サマディーへ

 サマディー地方は、辺り一帯が砂漠で、酷く暑い場所だ。湿原を抜けた先に、こんなにも暑い気候が待ち受けているとは、とカノンは重い息を漏らした。

「大丈夫? 疲れちゃったかしら。昨日もキャンプだったから、よく眠れなかったわよね」

 シルビアはふう、と息を吐いた。頬に手を当てて思い悩むような仕草は女らしい。カノンはシルビアを見つめた後、静かに首を振った。

「大丈夫です」
「そう? 無理は禁物よ。体調が悪くなったらすぐに教えてちょうだい」

 まるで、年の離れた姉か、母のようだ。何だか、胸がむず痒い。カノンは微かに身じろぎした。

「にしても、暑いわねえ。カノンちゃんは、暑いのは平気?」
「問題ありません」

 素っ気ない返事に、シルビアは苦笑を漏らした。にこりともしない宝石眼の少女は、シルビアが何を訊ねても、短く返すばかりだ。
 あんなことがあった後だもの。仕方がないわよね。
 一生懸命に弱味を見せまいとする幼気な様子に、カノンへの憐憫と母性が膨れ上がる。見たところ、カノンはまだ幼い。カノンの態度や佇まいはカノンを大人びて見せるが、おそらく、まだ十五、六歳ほどだろう。周りの大人に甘えたっていい頃だ。シルビアは、出会ったばかりのカノンを甘やかしたくて堪らなかった。

「お水はいかが? しっかり水分補給をしないとね」

 シルビアは水が入った皮袋をカノンに差し出した。カノンは素直に受け取り、ごくごくと水を飲んだ。
 自分で思っている以上に、喉が乾いていたらしい。カノンは皮袋から口を離して、熱を持った息を吐く。額には汗が滲んでいるし、背中も、服が張り付いているようで少々具合が悪い。

「あら、魔物ちゃんのお出ましね」

 暑さに参っていようが、魔物たちは容赦なく襲い掛かってくる。
 カノンは懐から札を取り出した。かれくさネズミの懐に踏み込み、身体に防御力低下の札を貼り付ける。

「散力凄符! ――風刃縛封ッ!」

 かれくさネズミの足元から風が巻き起こり、その身体を浮かせる。無数の札がかれくさネズミを取り囲み、札が周囲に飛び散ると同時に、かれくさネズミが吹き飛んだ。

「素敵! 何回見ても痺れちゃうわ、カノンちゃんの技!」
「えっと……ありがとうございます」

 手放しで褒められると、どう反応していいかわからない。カノンは頬を赤くして俯いた。シルビアは声を漏らして笑うと、カノンの背中に手を添える。

「さあ、サマディーまでもう少しよ!」

 砂漠に聳える立派な石造りの街が見え、カノンはほっと息を吐いた。けれど、また誰かに付け狙われるのではと思うと、不安も襲ってくる。
 すると、カノンの不安を察したシルビアが、カノンの背中を撫でた。

「アタシから離れちゃダメよ? カノンちゃん」

 ばちんっ。効果音が聞こえてきそうな、見事なウインクだった。
 カノンはわずかに安堵し、シルビアに誘われるまま、サマディーへと歩き出す。

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