ウルトラボリュームマシマシ100本超手持ち花火!


「九月ですが、花火しましょう」
「逆接使うべき文章かなあ、それ」

長月も中頃。三連休は最終日を迎え、リビングでのんびりとくつろいでいるところにバケツと“大容量!たくさん遊べる!ウルトラボリュームマシマシ100本超手持ち花火!”とあまりIQの高そうな感じのしない文言がパッケージに並ぶ花火のパックを引っ提げて玄関口に現れたのはこの男、木葉秋紀である。

「じゃあ彼女いなくて可哀想な俺と花火しようぜ〜」

意中の人からの誘いが来たら、思わず飛びつきたくなるのは悲しき恋煩いのサガだ。首を思いっきり縦に振りたいのをこらえて、私はわざとらしく咳払いなんてして勿体ぶって見せる。

「……それ、彼氏いなくて可哀想な私と花火したいってこと?」
「ま、そういうことだな。可哀想な者同士で慰め合おうじゃん?」
「正直でよろしい。ってか家族でやらないの?」
「妹が家にいたから聞いたけど、公園は蚊が多いから嫌だって断られた」

一人でやるわけにしかねえし、どうしようかと思ってたらなんかお前の顔が浮かんでさ。秋紀は頬を掻いてそう言った。家族の次の選択肢に私がいることは、喜ぶべきことなのだろうか。

「そういう感じか。……他誰か呼ぶ?」
「んー……呼ばなくても良いんじゃねえの?」
私がケータイの電話帳を開いて来てくれそうな友人たちを見繕おうとしたが、それはやんわりと押し留められた。
「二人でいいの?」
「……うん」

私の問いに、少しだけ間があって秋紀は頷いた。
二人でいいとか思わせぶりにも程があるのではないか?などと逸る気持ちを抑えて、私は平生を装う。

「じゃあ、行こうか」

その場に落ちていたつっかけのサンダルを履いて家を出た。聞けば近所の花火ができる大きい運動公園に行くらしい。外はすでに夕闇の最中にあって、日が沈むのが徐々に早くなるのを感じる。まだまだ重い湿気を纏った暑さがじりじりと私たちの体に汗を滲ませるが、涼しくなるのも時間の問題だろう。
秋紀の家は私の家の斜め前にある。所謂ご近所さんというやつで、親同士も仲が良い。きっかけは幼稚園で秋紀と同じクラスだったことだが、小学校から高校まで一緒になったことでなんだかんだと親交が続いている。

「あ、ちなみにお姉さん、高校最後の夏に彼氏ができる予定は?」
「それがねー……ない」
「アザッス!」
「何でちょっと嬉しそうなんだ……よっ!」

なぜか喜色満面で頭を下げる秋紀のふくらはぎを履いていたサンダルで小突くと痛っ!と彼はオーバーリアクションを取ってよろめいた。

「ってか秋紀こそ彼女ぐらいできるでしょ」
「いやーそれが難しいんですよ」

夏休み前最後の日、学校の玄関口で呼び止められていた彼の姿が脳裏に浮かぶ。私はかねてからの疑問を口にした。

「……二組の田中さんにこの間手紙渡されてたじゃん?返事しなかったの?」

見てたよ、と私の言葉を聞くなり秋紀は血相を変えた。

「それは違うんだって!俺じゃない!酷えんだよあれ、恥ずかしくて直接渡せないからって俺に同じクラスの佐藤に渡せって言ってたんだよ!」

俺かと思うじゃん普通!、と彼は自分の身に降りかかった受難について最大限の弁解をまくしたてた。
どうやら告白の仲介役をいいように押し付けられたらしい。
人の良いタイプで頼まれごとが多い彼は、他人の“お願い”に滅法弱い。今回もそれに目をつけられてのことだろう。頼むのは勝手だが、何だか好意に付け込んでいるようで気に入らない。自分のことではないのに、何だかモヤモヤしている私がいる。

「まあ、秋紀の良いところは長く一緒にいる人間にしか分からないからね〜」
「そうそう、そうなんだよなーーえっ今なんて?」
「さあ?」

秋紀の良いところなんて、私だけ知ってればいいもんね。
幼馴染の専売特許みたいなそのセリフは、まだ言ってあげない。恥ずかしいし。





「この量、二人でやり終わらないよ」
「ドンキで売ってる中で一番デカいの買ったからな」

公園の広場の隅で買ってきたパックを広げてみたが、到底二人で遊び切れる量ではなかった。とりあえず三本ずつ持てば?という効率的なんだか脳筋なんだかよく分からない提案がどちらからともなく上がって、手持ち花火を何本か掴み先端に火をつける。ロケットのエンジンみたいに勢いよく噴き出す火花に、辺りがすっかり昼間みたいな明るさになった。

