Walkure


泳げないMarmaid





泳げないMarmaid


ワンライお題「泡になる」
五条先生に振られて野薔薇ちゃんに慰められる現役高専生の夢主の話


「ごめんね」
私の、決して早いとは言えない初恋はあっけなく終わりを迎えた。
「僕はあくまでも君を守るのが役目なのであって、生徒に手を出すような悪い人間じゃないんだ」
あっけらかんとそう言い放つ五条先生は、やはりアイマスクをしていて表情を読み取ることができない。感情が読み取れない。無機質とも思えるラフな態度が、私をただの子どもだと思っているようで、だけど、自分が子どもであることは自分が一番分かっているから何も言い返せない。
「そうですよね。冗談です。ごめんなさい、お忙しいところ」
傘に滴る雨水が零れる涙のように見える。雨は午前中から降っていて、空を覆いつく灰はこの地域一帯を海の底に沈めていくようだ。ぐしゃり、と湿った足音が遠ざかっていく。
世界で一番優しい響きを持った「ごめんね」 だと思うのは、惚れた弱み。だけど、その場から足が動かないのはどうして。

浮かれていたとも、勘違いしていたのだとも言える。周りよりもほんの少し呪力が強いだとかで、五条先生は私をよく褒めた。人とは違った能力を持って生まれて気持ち悪がられていた私は、その肯定を祝福と受け取った。
もっと頑張れば。
褒めてくれるかもしれない。
この歪んだ欲が心の中で特別な感情を持つように変化するまでに、そう時間はかからなかった。
任務や出張の合間を縫って顔を出す先生にいいところを見せられるように訓練に励んだり、任務に同行する時も必死に食らいついた。褒められるのは心地よかったし、幼い頃に夢見たヒロインに近付いているような気さえして、それはおおよそ十六歳の心を満たしたといっても過言ではなかった。
だから、調子に乗り過ぎていたのだと思う。出過ぎた真似だった。明日、いやこの瞬間から。ううん、元から私と五条先生は生徒と教師という関係でしかないのだから。背伸びした恋が足元からぼろぼろと崩れていく。


「いつまでそこにいるの。風邪引くわよ」
傘の向こうから、季節外れとも言える呼びかけが聞こえる。夏だというのに風邪引くよって、私はどれだけの間、ここにいたのだろう。傘を上げると、野薔薇がこちらに向かって近づいてくる。
「振られた」
「そう」
それ以上詮索してこないのが、彼女なりの優しさだと思う。やっとの思いで打ち明けた時に「あんたばればれなのよ」と全てお見通しな彼女には頭が上がらない。
「まずは休みなさい。ちゃんとご飯を食べて寝る。心身をフラットにしなさい。あんた傍から見てて、五条先生一色で、危なっかしかったんだから」
「そう、かな」
「名前は何のために呪術師になったの?まさか五条先生のためとは言わないでしょうね」
「それは……」
あれ。私。なんのために呪術師になったんだっけ。
野薔薇が深くて長いため息を吐いている。やれやれ、とでも言いたげな彼女がいなかったら、私は今どうなっていたのだろう。
私が本来の目的を見失うまで溺れていたのだとしたら、あの時のあの感情は、間違いなく恋だったと思う。恋は人を盲目にする魔物のような存在だ。そこに光を差してくれたのが、目の前にいる野薔薇。彼女のような友人を持てたことを、嬉しく思う。
「野薔薇も好きな人ができたら何も見えなくなるよ」
「どっかの誰かさんのように馬鹿じゃないから心配いらないわよ」
「言ったね。楽しみにしてるから」
ふふ、と互いの肩が揺れる。帰る場所を見失ったって、この子がいれば大丈夫。この傷も、今は深くても少しずつ修復していけばいい。今日の夕飯は何を作ろう。でもやっぱり悔しいから、デリバリーを頼んで愚痴を聞いてもらうのもありかな。
呪術師だろうと、今を時めく立派な十六歳。泡のような一瞬も、きっとこれから零さないように抱えていく。
「雨止んだね」
見上げれば、虹。傘を閉じて一歩を踏み出した。






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