パリの空の下

 音楽が好きだ。そして音楽に溢れているこの街並みも。私が愛するこの街はそれでも非情で、貧乏な私はベルシー橋の下で古ぼけたおじいさんアコーディオンを持ってシャンソンを奏でる。たまーに通りかかる人々がチップを投げてくれる。メルシィと少しでも可愛く言ってみればニコッと微笑み返してまたねと手を振ってくれる。拍手が起こったと思ったら、船に乗った観光客が私の演奏を聴いてブラボー!と手を振ってくれる。ブラボー?英語でよかったよって意味だよね?多分そうだと自己完結して大きな声でセンキュー!と返せばまた大きな拍手が沸き起こる。そんな毎日を繰り返しながら、少しずつ少しずつ貯めたお金で、いつかおいしいものをたんと食べるんだと思っていたら、トントンと右肩を叩く大きな手が。振り向くと派手なピンクの髪に眼鏡をかけた男がいた。顔は整ってるなーとかチップ弾んでくれるかな?(お金持ってそうだし)と考えていると、おい、と聞き慣れない言葉で話す男。
 「oi?(オイ?)」
 まあ確かに、よくみてみたらなんとなくフランス人っぽくないしなぁなんて見つめていると罰が悪そうに男は後頭部をぽりぽりかくと今度は流暢なフランス語で話し始めた。
 「お前何歳だ?」
 「ん、8歳!」
 「8歳ィ?親はどうした」
 「んー?多分死んじゃった?いまは病気のおばあさんと住んでるよ」
 「……そのアコーディオンは?」
 「おじいさんのアコーディオン、おじいさんと一緒で歳とってるけどね!おじいさんも死んじゃった」
 「……」



 定休日にパリの街をぶらぶら歩いている。そういえばもうここにきて何年になるんだろうな、なんて空を見ながらぼーっと考えていると橋の下からシャンソンが聴こえてきた。へぇ、なかなかうまいじゃん。陽気な街に陽気なシャンソン、やっぱパリは洒落てんなぁとつくづく思いながら足は橋の下へ向いていた。近づくにつれ拍手と小さな女の子の声。メルシィなんて精一杯可愛こぶって微笑む子供が可愛らしいなと思っていると、もう店じまいなのか楽器とチップをいそいそと片付け出した。おいおい、せっかくきたんだからもうちょっと聞かせてくれよ。そう思って小さな肩にポンと手を乗せると子供は不思議そうにこちらを振り向いた。
 「オイ」
 「oi?(オイ?)」
 おっといけねぇついつい日本語で話しかけてしまうと、さらに不思議そうに首を傾げる。罰が悪くなって癖で後頭部をポリポリとかいてしまう。気を取り直してフランス語で話しかけると、彼女は面白そうに俺の質問に答えてくれた。
 しかし、8歳で親がいないとは……。だから小遣い稼ぎに来てるんだろうと思えばその子供が不憫に思えた。他に方法がなかったのかと言いたいところだがそもそも両親が他界してちゃあそのツテもありゃしねぇ。またまた後頭部をぽりぽりとかくと自分でもびっくりするぐらい自然に言葉が出てた。
 「俺の店、来るか?」
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