絶命
冬の朝の庭で、雪の上に花が丸ごと落ちたときの椿にそっくりだ。
もう記憶も薄朧げになった故郷の実家のことを思い出しながら、私は深雪の上に点々と続く血の痕を、その身を横たえながらぼんやりと見つめていた。
出張先の山奥の村で、呪霊と戦闘になった。
一級の強さと相違ないそれは、たったひとり二級の私の手に負えるものではない。
相討ち覚悟で倒した。そして私も倒れた。
無茶で無鉄砲だったかもしれない。三月とはいえ山の中腹に存在するこの村には、まだ真新しい雪がそこら中に積もっていた。かじかむ指先、意思通りに動かない身体。懐かしくてあのクソッタレな実家を思い出すなんて、これは走馬灯なのかもしれない。
雪原の真ん中で、絶命を待つ女がひとり。
痛みはない。もう感覚が寒さですり潰されてしまって、視覚と聴覚以外の情報を拾うことを許されない。
空は泥を跳ね上げた雪の色。雲がかかって、もうじき日没が来ることを示している。
どっと疲れた。眠ってしまおう。寝たら体温を維持しきれなくなって凍死するなんて言ってたのは誰だっけ?もうどうでもいいや。まぶたをおもむろに閉じる。呪いに転じなければ、私のしたことは少しくらいは報われる。ただもう一度、あの人、あの人に――
首に、何か温かいものがふれた。
「なまえさん、生きてますか?」
「な、なみさん…………?」
うっすらと目を開けたその先には、いるはずのない人がいる。これも走馬灯が見せる幻想だろうか。思わず力を振り絞って手を伸ばす。凍傷で真っ赤に腫れた私の手を、七海さんは何の躊躇もなく握った。凍てついた体温が、大きな手のひらで溶かされていく。
「そのまま目を開けていてください。閉じたら死にますよ」
「なんで……?」
「寝たら死ぬからですよ」
「そう、じゃなくて、」
私が口をぱくぱくさせていると、七海さんはああ、と私の言いたいことが分かったようだった。
「なんで私がここにいるかは後で説明します。立て……そうにはありませんね。傷の具合は?」
「…………おなかと、みぎの、あし……」
「麓で車を待たせています。そこまで行って一度病院で止血した方が良いかもしれません」
高専に戻っている時間が惜しい、と彼はそう言って私の身体をゆっくりと抱き起こした。
「少し痛いかもしれませんが我慢してください」
スーツの上着を私の身体の上にかけて、七海さんは脇の下と膝裏に腕を入れて軽々と私を抱え上げてしまった。バランスを崩しては悪いと、私はそのきっちりと着こなされたワイシャツの胸元を握った。
「ななみさんの、そういうやさしいところ、けっこう…………すきなんですよ」
山道を早歩きで進む七海さんに私がぽつりと溢すと、彼は目を一瞬だけサングラスの奥で見開いた、ような気がした。
「それは、どう受け取るべきなんでしょう」
「ななみさんの、すきなように、」
「…………分かりました」
「照れ……てます?」
「貴女の好きなように受け取ってください」
ARCATRAZ