筑波嶺の
あいも変わらず、古典の授業は彼女の独擅場だ。
2年の終わりともなれば、誰がどのような人物なのか見えてくる。名字はクラスで浮いた存在だし、御幸と倉持はぼっちという括りで一緒にいることが多い。御幸は自分から絡もうとせず、倉持は絡みづらい、名字はどちらかというと、どちらもだった。だがそんな彼女が自分には笑顔を見せてくれたと思うと、本当に馬鹿な人間だとつくづく思う。優越感に浸っているだけなのに、それが嬉しいのだ。
国語という授業は好きではないが、嫌いでもない。古典の授業では、隣の彼女に聞けば教えてくれるのだ。それがたまらなく嬉しいのは、彼女は知らないだろう。
自分と話していると彼女はよく笑う。それを他の男たちは見てるから、たまに彼女に話しかけようとするのだ。それを制するのは自分の十八番だ。投手ではないが、牽制球がうまいと自負できる。
『筑波嶺の 峰より落つる みなの川
恋ぞ積もりて 淵となりぬる』
最近名字にこれの意味を教えてもらった。古典の授業で習ったのだ。授業ではよく意味がわからなかったが、あとで彼女に教えてもらうとまるで自分のことのようだと思った。川の水が溜まるように、自分の恋心も深くなるばかりだという意味らしい。
名字に恋をしてるのかと問われれば、そうなのだろう。自分が常に名字を目線で追いかけているのはつまりはそういうことなのだ。
「御幸くん」
最近、女子に話しかけられることが多くなった。それを意味するのは、自分と付き合いたいという告白なのだ。呼ばれたので、彼女についていくと人気のないところで、好きだと言われた。
「悪い、気になってる人がいる」
正直な答えだ。しかし彼女は、それって名字さん?と言った。
「俺の好きな人、君には関係ねーと思うけど?」
「そうだけど……。でも名字さんでしょう?よく楽しそうに喋っているの見かけるから」
「そーかもな」
他人に自分のことをどれだけ話せば諦めてくれるのか。御幸はこの時間が苦手だった。
「名字さん、綺麗だけど冷たいじゃない」
「ふーん、そう見えてんだ」
自分をよく見せたいのか、彼女を蔑むような言い方はいただけない。仮にも自分が気になってる人なのだから。
「だから、私と」
「あのさ、」
「え?」
「『筑波嶺の 峰より落つる みなの川
恋ぞ積もりて 淵となりぬる』、意味わかる?」
「……、名字さんと同じことを言うのね」
彼女はそれだけいうと去っていった。名字さんと同じことを言うのね、とは自分が名字に感化されている証拠だと思った。
御幸はニヤッと笑う。自分はそこまで簡単な男だったか。だが、一人の女性に振り回されてるのは他でもない自分なのだ。





筑波嶺の 峰より落つる みなの川
恋ぞ積もりて 淵となりぬる
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