倍プッシュ
冬の吐く息より更に白い息を吐き出して、彼女は卓上の牌をぐちゃぐちゃに混ぜた。最初に言いだしたのは自分だっただろうか。どうでもいいが、こんなに負け越していてもう辞めたいと思うのは当然のことだった。ストレスやイライラから更に煙草の本数が増える。二人だけの居間は既に煙で充満していた。「名前さん、辞める?」
「なにおう、クソガキ!」
雀卓を囲んで自分の正面に座る少年は、楽しそうに笑った。
事の発端は名前の一言から始まった。年末になり仕事も休みでなにもすることがなかった名前は赤木を自宅に招待した。彼が断る理由はなく、数分後には名前の自宅にいた。二人でくつろぎながら名前は言ったのだ。
「年末だし、普段できないことをやろう」
普通なら、普通の中学男子なら、夢を膨らませながら○○に行きたい!と目を輝かせて言うのだろう。しかし赤木はそんな男ではない。死線をくぐり抜けてきた普通ではない男の子は、一言「麻雀」と言ったのだ。
「麻雀?いつでもできるでしょ」
「麻雀は二人じゃやらないでしょう?」
「どうやってやるの」
「二人麻雀、一荘(イーチャン)戦でどう?」
麻雀は3人以上でやるものだ。しかも一荘戦とは。日本では一荘戦16局は長いのでその半分の半荘(ハンチャン)戦が主流だ。かくいう名前も一荘戦はやったことがなかった。
「ま、確かにその仕様なら初めてかもね」
名前は立ち上がり押入れから雀卓と牌を持って炬燵の上に置いた。二人は正面になるよう座り、牌を混ぜる。東4局までは流れたりお互いに和了しながらゲームは進んでいった。しかし南2局、赤木の親番でゲームの流れは変わった。彼は高い点で和了を決める。30000の持ち点は既に10分の1となっていた。
南2局4本場。牌を混ぜ終わり山からお互い牌をとる。名前の配牌は筒子(ピンズ)揃いの悪くない手だった。
赤木の番。彼は手牌から一枚握り、それを河に捨てた。牌を横にして。
「リーチ」
「嘘!?ダブリー!?」
配牌後の聴牌(テンパイ)とは。名前は益々自分の負けが目前となった。
「倍プッシュ」
赤木はそういうと、自分の持ってる全ての点棒を場に出した。ニヒルな笑みを浮かべて。
「名前さん、どうする?」
「ありえない、私まだ聴牌してないし……」
名前は山から一枚ツモる。三麻ルールなので北抜きをして更にツモった。
「どうする?」
「この悪魔!リーチ!」
どうやら赤木は既に名前が聴牌していることを気づいていた。名前は追っかけリーチをかけ、リー棒のみならず残りの点棒全てを場に出した。
「もう手牌は動かせない。運任せの勝負だ」
「アンタがイカサマしなければね!」
「名前さん相手にイカサマなんかしない。ねえ、それじゃ点棒足りないよ」
赤木はニヤリと笑った。赤木の出した点棒は57000点分。対して名前は3000なので明らかに足りなかった。
「ほんと、性格悪いわね!残りの煙草でも点棒代わりに賭ける!?」
名前は煙草の箱を逆さまにして残り2本の煙草を場に出した。しかし赤木はクククと笑ったまま。
「他になにを賭けろって言うのよ!」
「アンタ」
「はあ!?」
「だから、名前さん自身」
「ふざけるのも大概に」
「俺が負けたらなんでもするぜ?」
名前が言い終わる前に赤木は言った。名前はその答えに満足したようで、わかったと一言。
「さて、勝利の女神はどちらに微笑むかな」
「そういうの、信じてないくせに」
名前がそういうと、またクククと笑って赤木は山から牌をツモった。
窓の外では、雪が降り始めていた。
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