舞姫をとる
「ここを、こうしてこうだ」「んー、分からん」
大学受験を控えた3年目の冬。野球部は今年も全国には行けず、3年生達は進路に向けて進み出していた。自分は野球部ではないのだが、頭が悪いので、早く始めたとしても、結局部活を引退した奴らと同じ速度なのだ。
「名前はやればできるだろう?」
「優は俺を褒めるのがうまい」
上機嫌の俺は、先ほど教えてもらったばかりの公式を数式に当てはめていく。ほら、できた。優はやっぱり褒めるのが上手い。
「数学は終わりだな。あとは現代文か……」
「んー、できるかな」
部活も勉強も忙しくしていたはずなのに、俺より頭のいい優はいつも面倒を見てくれる。まあ、幼馴染の特権と言えばそうなのかもしれないが。
「やらなきゃ希望の大学には行けないだろう」
「うーん……」
「ほら、文を読んでやるから」
そういって教科書を開いた優は文章を読み上げた。
『……人を推薦するにはまずその能力を示すしかない。それを示して天方伯の信用を求めろ。またその少女との関係は、もしも彼女に誠意があっても、もしも情交が深くなっていても、格式を理解しての恋ではなく、慣習という一種の惰性から生じた関係である。意を決して断絶しろ』
「この時の豊太郎の心情は?」
「……?」
全くもって分からない。作品の題名くらいは分かるのだが。
『ああ、相沢謙吉のような良き友はもう二度と得られないだろう。しかし私の脳裏に一点の彼を憎む気持ちが今日までも残っている。』
「これは何故だ?」
「……?」
思えば現代文の授業で、起きていたことがあっただろうか。はっきりした答えがない勉強は嫌いなのだ。
「優はわかるの?」
優は呆れたように俺をみた。
「授業でやっただろう?名前の場合は殆ど寝てたけどな」
「作品名はわかるけど……」
先程優が読んだ文章を、頭の中で繰り返しても答えは出ない。
「……なら、豊太郎と俺が同じ心情だとしたら?」
「優が……?」
尚更わからなくなった。人の心というのは、文章に書き起こしても分からないものなのだ。
「恋人と仕事若しくは世間体、どちらを取るかってことだ」
「うーん……優には恋人を選んでほしいかな」
優は何故?と優しく微笑む。
「優だから、かな?」
優は絶対、恋人をとると信じてやまなかった。そうすると、さらに笑みを深めた優は、ここが教室だというのに人目を憚らずにキスを落とすのだ。
「名前がそう信じてくれてよかった」
豊太郎と優の心情がわかるまであとちょっと。
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