これにて閉幕
「男の臭いがする」
「け、恵ちゃん?」
中條さんと知り合い、恋仲になってから数ヶ月が経った。
彼は何かと恵ちゃん達、武装戦線に目をかけてくれて大きな闘争は起こっていない。
身体中が怪我だらけだった弟はすっかり元気になった。
実は、未だに恵ちゃんに中條さんとの関係を話していない。
言おう言おうとは思ってはいるが、恵ちゃんは武装戦線の所謂頭、中條さんは総長…
一方の姉でありもう一方は恋人…今更ながらすごいポジションにいるのだとしみじみ思う。
けれどいつまでも言わないでいるのはさすがにダメだと思い、ついに本日言う事を決意した。
そして頭のキレる弟は…
「姉ちゃん…彼氏いつできたの?俺聞いてないんだけど…」
「き、今日言おうかなぁーと思ってて…」
「へぇ…だから今日すき焼きなんだ…」
バレている!
しかし何故わかったのだろう…中條さんの私物は家に置いてないし、彼は香水もつけていない…
その事を聞くと恵ちゃんは口をモゴモゴさせながらそっぽを向く。
「姉ちゃんが前以上に綺麗に…」
「恵ちゃんもっとボリューム上げて」
「だー!そんな事より!誰なの!?」
うっ!ついにきたか!
先程買い物してきたすき焼きの材料をテーブルに置き、テレビを観ていた恵ちゃんの前に正座する。
「恵ちゃん」
「え!?は、はい!」
「私、鈴木名無子は…中條アキラさんとお付き合いしております」
「……え」
「勿論私の弟が恵ちゃんて事は知ってるよ!あ、あとね…中條さんたら…」
先日中條さんに言われた嬉しい言葉を恵ちゃんに知らせる。
敵とはいえ今は武装戦線と百鬼、いい関係を保っているのではないだろうか。
だから恵ちゃんも喜んでくれると思った。
思ったんだけど…
「は…はあああああああ!?」
「恵ちゃん、しっ!近所迷惑!」
「ごめん…じゃなくて!ああもう!こうなったら直接聞く!」
「え?」
腕を掴まれたと思ったらバタバタと玄関へ向かいあれよあれよと恵ちゃんのバイクに乗せられた。
何処へ向かうと思いきや到着したところはとあるビル。
此処って…
「中條アキラさんいますか!!」
「あ?…テメッ武装の恵三!?ん?…って名無子さん!?は!?え!?」
「おおお邪魔します?」
ビルに入って階段を上がっていく。
百鬼の皆さんは恵ちゃんが来たことに驚き今にも飛び掛りそうだが、私を見た途端どういう事なんだっていう顔をしてその場に立ち尽くしていた。
あまりの勢いに扉が壁に跳ね返る程乱暴に恵ちゃんは扉を開ける。
その音に吃驚したのは中にいた幹部の皆さんと…
「アキラさん!」
「やぁ恵三君じゃないか…あれ?名無子ちゃん?」
「こ、こんにちはー」
幹部の皆さんもこの状況についていけず…私もだけど。
部屋の外には下にいた人達が集まってきていた。
恵ちゃん…この状況はまずいんじゃ…逃げられないよ…
「おいコラ恵三ッ!よくも堂々となんの礼儀もなく入ってきやがったな!しかもなんで姐さんといっしょに…!」
あの人は確か金澤さん!
いやほんと弟がすいません!
「それは置いといて」
「置くな!」
「アキラさん」
「ん?何?」
恵ちゃんは時々中條さんについて話してくれる。
あの人はすげーやら尊敬してるやら俺もあんな風になりたいなど、話す時の恵ちゃんは目をキラキラと輝かせていた。
何が不満なのだろうか。
「ああんた!姉ちゃんとけけ、結婚を前提に付き合ってるって本当すか!?」
「うん本当」
「何いいいいい!?」
恵ちゃんの声に混ざり、百鬼の皆さんの何人かの声も聞こえた。
金澤さんなんてまさに開いた口が塞がっていない。
私と中條さんが付き合っている事は百鬼の方達は知っているが…
「やだ恵ちゃんたら!皆の前で結婚だなんてっ」
「本当は早くお嫁に欲しいんだけど名無子ちゃんまだ学生だし俺は引退してからがいいかなと」
「中條さんたら…」
「フフ…」
「ちょ、まっ待ってください!二人の世界やめて!つーか姉ちゃん!何で俺に相談しなかったんだよ!」
私達のやり取りを制するように両手を前に突き出すもまだ混乱しているようだ。
確かに…その時中條さんによって百鬼との闘争はなくなったものの、まだ治まったわけではなかったし…
余計な心配や不安をかけたくはなかった。あと…
「えっと…タ、タイミングが…」
「図ってる場合か!」
「恵三君、名無子さんを貰います」
「そこは普通"ください"ですよね!?」
「あ、あれ…?恵ちゃん中條さんのこと尊敬してたんじゃ…」
「それとこれとは話は別だから!」
なんとか説得しようにも彼の中では納得や整理がついていないようで、あー!
うー!と時折唸る。
少し控えめながらもギロリと中條さんを睨みつけてしまっている。
そんな恵ちゃんの態度を見ても百鬼の方達は「まぁ姉ちゃん取られるんだもんなー」「ここまでくるとシスコンだな」などなど、彼等は落ち着きを取り戻し
観戦モード。
「お、俺は認めませんよ!」
「恵ちゃん」
「……何」
「アキラお兄ちゃんて呼んでもいいのよ?」
「っっ!呼ばないから!」
「弟よ」
「やめてくださいッ!」
そう叫ぶやいなや、恵ちゃんは飛び出すように部屋を出ていってしまった。
さすがに始終を観ていた百鬼の者は彼を追う事はせず、むしろ姉思いの弟に同情の眼差しを送っている。
窓を見ればバイクに跨がる弟が見えた。
ガララと窓を開け、名前を呼べばすぐに振り返る。
「お夕飯までには帰ってきてね!すき焼きだから!」
「…肉しか食わねーから!」
颯爽と走り去ってしまった。
静まり返った部屋は数秒してまたガヤガヤと人の声が溢れる。
未だに窓の外を見る私の隣に中條さんが並ぶ。
「今日すき焼きなんだ?」
「私達の事言おうと思って…少しは機嫌直ってほしいな」
「…お邪魔してもいい?」
「勿論!あ、お酒も用意します?」
「あー…いいや。名無子ちゃんがまた脱ぎ出したら大変」
「そっそれは!ああの時は飲み過ぎたんですよ!」
「まぁ恵三君の前では何もしないよ」
「何って何ッ!?」
この人はホント、さっきも急の来客でも大きな焦りは見せなかったし…これがポーカーフェイスというものなのだろうか?
今みたいに平然と酔った私の事を言ってくるし…
「私、中條さんとはちゃんとした形で出会いたかったなぁ」
「あんな形だったから出会えたんでしょ」
ぎゅっと手を絡めてきた。
普段の私と出会ってほしかったと時折思うが、最初から中身を見せてしまったようで、無理に装う気力はない。
「恵三君だって名前で呼んでくれるんだから、名無子も名字じゃなくて名前で呼んでよ」
「でも…」
「そのうち同じ名字になるんだからさ」
「!…はいっ…アキラさん」
不安恐怖混乱でいっぱいだった彼との出会いは、今こうしてお互いに見つめ合い微笑むほどに進んだ。
また窓に向ければ、遠くの方で走るバイクの音がかすかに聞こえた気がした。
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