飼育
※角名くんがキュートアグレッションをやや拗らせています
突然家に押し入ってきた強面の男たちは、あっという間に家財道具をひっくり返して金目のものがないか漁っていたが、ないと知るや私の腕を掴み黒いバンに体を押し込めた。
強盗かと思っていたが、そうではないようだった。車の中では両脇に男たちがガッチリ私の腕を掴んでおり、振り切れる状況ではない。
「この男と家族だろう」、車内で見せられた写真は、髭が生えっぱなしで、髪の毛はぼさぼさの知らない中年男性だった。
「……し、知りません」
「知らないわけないだろ!」
車内に響く怒鳴り声に体が竦む。本当に知らないから知らないと答えただけなのに。知っていると答えたらもっと大変なことになっていたのではないか。嫌な考えが脳裏を過っていった。
車はしばらく走っていると、どう見てもカタギのものではないビルの前に止まり、降りろと急かされた。そして警察の取調室のような、狭くてパイプ椅子しか置いていないようなところに連れてこられて、背もたれに後ろ手を縛られる。一体何が始まるのかと恐怖で息が上手く吸えない。過呼吸にならないように細く永い深呼吸を繰り返す。
何十分かして、部屋には男が一人現れた。黒髪で、狐のような双眸の男。纏っている上等そうなスーツの袖口には微かに赤黒い汚れがついていた。
「手荒な真似してごめんね?商品になるかもしれないんだからもうちょっと丁重に扱えっていつも言ってるんだけどねー」
彼は自分のことをイナリザキの人間だと名乗った。この街では知らぬもののいない、マフィア組織の名を。
「さっき写真見せた男、アレ君の父親なんだけど分からない?」
「知らないです……物心ついた時には離婚していませんでしたし……」
「困るんだよねえ、だってあの男は借金の連帯保証人に君の名前を書いてるのに」
彼が言うには、その私の父親と名乗る男は、莫大な借金をこの組織からして、返済せずに蒸発したらしい。金額を聞いて気が遠くなる。到底真面目に働いて返せるような額ではない。
「女の子に遠洋漁業でカニ獲りしろって言うのも酷だからさ、」
男は私の目の前にもう一つパイプ椅子を引っ張ってきて座った。
「選んでいいよ。オレのペットになるか、今この場でその腹を掻っ捌いて内臓全部出して売って借金のカタにするか」
突然とんでもない選択を私に迫った男の切長の双眸が私の内側を覗き込んでいるようで、ぞわぞわと背筋に悪寒が走った。思わず視線が血で黒ずんだコンクリートの床に逸れる。
「あ……で、でも、本当に知らないんです。父親なんて何年も会ってません……借金がこんなにあるなんて、」
「若い女の子の臓腑はねえ、色んなところで集めてる変態がいて、“需要”があるんだよね」
私の言葉を遮って、彼は私の腹を服の上から指でなぞる様に指した。
「本当は選択肢なんて与えずに問答無用で解体してるんだけど、君はオレの好みだから。特別なんだよ? 衣食住を保証されて体を売らなくて済むんだから、最初から答えは決まってる様なものだと思うんだけど」
顎を掴まれて、無理やり上を向かされる。
にこり、と口角を上げて微笑みを浮かべる男の目は、黒黒と底知れぬ闇を見せて、全く笑ってはいない。
どっ、どっ、と鼓膜の奥で脈拍が急激に上がっていくのが聞こえた。
清廉潔白を証明すればここから無傷で帰れるなどという甘い考えは打ち砕かれた。与えられたのは選択ではなく脅迫だ。
死にたくありません、と絞り出すような声で答えると、良い選択だね。と彼は慈しみを含んだ笑みを浮かべた。
「大丈夫、オレペットのお世話はちゃんとするよ?餌をあげて体を洗って、時折可愛がるんでしょ?」
終わった。可愛がるだとか言われても、飽きたら捨てられるし、捨てられると言っても生きたままではないだろう。会ったこともない父親を恨んだ。
「そんな絶望した顔しないでよ、オレそういう顔されるといじめたくなっちゃうからさ」
はは、と軽く笑う男の目には、恍惚が宿っていた。
あ、オレ角名倫太郎って言うんだ。飼い主の名前くらいは知っとかないとね。首輪とかってやっぱ必要かな?そうするとリードもいるよね、ペットって散歩させなきゃいけないんでしょ?なんかストレスかかると死ぬって言ってたけど、オレが可愛がってれば問題ないよね。あ、躾もしなきゃいけないんだっけ……あんまりワガママとか言われると可愛くて殴っちゃうかも。はい以外の発言を禁止したらいいのかな----
相手が同じ言語を話しているのは分かるのに、内容が何一つ入ってこない。脳が理解を拒否して右から左に滑っていく。
ただ、これから大きな口を開けて待ち構えている絶望から逃れることはできないと悟った私は、せめて大人しくして、彼の不興を買うまいと心に誓うのだった。
ARCATRAZ