君がため
ついにその日がやってきた。
第2土曜日は青道グラウンドを使っての練習試合だ。新チームとして始動してからまだ日は浅いものの、悪くないと御幸は思っている。欲を言えば、全体的な技術の向上は望ましいところだが、それよりも気持ちがついていかなければ、公式戦は勝ち上がれない。稲城戦の悔しさを胸に、"来年こそ全国"と皆の気持ちを一つにし、今日の試合も臨むのだ。
やましい事がないと言ったら嘘だ。この試合で本塁打を打ちたいと考えている。チームのためではなく自分のために。結局自分のためでも、本塁打さえ打てればチームの為になるのだが、簡単に本塁打を打たせてくれるほど、今日の相手は弱くはない。それに口約束を取り付けた名字が来てくれないことには意味がないのだ。
「お願いします!!」
当方、一列に並び礼をする。青道は裏の攻撃、それぞれポジションに着く。
今日も先発は古谷だ。最近勢いのある彼は、投手陣で一番エースに近い。
「スリーアウトチェンジ!」
早くも三者三振。波に乗った男を誰も止められない。
「うぉー!古谷に続けェェ!」
初回から三者三振に抑えればチームの士気も上がるというものだ。
ふと、御幸は辺りを見渡す。観客席にはOBやらの姿しか見えない。 流石にまだ来ていないか、試合の時間は教えてなかったのだから。それにこんな感情に一喜一憂していたら、打てるものも打てなくなってしまうというものだ。
「ナイバッチ倉持!」
「続け!小湊弟!」
順調に塁に出る。これなら満塁で自分の番まで回ってきそうだ。続く小湊もシングルヒット。これで1、2塁は埋まった。しかし白州はなんとかファールで粘ったものの三振。悔しげな顔で打席を降りた。
「ナイスファイ白州!」
「この借りはきっと御幸が返す!」
チームメイトたちは好き勝手言っているが、期待に応えるのもキャプテンの務め。
4番、キャッチャー御幸くん。
本日は練習試合のためウグイス嬢はいないが、そんな声が聞こえた気がした。
「御幸行けー!」
「ランナーいるぞ!」
「気張っていくぞー!」
ベンチの仲間たちは本当に好き勝手言ってくれる。確かに、ランナーがいた方が打率が高いのは認めるが。
御幸は左の打席に立つ。ふっと短く深呼吸するとバットを構えた。ランナーは1、2塁。自分が本塁打を打たなくても、倉持の俊足ならホームに帰ってきてくれる。しかし、狙いは本塁打。
ピッチャーは大きく振りかぶった。御幸は一瞬、バントの構えを取る。
「セーフティー!」
相手ベンチが叫んだ。と同時に倉持は走り出した。御幸は倉持が走り出すのを横目で見て、バットを持ち替える。相手投手は御幸がバントの構えをとったことで、投げたと同時に自分に向かって走り出してきた。
セーフティー!と相手ベンチが叫んだ事が仇となった。ボールは緩く、なんて打ちやすい球だと思った。
「狙い撃ちッ!」
大きくフルスイング。ボールは左中間を超え、フェンス直撃。
「うぉぉおおおお!」
青道ベンチは雄叫びをあげた。1回の攻撃で3点は大きい。本塁打をあげた御幸はバットを離し、片手でガッツポーズをつくり悠々走り出した。
1点、2点とホームにランナーが帰る。御幸が2塁ベースを踏む時、ちらりと見知った姿を見た。
( あ、名字……)
観客席から離れたところに凛と佇む名字の姿。そちらを見やると名字は口パクで何かを伝えていた。
ナイスホームラン。
名字は多分こう言っていた。普段なら考えられないくらい大きく口を開けて。
御幸はそちらに向かって片腕をあげる。お前に上げたホームランだ、と気持ちを込めて。名字は目を大きく見開き、そして笑った。


結局この試、5回コールドで幕を閉じるはずだったが、練習試合という事で点差はかなりあったが、最後の回まで戦った。流石に名字も用事があったのか、最後まで試合を見ていくことはなかったが、名字に本塁打を見せられて良かったと御幸は思った。それに、名字の気持ちも確かめる事ができた。たかがクラスメイトの口約束を守ってくれたのだ。気になる相手でなければわざわざ試合を見に来ることはなかっただろう。
つまりはそういう事なのだ。名字は少なからず自分を意識してくれているのだ。





君がため 春の野に出でて 若菜摘む
わが衣手に 雪は降りつつ
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