由良の門を
名字名前は美人で有名だが、恋の噂は2年に上がる時にはぱったりと消えていた。
1年次には学年で一番告白された回数が多いのは名字と名が上がるだろう。だが、彼女は誰と付き合うことなく高校1年目を終えたのだ。
彼女と付き合うのはステータスだ、と言う馬鹿な男もいるだろう。そういう男に限っては、振られても諦めがつかないのか"他に好きな男でもいるのか?"と言う。彼女はその問いに答えることなく『由良の門を』と言うのだ。
御幸がその現場を見てしまったのはいつだったか。偶々、校舎の裏側を通った時に名字と隣のクラスの男子が話しているのが見えたのだ。ベタな場所で告白するな、とその時はそう思って通り過ぎようとしたのだが名字の凛とした声を聞いて、足が止まってしまったのだ。
『由良の門を わたる舟人 かぢを絶え
ゆくへも知らぬ 恋の道かな』
聞いたことのない歌だったが、なぜかその歌は名字にぴったりだと思った。
そのままこっそり二人の様子を眺めていると、男は何を言っても歌で返す名字に痺れを切らし、立ち去ってしまった。きっと呼び出したのは男の方だろうに、なんて勝手な奴だと思った。
名字は立ち去った男の背を眺めながら『ゆくへも知らぬ 恋の道かな』と呟いた。その儚さといったら、今にも霧となって消えてしまいそうな。
結局そんな名字に声をかけることもできずそのまま教室に戻るが、後から戻ってきた名字を見てもあの儚さは消えていた。
『由良の門を』
そう言っていた名字の姿が頭から離れない。倉持や前園に話しかけられても、どのか上の空のようだと言われた。
『由良の門を』
その意味を知れば、名字の儚さの意味を知れるのか。ほんの数メートルの距離の机に着く彼女に、話しかける勇気は無かったのだが、彼女は御幸の心を知らない。
「御幸君らしくないわね」
彼女ははっきりとそう呟いたのだ。
「え?」
驚いて名字を見るが、彼女は前を見据えたまま。
「心が乱れてる。何か考え事?」
まさか、彼女にそこまで見破られるなんて。反応できずに彼女を見つめ続けるとさらに追い討ちをかけるように言葉を続ける。
「『由良の門を』、意味知りたい?」
彼女は俺を見た。してやったり、と笑顔を浮かべて。何故、彼女がそのことを知っているのか。答えは一つだ。
「悪かった。見るつもりはなかったんだ」
名字はあの場に自分がいたことを知っていた。
「別に、見られて困るものではないし」
彼女はふっと笑う。
「意味、教えてくれるのか?」
「御幸君は百人一首興味ないでしょう?」
質問に質問で返されるのは好きではないが、名字に苛立ちを覚えることはなかった。
「そうだけど。名字さんが言うなら気になるかな」
素直な言葉だった。だから言った後に言わなければよかったなんて後悔は後から来るのだ。名字は目を大きくして驚いたようだった。
「簡単に言えば、恋の行方が分からないというものよ」
名字はそれだけ言うと席を立った。
「誰だって、自分の心は分からないものだわ」
彼女は何を考えているのか、捕手の自分でも分からないほど彼女との距離はまだ遠い。





由良の門(と)を わたる舟人 かぢを絶え
ゆくへも知らぬ 恋の道かな
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