純情と書いてピュアと読む


「今日さ、四限代返お願いしてもいい〜?」
「なんで? お前今日なんもないから一緒に出るって言ってなかった?」
「りっちゃんと表参道のカフェ行く予定ができた」
「ふざけんなよ、俺も連れてけよ!」
「女子会だから次までに木葉が女になれたらね」
「無茶難題言いやがって」

昼休みの学生食堂は言わずもがな人で溢れかえっていて、目の前の男--木葉秋紀は私の頼みにああだこうだと理由をつけてゴネていたが、最終的に「やっぱ次は俺も連れてけ。それでチャラ」、と折れた。

「秋紀くん、ありがとね」
「そういう時だけ名前呼びはずるいと思いますけど〜?」

唐揚げ定食をつつきながら不貞腐れる彼は目下私の悪友第一号である。と、思うようにしている。
知り合ったのは大学に入ってから。学科が同じで学籍番号も近かったためにオリエンテーションで同じグループになったのがきっかけだ。

履修する授業もなんとなくよく被るから一緒に受けることも多い。空きコマで一緒にご飯を食べたりと、行動も共にすることも多々あるが、

「お前ら二人仲良いよなーマジで」
「だろ? 俺ら、“マブダチ”なんでね」

木葉秋紀という男は、誰かにそう聞かれるたびに私を“友達”としてきっちり線引きをする。

私の方といえば、話は割と合うし、ノリは結構良いし、面倒見だって悪くはないし……の三拍子でなんだかんだと彼のことは恋愛感情的な意味で気にはなっているものの。こうもコイツは女友達としてしか見てませんよと言わんばかりのアピールを目の前で見せられてしまうと、心に来るものがある。

学内外に彼女がいないのは、日頃の「俺も彼女欲しいわー」という言動から察せられるが、やはりこれはいわゆる“脈ナシ”という状態なのだろうか。

「そー、木葉はいいやつなんだよ。友達としてね」
届かない星に梯子をかけてまで手を伸ばそうとするほど、高校生の頃に比べたら私も恋愛馬鹿ではなくなってしまった。

新しい出会いとかを探して、木葉とは引き続き仲の良い友達としての関係を続ける方がある意味踏ん切りがつくのかも。
そう思い立ったが吉日。SNSの広告でたまに見かけるマッチングアプリをインストールして、一夏の思い出なんか作っちゃおうかなー、なんて呑気なことを考えていたのが先週の話。



その日は必修科目の講義がある大教室で、私が授業前にスマートフォンをぼんやり眺めていると、いつも通り木葉は私の隣の席にやってきた。

彼には他にも友達はたくさんいるんだからわざわざ私のところに来なくたっていいのに、と思う。隣にさえいなければ、きっと簡単に諦められるはずなのだ。

「おはよ」
「はよー」

お前今日の小テストの勉強してきた?え、小テストあるの?あ、そこからな感じ?

そんな軽口を叩き合いながら、木葉は大教室の長椅子に座ろうとして、その動きをぴたりと止めた。視線は私のスマートフォンに釘付けである。

「……お前、そのアプリ何?」
彼はいきなり私のスマートフォンを持っている左手首を掴んだかと思えば、そのホーム画面に映るアイコンの羅列を凝視している。

「え? どれのこと?」
「右下の、ピンクのやつ」
木葉が指差したのはこの間インストールしたマッチングアプリだった。

「普通にマッチングアプリだけど……」
「普通にって何? お前マチアプやってんの?」

怪訝そうに尋ねられるが、今日日大学生がスマホに入れていてもおかしくないカテゴリのアプリケーションだ。こういう時はいつも『え、それおもろい?女子って無料なんでしょ?女側から男ってどういう感じで見えてんの?見してよ』とノリノリで食いついてくるというのに。明らかに狼狽した様子の木葉は私からすれば実に不審すぎた。

「やってたら何が悪いの」

困惑しきりの私がそう言うなり、木葉の顔はなぜか血の気がみるみるうちに引いていき、ただでさえ白い肌が紙のように真っ白になった。唇はわなわなと震えている。

「お前、この俺がいながらマチアプを……!?」
信じられないものを見てしまったという視線が私に向けられる。逆にあんたがいるからマッチングアプリやってんだこっちは!と言いたい気持ちをぐっと飲み込み、おもむろに口を開く。

「……どういう意味?」
「この期に及んでまだ俺以外に選択肢があったのかよ!」
「ええー……」

逆ギレに近い声音が飛んできて、私は思わず面食らう。木葉という選択肢を絶っているのは、紛れもなく彼自身なのだが。

「いや、選択肢も何も私のことはずっと友達って言ってたじゃん……」
不意に自嘲が口を突いてぽろりと溢れ出た。“友達”という目の前に引かれた白線をはみ出さないように、ギリギリを歩いていた私の気持ちも分からないくせに。胸の辺りにモヤモヤと重いものが澱のように積もる。

けれど返ってきた答えは意外なもので。
「ーーだって恋人になりたいならまずは友達からって言うだろ!?」
「……え?」
「え?」

しん、と二人の間に一瞬沈黙が下りた。
ここが大教室の端で、周囲に誰もいないのだけが救いだった。

「……ごめんなんだけど本当に意味が分からないかも」

私の戸惑いに、そこでようやく木葉は自分が発した言葉の意味に気が付いたらしく「ごめん待って、今のナシ」と顔を真っ赤にして否定しようとしたが、そんなことを“友達”の私が許すはずもない。吐け!と掴みかからんとする勢いで朝から似つかわしくない脅しをかければ、観念したように彼は目を泳がせながら自白した。

「好きな子に、いきなり告白したら変だから……まずは友達からって……妹に聞いたらそうだって言うから……」

段々尻すぼみになる声でボソボソと喋る彼曰く。
私には出会った時に一目惚れ、だったらしい。どうにかして付き合いたかったが、高校三年間は部活漬けでろくに恋愛をする時間もなく経験もなかったために、自身の妹にアドバイスを求めたところ『仲良くもないのに迫ったら怖がられる。まず友達から始めて一番仲良くなったらステップアップして付き合える』と言われたという。履修する授業もそれとなく聞いたりして、一緒にいられるように空きコマもなるべく揃えたりしていたようだ。健気か。

“友達”宣言を方々に放っていたのはとにかく私と仲良くなって、それを対外的にアピールするためだったらしい。
やや努力する方向性が間違っている気もするし、意外と思ったより純情そうだし、それすら含めてぜんぶ愛おしいと思ってしまうのは末期なのだろうか。

「俺はさ、お前のいちばんのダチなわけじゃん……?」

ああもう、これ以上好きにならないようにしてたのに。
何でもそつなくこなせるはずの彼のこんな可愛いところを見せられたら、好きにならない方がおかしいのだ。

半べそをかいて、「だからそろそろ友達から昇進させてくれよ……」と懇願する彼の右肩を、ばくばくとうるさく主張する心臓の鼓動を誤魔化す様に思いっきり力を込めて殴った。い゛だい゛……と情けない悲鳴が上がる。

「そんな恋愛高等テクニック、分かるわけないでしょうが!」





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