わびぬれば
卒業を間近に控えた春。夏の甲子園を制した青道高校キャプテンーー御幸一也は、希望の球団にドラフト1位で入団した。それからというもの、彼は常に忙しくマスコミやらに取り囲まれまるで別世界の人となってしまった。卒業を控えてるともあって、最近は学校にいることが多いのだが、彼は学内でも人気になりつつあり、常に人に囲まれていた。
『わびぬれば 今はた同じ 難波なる
身をつくしても 逢はむとぞ思ふ』
校内に響き渡ったあの喧嘩事件から、御幸と名字が付き合っているという噂話が学校中に広まっていった。しかし、実際は付き合っているのではなくこの話は名字によって保留になっていた。だが彼がこうも有名人になってしまうと名字は不安が募っていた。彼は別の誰かの恋人になってしまうのではないかと。わびぬればの歌のように、お互いの噂話は尽きないのだからいっそうのこと、この身を滅ぼしてでもいいから一緒になりたいと思うのは自分だけなのではないかと。



「御幸くん」

最近になってまた告白の呼び出しが増えた。御幸はうんざりしながら自分を呼び出した女子に近づくが、なんと言われようと答えはNOに決まっている。最近自分が忙しくて、名前と話す機会が減っているのだが、今も昔も自分が好きなのは名前ただ一人と言える。
自分と名前が付き合っているのでは、という噂が広がっているはずなのだが、どうしてこうも女子は諦めが悪いのか。呼び出した張本人は、ずっと自分の前でもじもじしている。用があるなら早く言って欲しい。どうせ答えは決まっているのだから。それとも自分からその話を促した方が良いのか?そんなことを考えていると、横から別の声が響いてきた。
「一也くん」
聞いたことのある心地よい声に頭を巡らせば、自分の愛してやまない人の姿。
「名前」
「ごめん、今忙しかった?」
悪戯っぽく彼女が笑えば、目の前にいた女は走り去って行ってしまった。
「なんか、助かった」
「本当に?」
「え?」
「本当にそう思ってる?」
彼女は先程とは打って変わって寂しそうにする。
「どういう意味だ?」
「最近の一也くんは、私とは別世界の人だなって思うよ」
御幸はハッとした。彼女がそう思うのも無理はないのだ。数ヶ月前までただの高校球児だったのに、今やもう芸能人となんら変わらないくらい有名人なのだから。
「わりぃ」
「ううん、こうなるだろうって分かっていたわ」
名前は微笑む。
「今日は、貴方の気持ちを確認しにきたの」
そうして名前は、次の句を詠んだ。
「まだ、私のこと好き?」




わびぬれば 今はた同じ 難波なる
身をつくしても 逢はむとぞ思ふ
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