もしも婚約者がいたら
「こんにちは、赤木さん」「いやはや遠路はるばるご足労頂き、ありがとうございます名字さん」
月の会食はお互いの家を交互に行き来している。今回は赤木の家となり、静岡から東京へやってきたのだ。生まれた時から決まっていた婚約者は今年で13歳となった。名前は一つ上の14歳だが年の差を見せないほど仲の良い二人は、小さな時からお似合いのカップルと親族にもてはやされていた。
「さて、名前さんはしげるのもとへ行っておいで」
「はい、おじさま」
名前はにこりと微笑んで屋敷の中に上がらせてもらう。しげるの部屋までは勝手知ったる道のりだった。
コンコン。大きな扉をノックする。
「どうぞ」
しげるの物静かな声が聞こえてきた。
「お邪魔します」
戸を開け部屋に入ると、シンプルで無駄に広い部屋。必要最小限の家具しかないのは、しげるという人の内面を現したようだ。
「名前、久しぶり」
「しげる、元気そうで何より。中学生になったんですってね!」
名前は自分のことのように喜ぶが、対してしげるはつまらなそうにしていた。
「あんな狭い箱庭、つまらないよ。名前と一緒の学校だったらまだ楽しかったかも」
「お友達は?」
「必要ないね。財産目当てに近づく奴らなんて」
「そう……」
実は名前も同じ目にあったことがあった。だから今はものすごくしげるの気持ちがわかるのだ。
「なら、私の学校に来たら?」
「え?」
「一緒に暮らしましょうよ!お父様もしげるなら大歓迎よ」
「アンタ馬鹿なの?」
しげるは冷めた目で名前を見やる。
「一つ屋根の下で将来一緒になるかもっていう男女がさ」
しげるは立ち上がり、名前に一歩一歩近く。名前は何かを察して、一歩また一歩と後退する。
「一緒に暮らしてたら、間違いが起こっても不思議じゃないよね?」
「え?」
そういうとしげるは名前の唇にちゅと口付ける。子供騙しのような、幼稚なキスだが名前には十分その効果があった。
「し、しげるのばかぁ!」
真っ赤になった頬を抑えるように名前はしげるの部屋を出て行った。普段なら足音立てない淑女だが、今回ばかりはどたどたとかけていく様にしげるはククと笑う。
名前がうるさいと父親に注意されるまで、その騒がしい足音はなおも続いていた。
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