「眩し!」

網膜に焼き付くような明るさに目を細めれば、秋紀は感慨深そうに目尻を下げた。

「夏始まったって感じするよなー、花火」
「もう夏終わるけどね」
「いいだろ別に!夏休み忙しくてロクに遊べてねえし」

梟谷学園はバレーボール部の強豪でよく知られている。夏休みに入ってすぐインターハイがあり、今年はベスト8だったらしい。そのあとは合宿や練習試合が連日続き、オフらしいオフはほとんどなかっただろうというのは私でも分かる。夏休み中体育館を覗けば男バレが大抵練習している、というのは学校内でも有名な話だ。

「じゃあ夏っぽいことできてよかったね」
「そうだなー」

大学入っても、社会人になっても、こういうことやりてえよな。花火を持ってその場をぐるぐる回って遊んでいた彼は、ふとそんなことを口にした。

「えー?できるかなあ」

手にしていた花火が燃焼を終え、火薬の匂いを含んだ煙だけが視界に残る。

「できるんじゃね?家近いし」

秋紀は平然とそう答えるけれど、果たしてそうだろうか?
じゃあ、この先の私たちの関係は?
聞きたかったけれど、怖くて聞けなかった。



「やっぱシメはこれだよなー」
「花火にシメとかあるんだ」
「いやあるだろ、線香花火って相場が」

火をつける用に置いていた蝋燭もかなり短くなって、あれほど積まれていた花火もとうとう残りは線香花火だけになってしまった。

「あ、ただやるだけだとつまんないし、勝負しよ。負けた方が勝った方のお願い一個聞くでどうよ」

定番で王道だけど、と勝負を吹っかける。勝ったらアイスでも奢ってもらおう。

「いいね、乗った」

秋紀は二つ返事で頷いた。こういうイベント事だと彼はノリがいい。「楽しい時は楽しくノってかねえとな」と笑うところが、私は好きだった。

「オッケー。年単位で保たせる」
「すげー嘘じゃん」

せーの、の掛け声で二人で同時に火を灯す。
線香花火はにわかに火薬に引火して、先端がオレンジの球体に膨らむ。パチパチとミニチュアの打ち上げ花火みたいな火花が散った。風で煽られないように手で壁を作る。

「お、結構長いな」
「まだまだ、落ちないでよ……」

小さくて、儚いそれがずっと続けばいい。そう願っていても、現実は残酷だ。不意に強い風が吹き、声を上げるより先にぽとり、と私の線香花火の方の火の玉が落ちる。

「あー!」
「やったね、俺の勝ち」

ガッツポーズを決める秋紀を横目に、燃え滓になった花火をバケツに放り込む。
「お願いどーぞ。何か奢る?」
「んー……どうしよっかな」

秋紀はしばらく考え込む素振りを見せて、おもむろに口を開いた。その瞬間蝋燭の火が消えて、辺りが暗闇に包まれる。

「ーー俺のこと、どう思ってるか聞かせて」

その顔は暗くて見えない。
突然の爆弾発言に心臓が早鐘を打ち始めた。なんて答えればいい?チャンスなの?どっち?何か言わなくてはと必死に思考を巡らせても、体が強張って上手く言葉が出てこない。

「え、どういう意味……」
「何でちょっと引いてんだよ!気になるだろ普通に!」

ようやく絞り出した言葉を前に、焦りを含んだ声が響く。これが夏の魔物とか魔力とかそういうものなのだろうか。この際言ってしまえ、と勢いのレバーがフルスロットルになる。

「普通にって何!?仮に……す、好きって言ったらどうするつもりなの!」

ヤケクソで放った答えは、秋紀にも予想外だったらしい。明らかに動揺しているのが気配でも伝わる。

「え!?あ、いや……彼氏枠に立候補してもいいかなって……」
「いいかな……じゃないでしょ!好きなんだからそこはなってよ!」
「!?ごめんなさいなりますならせてくださいよろしくお願いします」

私が飛びかかったら秋紀は派手に尻餅をついてコケた。ざまあみろ。
この時私たちはどう考えても二人してパニックになっており、互いの言っていることが自分で理解できていなかった。ぜえぜえと肩で息をして、ようやく状況を理解して「……じゃ、じゃあ付き合う?」「そういうことで……」と一旦の落ち着きを得た。


ちなみにアイスは奢らせた。帰り道に食べたバニラのアイスバーは、一等甘かった。





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