陸奥の
名字が練習試合を見にきてくれた日から、心が乱れてやまない。彼女を見るだけで必要以上に胸がドキドキするのだ。恋ってすげぇ、と御幸は考えていた。小中高と野球一筋できたのだから、恋愛経験はほぼ皆無だ。告白されることはあっても自分から告白するのはなかなか勇気がいる。だが、御幸はこの気持ちを伝えようと思っていた。いくら名字が"冷たい女"と言われようとも結局美人には変わりないのだ。自分の前に誰かが名字に告白して、名字がOK出してしまったら。サインを無視して暴投する投手のように、呆気にとられた気分だ。
「名字さん、ちょっと時間ある?」
「ええ、いいわよ」
ドクドクと心臓の音が邪魔をする。このまま体でから心臓が飛び出てしまいそうな気分だ。
「わりーな、付いて来てくれるか?」
「勿論」
御幸は階段を降りて第二柔剣道場に足を向ける。名字は御幸の後ろを歩きながら、場所の見当がついた。
「部室に何かようかしら?」
「ちょっとな」
「今は空いてないわよ?」
「鍵持ってるだろ?」
御幸は笑った。すでにかるた部の次期部長が名字であることは知っていた。
「抜け目ないわね」
「どーも」
名字も笑って、鍵穴に鍵を指した。くるっと半回転させ、鍵を開ける。重い扉を開けると畳のような香りが漂って来た。
「それで?誰もいないところで何の話かしら?」
名字は御幸の正面に立った。
「あー、えーっとな」
御幸は右手で後頭部を掻く。
「『陸奥の しのぶもぢずり たれゆゑに
乱れそめにし われならなくに』」
「え?」
「つ、つまりだな、あー、名字さんの事が……」
御幸はその後の言葉を上手く口に出せない。それを見た名字はくすくすと笑った。
「ふふ、御幸君その和歌どこで知ったの?」
「あー、調べた……」
「私の為に?」
「……わりーかよ」
御幸は顔を真っ赤にそめて、それを隠すように俯いた。名字は御幸に近づき、熱くなった頬を両手で包んで上を向かせた。
「嬉しいかも」
御幸は名字を見た。名字は笑っていたが、その頬は真っ赤に染まっていた。
「じゃ、じゃあ……」
「でもちゃんと言って?」
「っ!」
名字は悪戯っぽく笑う。その顔でさえ可愛いと思った。
「……名前さんが好きです、付き合ってください」
「!!」
名字は驚いた。御幸に初めて名前を呼ばれたからだ。
「で、返事は?」
御幸は自分の頬を包んでいる名字の手を上から握って、答えを聞くまでは逃げられないようにした。
「えっとね、」
「うん」
「私も、か、一也君と同じ気持ちです。でも、」
「でも?」
御幸は名字が自分と同じ気持ちということに嬉しさを感じた。だが、名字の言葉は続くようで、それについて不安も募る。
「『瀬をはやみ』ってわかる?」
「瀬をはやみ?」
「うん、調べておいて」
「え?」
「私の返事はそれからね」
名字は御幸の手を振り払って、第二柔剣道場を出た。お互い好き同士だというのに、一人取り残された御幸は、振られた気分になった。





陸奥(みちのく)の しのぶもぢずり
たれゆゑに
乱れそめにし われならなくに



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陸奥産のしのぶずりの乱れ模様のように、私の心も乱れてるのは、あなたのせい。
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