝かせてやる」



リュウガは怪しく笑い、アユミの腰に腕を回す。
近くで見ると、よく整った精悍な顔立ちをしている。
悪くない……とリュウガは内心思っていた。



「マジで言ってんスか!?」

「成程……やっぱり船長の女になるために紛れ込んだのか」

「ちょっと待って、アユミちゃん。いくら何でも危険すぎる。もう一度よく考えた方が……」

「いえ。私、船長の部屋がいいんです」



アユミは、上目づかいにリュウガを見つめた。
妖艶に微笑むと、長い睫毛が悩ましげに揺れた。



「お、おめーみたいなのが船長と一緒の部屋なんて、100年早ぇーよ!」

「顔を赤くして言う科白じゃないな、ガキが」

「んだと!?」

「ハハハ! いいじゃないか。オレは来るモノ拒まずだ。お前みたいに肝の据わった女は嫌いじゃない」



リュウガはアユミを見て、ニヤリと笑った。



「今日の宴はここまでだ! さあ、行くぞ。アユミ」

「キャッ……!」



いきなり肩に担がれ、思わず小さく悲鳴をあげる。
そのままスタスタと歩を進めるリュウガに、アユミは眉をひそめる。



「ちょっと!」

「どうした? 怖じ気づいたか?」

「違うわよ。こんな荷物みたいな運び方……!」

「ん? お姫様抱っこじゃないと嫌なのか?」

「そうじゃないわ。自分で歩けると言ってるのよ、まったくもう……」



ここに来る時だってそうだ。
こいつにいきなり担がれ、連れ去られたのだ。
なんて身勝手な男だろう、とアユミは思った。



「船長……節度を弁えてくださいね? それにその子、まだ若いじゃないか……」

「細かいことは気にするな! 肩にあたった感触じゃ、胸もなかなかにある。立派な女だ!」

「な……っ!」

「悪いなお前ら。どうやらこの世界は、全ての女がオレを選ぶようにできているようだ!」



ほんっとデリカシーのない男ね。
おまけに自意識過剰……。

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