山川に
人間関係というものは、何故こうも面倒臭いのだろうか。御幸は教室にいる時はだいたいこう考えていた。自分に野球以外のことができると思えないが、しかし捕手は投手の女房役であるがゆえ、野球部員とは仲良くしているつもりだ。同じ志を持った仲間だのに一緒にいて楽しくないわけがない。しかし、クラスメイトは別だと思った。大して話したことがない相手でも"クラスメイト"というだけで簡単に話せる関係というものは御幸には不愉快でしかなかった。今もそうだ。一度も話したことない男が、まるで古くから仲良くしている様に茶化してくるのだ。
「なあ御幸、いつ名字さんに告るの?」
突っ込みどころ満載だった。まずお前は誰だとか、何故お前に自分の情報をべらべらと喋らなければいけないのか、そして名字と自分の関係にお前は関係があるのか等。御幸は内心でうんざりしつつもその質問をスルーした。
「相変わらず冷たいなぁ」
男はニヤニヤと笑う。御幸はそれさえも無視し、手元のスコアブックに集中した。自分の欠点といえばそこだが、しかしこの男に構っている時間を野球に捧げたいのは事実だ。
「ねぇ」
鈴を転がした様な声が響く。
「『山川に 風のかけたる しがらみは
流れもあへぬ 紅葉なりけり』ていう和歌知っているかしら?」
「は?」
男は名字を見る。
「大して話したことない相手にずけずけと物を言う態度は感心しないわね」
男はバツの悪そうな顔をし御幸の前から去っていった。
「悪いな」
「いいえ」
名字は席に着く。
「川の流れから外れた紅葉を人のしがらみにたとえた歌よ」
「今の俺ってそう見える?」
「とっても」
御幸は、はっはっはと笑う。
「名字さんは的を得てる」
「伊達に17年を和歌に捧げてきたわけじゃないわ」
名字もにこりと笑った。
「本当に助かった。なんかお礼するよ」
「そんなのいいわよ」
「じゃあ一つだけいいか?」
御幸はこれはチャンスだと思った。野球で例えるなら、満塁時、次の打者は自分の時の様な。
「今度の試合見に来てくれないかな?」
「なぜ?」
「俺にできることって野球だけだからさ、名字さんのためにホームラン打つよ」
「次の試合にそんな邪な感情を持ち込んでいいのかしら?」
ふふ、と名字は笑う。
「邪な感情じゃねーよ。名字さんへの"お礼"だから」
「うまくかわすのね」
時間があったらね、と名字は言いその会話は終了した。
次の試合は土曜日、他校との練習試合だ。相手には悪いが、自分の恋路のために本塁打を打たせてもらうと心に誓って。





山川に 風のかけたる しがらみは
流れもあへぬ 紅葉なりけり
戻る