月見れば
異性との会話はあまり得意ではなかった。得意ではないからこそ、自分の得意な"歌"で返すのだが、その意味を深くきいたことがあるものは今までだって一人もいなかった。だからこそ御幸の行動は不可解で、だが、自分の好きなものに興味を示す姿勢が嬉しかったのだ。しかし彼は自分のものだけではないことも理解している。彼は野球部の次期キャプテンで期待されているのだから。
そのことに漬け込んで、最近クラスの女子や他クラスの女子が噂しているのを知っている。格好よくて期待されている、女子はこういう肩書きが好きなのだ。
「『月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ
わが身ひとつの 秋にはあらねど』」
物思いにふけっていると、ふと名字は呟いた。すかさず隣の男子は、その意味何?と聞いてくるのだ。
「月を見ると色々な物事が悲しい。私一人に来た秋ではないのに」
「ふーん?」
分かっているのかいないのか。名字は御幸の行動が理解できなかったが、歌を聞いてくれたのがたまらなく嬉しいのだ。
「分からなくてもいいわよ。私一人が分かっていればいいもの」
「でも俺名字さんの事知りたいけど?」
天然なのかそうではないのか。彼は野球以外ではとことん疎いのだ。
「御幸君って不思議よね」
「そうか?俺は普通だと思うけど」
御幸の事が気になる女子たちが、自分のことを悪くいっているのも知っている。詠ってばかりの、変な女子だと。
「だって御幸君、私に話しかけるもの」
普段女子に話しかけるような男ではないのに、彼は自分だけには話しかけるのだ。どういう意図があるにしろ、自惚れない女子はいないのではないのか。
「名字さんの事が好きだからじゃね?」
「え?」
「あっ、変な意味じゃねーぞ。ただそうやって詠んでるの好きだなと思って」
「ふーん?」
名字はふふ、と笑う。御幸は目を見開いてそして笑った。
「なんかさ、前に教えてもらった『秋の田の』ってやつが意外と嬉しかったんだよ。認めてもらえたっつーか」
「そうなんだ」
「はっはっは、俺ってちょろい男なのかもな」
私はそうは思わないけど、と名字は続ける。
「詠ってくれて嬉しいとか、初めて言われたし。私も案外ちょろい女かもね」
御幸が自分をどう思っているかなんて、そんなのは分からない。曽根好忠が言うように恋の行方は分からないものだから。しかし名字は御幸に対して抱いている感情は友人などではないということはわかった。なんでもないような会話でさえ心が高揚しているのだから。





月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ
わが身ひとつの 秋にはあらねど



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曽根好忠は『由良の門を』を詠んだ人です。
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