かくとだに
今はお互い部活を頑張りましょう、と名字は言った。しかし、名字はその自分の不器用さが悔しかった。御幸に私も同じ思いだと、好きだと伝えられたら、彼はその逞しい両腕で自分を抱きしめてくれるだろうか。だがそれで恋にうつつを抜かし、彼がまた全国行きを逃してしまったら。御幸に限ってそんなことはないと思うが、名字は自分の心にまだ素直になれない弱い女だった。「本当に嫌な女」
教室を出て廊下を歩いてると、ふと声がかかった。名字が振り向くと、自分とはまるで正反対のような女がいた。
「御幸くん、貴女のこと好きなのにね」
「誰?」
「御幸くんにフラれた女よ」
そこにいたのは、いつだか御幸に告白してフラれた女だった。
「貴女みたいな人、本当に嫌い」
彼女ははっきりそう言った。しかし、名字はなんとも思わなかったし、そもそも彼女のことを知らなかった。
「部活を頑張りましょうってなにそれ?御幸くんより部活が大切?」
女は嘲笑する。
「聞いてたの?」
「聞いてたもなにも、教室でそんな話をしてれば御幸くんを気になってる女子は誰でも聞き耳立てるわよ」
「……」
「貴女みたいな人にとられるくらいなら私が彼女になるのに」
彼女は続ける。
「馬鹿の一つ覚えみたいに、和歌ばっかり。キモいよ、そういうの」
パシン!
名字は見知らぬ女子の頬を叩いた。
「私ことはなんと言おうと関係ないけど、部活のことまで侮辱しないで!」
名字は初めて怒鳴った。だからこそ、その声は廊下中に響いて、教室にいたものまで廊下に顔を出す始末だ。
「はあ?なに言ってんの?今時部活部活ってそんな子いないわよ!」
頬を叩かれた女子は涙目に叫ぶ。片手で支えた頬は真っ赤に染まっていた。
「貴女に関係ないじゃない!一所懸命になって何が悪いのよ!」
名字も涙目だった。自分の全てを否定されたのが何よりも悔しかった。
「ダサいって言ってんの!あんたみたいな人御幸くんに釣り合わないわよ!」
「やめろ!!」
二人の女子の間に男が割って入った。それは御幸だった。
「御幸くん?」
御幸が割って入ったことで、頬をさする彼女はさらに涙目になる。
「なあ、もう名前に近づかないでくれ」
「な、なによ!私が悪いみたいに!先に手を出したのは名字さんじゃない!」
「お前は名前を馬鹿にしたと同時に俺のことも馬鹿にしたって気づいてんのか?」
御幸は女を睨む。
「え?」
「部活を頑張ってる奴がだせーとか、お前の方がダサいよ」
「っ」
「俺たちも部活に一所懸命なんだわ。そりゃもう命くらい大事に」
「……」
「俺たちは全国を目指してる、今年も行けなかったからこそ来年こそはってな。だからこそ、お前みたいなやつに全国で戦う名前を馬鹿にする筋合いねーよ」
御幸はそこまでいうと名字の腕を掴んだ。
「もう近づくなよ、名前にも俺にも」
御幸は歩き出した。腕を掴まれている名字も必然的に引っ張られるように歩き出した。そして人の少ないところまで来ると、御幸はパッとその腕を離した。
「悪い、会話聞こえちまって」
「いいの、ありがとう」
名字は笑った。
「あのさ、こういう事増えるだろうから、付き合っていないとは言っても相談くらいしてくれよ」
御幸は照れ臭そうに笑う。
「俺は頑張ってるお前が好きだから」
そういうと御幸はじゃあなと去っていった。名字は見えなくなるまで、御幸の背を見つめていた。御幸の好きといった言葉がジンと心に温かさを生んだ。
『かくとだに えやは伊吹のさしも草
さしも知らじな 燃ゆる思ひを』
名字は燃えるような恋心を、いつか御幸に伝えられたらとそう思った。
かくとだに えやは伊吹のさしも草
さしも知らじな 燃ゆる思ひを
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こんなに思っているのに口には出せないでしょう。伊吹山のさしも草のように燃えるこの思いを。
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