花火大会行こ!


ひまわり、朝顔、牡丹……色とりどりの鮮やかな生地の浴衣を着たモデルたちの写真を指先でスワイプしてはまた戻る。ブラウザバック。あなたへのおすすめ、と書かれたコーナーに一通り目を通す。

「ねーねー、おさむー」

ソファに体を投げ出してファッション系ECサイトをひたすらスクロールしていた私は、台所で洗い物を終えた恋人――治を呼び出した。

「ん、何?」
「今度の店休日花火大会行くじゃん?」
「そやね」
「浴衣着たいんだけど、どれにするか迷ってるの」

治は私の隣にどっかり座ると、どれどれ……と私のスマートフォンの画面を覗き込んだ。

「候補とかあるん?」
「んーとね、これとこれと……これ!」

スクリーンショットを撮った候補を三枚ほど見せると、治はしばらく見比べたのちに、

「これがええんちゃう」

と水色のギンガムチェックに大きな向日葵がところどころに描かれた柄の浴衣を指さした。セットのオーガンジーの白い兵児帯も可愛らしさを引き立てている。

「なかなかお目が高いですね」

私がそう言えばお前が選んだやつやろ、と彼はあきれ顔を浮かべたが、

「まあええわ。俺が買ったるからそのリンク送ってや」

と自分のスマートフォンをポケットから取り出してそう告げた。

「ほんとに?買ってくれるの?」

浴衣といえどそれなりの値段はするからいいの、と私が尋ねると、

「……ええよー」

と若干間があってスマートフォンの画面を見つめたまま返事が返ってくる。意味深な間合いに首を傾げつつも、

「治は浴衣着ない?」

とメンズものの浴衣特集を見せて、お揃いとかやってみようよと誘うと、俺は別にええよ。お前のかわええ浴衣姿見られれば十分や、と渋る。若干気恥ずかしいのだろう。だが治の浴衣姿も見たいし顔のいい男が浴衣を着ないでどうする、論文では花火大会で浴衣をお揃いで着たカップルは今後ハッピーになるという研究結果も出ている、とめちゃくちゃな理論とゴリ押しで粘り強く説得した結果、

「……お前が選んだやつ着るわ」

ととうとう治は折れた。早速以前から見繕っていた中から、濃紺の麻生地のものを選ぶ。

治は前から私に甘い。そういう自覚はある。よほどのこと(法的にまずいこと)以外は、大体私の希望を通してくれる。だからそれを見越して事前に候補なんてものは探してあるのだ。そこは抜かりない。

「花火大会とか久しぶりかも。治は?」
「ちゃんと行くのは初めてかもしれへんなあ」
「ほんと?初めて?……すごい楽しみになってきた」
「フッフ、楽しみやなあ」
「あ、今屋台のこと考えてたでしょ」
「そんなことあらへん。今はお好み焼きの口やなー思てただけや」
「ほら考えてる!」



ちょっと、おなか苦しいかも?
動画サイトに載っていた「誰でもできる浴衣の着付け!」という動画を見よう見まねでやってみたり、兵児帯を結ぶのに時間がかかったりと悪戦苦闘していたが、姿見で自分の姿を見てみると我ながら案外さまになっているようだった。着付け初心者にしては及第点だろう。

いつもより気合を入れてメイクして、髪もシニヨンで結って。浴衣に合わせて塗った指先の黄色いパステルカラーのマニキュア。準備は万端だ。

「そろそろ行こかー」

階下から、治の呼ぶ声がする。今行く、と慌てて返事をして転ばないようにゆっくりと階段を下りた。
玄関では浴衣に着替えた治が下駄を履こうと鼻緒に手こずっていた。彼は高校卒業を機に黒髪に染め戻したのもあって、落ち着いたトーンの浴衣が映える。

「やっぱり!似合う!」
「そうなんかなー」
「さすがイケメンは違うねえ」

せっかく着てもらったしと私が褒めちぎっていると、治は満更でもなさそうにふふん、と鼻の下を擦った。

「お前もよう似合っとるよ」

髪、今日は上げたんやな。そう言って頭上に伸びてきた手を咄嗟に白刃取りの要領で掴んだ。

「大変心苦しいのですが、髪型が崩れてしまうのでおうちに帰ってから存分に撫でてください……!」

そらざんねんや、と離れた手のひらが返されて、差し出される。

「ほな、行こか」

家を出ると、むわっとした蒸し暑い空気が全身を包んだ。繋いだ手の表面に、じわりと汗が滲む。

河川敷で開催される花火大会には、至る所が人でごった返していて、手を離したら最後逸れて迷子になってしまいそうなほどだった。

治は所狭しと並んでいる屋台にテンションが大分上がっているらしく、「ここからここまでの屋台のやつ全部くださいて言うたらどないなるんや?」とすでに暑さでやられているのかというようなことを呟いている。

「全部は無理だよ。ほら、一通り買ったらシート予約してあるから行くよー」

焼きそばふたつ、お好み焼きは治だけ、りんご飴は半分こ。ビールは一杯ずつ。

手早く治の腕の中に買えるだけの食べ物を積んで、土手の自分たちの区画にレジャーシートを敷いて座る。隣では屋台の焼きそばて紅生姜込みで完成よな、と満足げに頷きながら治が焼きそばを啜っている。
にわかに夏の夜空には、色とりどりの大輪の花火が次々と打ち上がっていった。

「きれー……」

きらきら、ぱっと花開いては夜に溶けて消えていく。刹那的で、ずっと見ていたいのにそれはいつか終わってしまう。

「また見に来たいな……」
それが名残惜しくて、ポツリと呟けば、
「何回でも、また見に来れるで」
そんな頼もしい言葉が返ってきて、思わず顔が綻ぶ。うん、また一緒に行こうね。星のように散っていった火花を見上げて、またひとつ増えたふたりの夏の楽しみに思いを馳せた。

「治ちょっと食べ過ぎじゃない?」
「家でも食えるのが屋台パック詰めの醍醐味やからな」

唐揚げやらじゃがバターやらのパックが詰められたビニール袋を提げて上機嫌の治と来た道を戻る。
彼もなんだかんだ楽しめていたようでよかったと胸を撫で下ろす。

自宅に着いて、鍵を開けた治に続いて入ろうとすると、不意に手首を掴まれた。
そのまま前に引っ張られ、玄関の壁に手首と一緒に体が押し付けられる。

「え、」
突然の出来事に目を丸くしていると、両頬を手で挟まれてそのまま唇が重ねられた。

ぬるりと口内に侵入してくる性急な舌に蹂躙されて、次第に脳が酸欠を訴え始めた。治の右手は、私の背中に回り、兵児帯に手がかけられる。くらくらする頭で、必死に治の胸板を叩いてギブアップを訴えた。

ようやく離れた唇からは、はあー、と治の長いため息が漏れた。
「な、なんですか……」
「男が女に服贈る意味も知らんのか?」
「え?」
「何のために買ったと思ってんねん」
男が女に服を贈る意味。そんなのって、ひとつしかない。

“ほんとに?買ってくれるの?”
“……ええよー”

あの間はそういう意味だったのか。どくどくと耳の奥ではやすぎる拍動が響いている。
薄暗い玄関の中で、至近距離で捕食者の目に射抜かれる。逃げる術はない。

(あ、これ…………ちょっとやばいかも)
じゃがバターのバターは、食べる頃には冷めてカチカチに固まってしまった。





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