恋の雷撃

 驚くべき光景が目の前に広がっている。
 雷狼竜の勇ましい顔を模倣した面を被った男ーーウツシは目を瞬いた。思わず夢なのではないかと疑って頬を抓ってみたが、痛みは確かにある。
 今日ウツシが依頼を受けたのは、彼の愛弟子に受けさせるには時期尚早である雷狼竜の討伐だ。通常の雷狼竜よりも強い個体と思われる、との報告もあり、念入りに狩りの準備をした上でオトモたちとともに大社跡へやってきた次第なのだが……。
 やはり、夢としか思えない。
「ご、ご主人。ボクは夢を見ているのかニャ?」
 オトモアイルーのデンコウが狼狽えている。デンコウの目にも自分と同じ光景が見えているらしく、どうやら夢でないのだと、ウツシは自身を落ち着けるように一度深呼吸をした。
「あ、ありえないのニャ。だって、だって……」
「ガゥ……」
 オトモガルクのライゴウもまた、何とも頼りない声で鳴いた。
 目の前に繰り広げられている光景。これまでのハンター人生からも、いや、ハンターでないにしても、十人中十人が信じないであろう姿。
 あの獰猛な雷狼竜・ジンオウガが、一人の少女と戯れている。
 ウツシたちが居る崖上からはその姿がよく見えた。故に、よもや幻でも見せられているのかとその場に立ち尽くしたわけである。
 ジンオウガと少女は、まだこちらには気づいていない。ウツシは彼らの様子をじっくり観察することにした。
 ベースキャンプから坂を下って崖を降りたすぐの浅い川辺。彼らはそこで水浴びをしている。
 少女は見たことの無い装いをしており、どうやらこの辺りの者ではないことがわかる。ウツシは任務で別の村や里に訪れることもあったのだが、これまで見た何処の服にも似ていない。
 少女は裸足で水を楽しんでいる様子で、ジンオウガはそれを地に腰を落ち着けて見ているようだ。時折、少女が身を屈ませて両手で水を掬い、そのままジンオウガに飛ばす。なんて危険なことを、と心臓が止まる思いだったが、ジンオウガは顔を震わせて水を飛ばすだけで、少女に襲いかかることはない。
 何度か少女がジンオウガに水をかけると、ジンオウガが腰を上げて、鼻先で少女をつついた。それだけでもそこそこの力があるのか、少女はバランスを崩してばしゃりと尻もちをついた。
 いつでも助けに行けるように、とウツシは腰に提げている双剣に手をやる。デンコウもまた、閃光弾を構えていた。
 しかし、ウツシたちの思いとは裏腹に、少女は立ち上がって、あろうことかジンオウガの首に抱きついた。
 その際に、ウツシは見てしまった。
 彼女の眩い笑顔を。桃色に染まる可愛らしい頬を。ジンオウガを慈しむように撫でる手を。
 ハンターとして常に自身を鍛えてきたウツシには、よく見えてしまった。
 雷狼竜の電撃を喰らったかのような衝撃が、身体を駆け抜けていった。頭上から足元まで、なんなら指先など隅々まで。それはそれは大きな衝撃で、身体中がビリビリとした。
 はあ、と熱い息が漏れる。少女から目が離れない。ウツシは正しく少女に釘付けにされたのだ。
 どくどくと心臓が大きく鳴る。それは強敵と出会った時の高揚感にもよく似ていた。
「ご主人、どうしたのニャ!?」
 デンコウの声が遠い。一人だけ別の世界に居るような心地だ。いや、正しくはあの少女と自分だけの世界。
 あの子がほしい。
 ウツシは少女とジンオウガがその場を離れるまで、ついぞ動くことは無かった。

// list //
top