Walkure


彼女は偶像を愛しすぎている その1





彼女は偶像を愛しすぎている その1


「あいちゃんになりたい」

けーきやさんになりたい。おいしゃさんになりたい。ぼーだーにはいりたい。今日は七夕。ひらがなで書かれたクラスメイトの短冊の願い事の中でも、あたしの願い事は一際大きな文字で書かれていて、遠くから見てもすぐに目につくくらいだった。幼稚園の先生は「苗字ちゃんは本当に藍ちゃんのことが好きなのね」と言うけれど、その度にあたしはかけっこで一等賞になった時やママのお手伝いをして褒められた時よりも心臓のあたりがふわふわして、思わず口元が緩むのだった。

ネイバーと呼ばれる「大きくてこわいもの」がいることは、寝る前にママが読んでくれた絵本で知った。たくさんの人が建物の下敷きになって死んだこと。連れていかれてしまったり、まだ見つかっていない人がいること。街じゅうが炎に包まれたこと。怖くて布団の中でがたがたと震えながら過ごした次の朝にテレビで見つけたのがあいちゃんだった。テレビの中ではきはきと話す、かっこいいおねえさん。「このお姉さんが街を守ってくれるから大丈夫よ」。そう囁くママの言葉と同じくらいあいちゃんの眼差しは強くて、テレビで見かける度に食い入るように画面を見つめていた。お友達はみんなじゅんくんの方がかっこいいと言うけれど、それでもあたしはあいちゃん一択だった。あいちゃんになりたくて初めて美容院に連れてってもらった。ボーダーごっこをする時は絶対にあいちゃん役を譲らなかった。あいちゃんがいれば、怖いものなんてなかった。



あいちゃんがあたしの近所に来るとママから聞いた時、あたしは思わずおやつのプリンをスプーンからこぼしてしまった。日曜日に、防災イベントで嵐山隊のメンバーが来るらしい。あと3回寝ればあいちゃんに会える。いつもより軽い足取りで家を出て、幼稚園ではいつになくおりこうさんに過ごした。だってそうでもしないとあいちゃんに怒られそうだったから。前日の夜はどきどきして眠れなかったくせに、日曜日の朝は家族でいちばん早く目が覚めた。お気に入りのワンピースを着て、短く切ってもらった髪にくしを通してから、家を出た。

着いた頃にはすでに街は人で溢れていた。パパの手をぎゅっと握って人混みに紛れても、見えるのは目の前のおとなのジーンズだけ。どうにかこうにか頭を動かすと、ようやっとあいちゃんの姿が目に入った。本物だ。本物がいる。だけどこっちは見てくれない。
「列移動しまーす!押さないで!」
警備員のアナウンスと同時に、どっと人が押し寄せた。と同時にぐっと最前列に放り出されたような形になってしまった。あいちゃんがふとこちらを見る。
「あの!あたし!あいちゃんのことがずっと憧れです!」
あいちゃんに届くように大きく口を開けて叫ぶと、届いたのか一瞬真顔になった。でもすぐに、いつものつややかな笑みで口元が小さく動いた。「がんばれ」だったか「ありがと」だったかもう覚えていないけれど、伝えられただけでもう十分だった。この儀式とも言えるそれは、この瞬間から、あたしがボーダー隊員を志す幹となるだろう。
「名前!」
「パパ!」
あたし、ボーダーを目指すの。パパの足元に抱きついたら、真っ先にそう言おう。








- 4 -

*前次#


ページ: