恋すてふ
恋の噂は広まるのが早い。御幸がとある女子を振ったのは数日前。だというのにすでにこの狭い箱庭には、くだらない噂話で蔓延っていた。
とある女子というのは、名字が好きかと尋ねてきた女子だ。女子というのはいかに自分をよく見せたいというエゴの塊の様で、"御幸に振られた"という肩書きを消し去りたいために"御幸は名字が好き"と言いふらし、自分の過去を守ろうとしている。
実際そんなことをされて困るのは自分ではない。そもそもそんな噂が広まったところで、御幸はクラスでは浮いた存在であり、つまるところ噂の真相は掴めないのだ。だが、もしこの噂の所為で名字が困るなら話は別だ。たかが自分の問題に彼女を巻き込んでしまっているのだから。
「わりーな、名字さん」
「別に、気にしてないわ」
御幸は名字に一言謝罪する。しかし名字は何もなかった様に返した。正直、もっと意識してくれてもいいんじゃないかと御幸は思う。
「こういうのあんまり興味ない?」
「所詮は噂よね。1年の時からだもの」
「あー、確かに」
言われてみればそうだった。名字は一年の時から何かと噂の中心人物になりがちで、彼女が噂話を信じないのは当前のことだ。
「でも、御幸君が実際どう思っているのかは知りたいわね」
「え?」
「なんでもない、気にしないで」
気にしないでと言われても、御幸は先程の名字の台詞をはっきりと聞いてしまっているから気になってしまう。
名字の顔をちらりと盗み見てもいつもと変わらぬまま。一体彼女にどんな意思があったのか。意表をつく攻撃にスチールがうまそう、と馬鹿なことを考えていた。
「意外と似た者同士だよな」
「それには同感」
名字は答える。
「御幸君ってなんでも野球に置き換えて考えてそうだもの」
「名字さんもな」
御幸はニヤッと笑った。
「浮気できないタイプね」
「名字さんも」
顔を見合わせてくすくす笑う。美男美女が笑っていると絵のようだと周囲は思った。
だからこそ、噂話は更に着色して広まっていくのだ。
内に秘めていた御幸の恋心は、周知の事実となる。
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
人知れずこそ 思ひそめしか
戻る