瀬をはやみ
『瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われても末に あわむとぞ思ふ』
岩にせき止められた急流がひとたび別れても、また一つに戻るように、今は愛しいあなたと別れても将来は必ず結ばれようと思う。

名字に言われたその日、その和歌の意味を調べた。名字は何を思って自分にこれを言ったのか。御幸は名字の真意を知りたかった。だが、お互い部活で忙しく、学校での会話も日に日に減っていった。次期キャプテンとして前キャプテンからの諸々の引き継ぎがあったりと休み時間毎に、教室にいることはごく僅かだった。
「御幸らしくねーな」
「は?」
「いや、おまえそういうの嫌いだろ。はっきりしないの」
「……まあな」
倉持は御幸が例の美人に告白したということを知っていた。自分だけ噂の美人と付き合うなんてと不満もあったが、応援している気持ちもあった。御幸に限ってそんなことはないと思うが、プレーに支障が出るのは困る。これでも春の大会を目指しているのだから。
「とっとと聞いちまえよ。メールでもなんでも」
「……名前のメアドしらねぇ」
「はあ?」
倉持はてっきり既にメアドを交換しているものだと思っていた。しかし意外にも御幸は名字のメアドを知らなかった。
「聞くの忘れた」
「お前ってやつは……」
倉持はらしくもなく眉間をおさえた。
「野球以外はほんとダメだな」
「うるせーよ」
御幸は手元のスコアブックに視線を戻した。自分が野球以外でダメなんてそんなものは知っている。だからこそ名字への告白もダメだと思っていたのだが、意外と名字はいい反応を見せた。しかし、今はこれだ。
「お前を見てるとイライラする」
「なんでだよ」
「リア充ってだけでイライラすんの!」
「まだ充実できてねぇ……」
今度は御幸が眉間をおさえた。もちろん眼鏡は上にあげて。
「はぁ……。噂の名字が俺の彼女だったら……」
「お前、前にあんな女嫌だとかいってただろ」
「それはそれ」
「わけわかんねーよ」
「はあ」
倉持はため息をつく。御幸もその後にため息をついた。
「二人してため息ついてどうしたの?」
すると噂の彼女が声をかけてきた。
「名字」
「倉持くんがため息って珍しいわね?」
名字はふふと笑う。
「あ、あーまあ、その」
倉持は頬を赤くして目をそらす。名字の笑った顔など初めて見たのだ。
「おーい?俺いるからね?」
すると御幸が名字と倉持の間に割って入ってきた。
「るせーな、わかってるよ!」
倉持はそういうと、そそくさと退散した。
「ヤキモチ?」
名字はまたふふと笑う。
「わりーかよ」
御幸は照れずに言った。
「いえ別に。アレの意味わかったかしら?」
「意味はわかったけど、名前の気持ちちゃんと聞きたいかな」
御幸は名字を見つめる。
名字は御幸の眼差しを受けて、目を伏せた。
「『瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われても末に あわむとぞ思ふ』」
「名前がその歌に込めた気持ちは?」
「今はお互い部活を頑張りましょう?私たちキャプテンになるのよ。私たち来年も全国目指してるの。それは野球部も同じでしょう?」
「ああ」
「今は恋愛にうつつを抜かしてる場合じゃないの。恋愛も部活も勉強もって、私そんなに器用じゃないわ」
「……わかった」
御幸は頷いた。
「だからね、卒業まで貴方の気持ちが変わらなかったら、また告白してくれる?」
名字はそっと御幸の手を包んだ。
「名前の気持ちは……変わらないのか?」
「変わらないと誓うわ」
名字はぎゅっと御幸の手を握った。その力が御幸の思っていた以上に強くて、名字の気持ちが確かなことが伝わってきた。
「わかった、ありがとう」
「こちらこそ、嫌な女でごめんなさい」
名字は一瞬目を伏せて、また御幸を見つめた。じゃあ、またねと最後に言って教室を後にした。





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われても末に あわむとぞ思ふ
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