春の味覚
「名前、起きろ」ゆさゆさと肩を揺すられて目を覚ますと、昨日の記憶そのままの景色だった。
「んー?アレ?」
「おはよう」
「オハヨウ峻クン」
「寝起きのカタコトどうにかならないか?」
「……それで、どうしたの?」
峻くんはやれやれといった感じにため息をつくと今から美味いモン食えるぞと言った。
「美味いモン……?あ、山椒」
「ご名答!さ、召し上がれ」
カチャリと静かにドアが開いたと思うと裸エプロンの一色先輩が料理を運んできた。
「鰆の山椒焼きピューレ添え」鰆の香ばしい香りと山椒の少しツンとするような刺激的な香りがマッチして寝起きの胃に「起きろ、起きろ」と直接言われているよう。私のお腹はギュルと反応した。
「い、イタダキマス」3年も日本にいるとその文化が体に染みつく。合掌していただきますと唱えると一色先輩はふふ、と笑った。
一口目、鰆を口に運ぶと寝起きの胃にじんわりと優しい刺激が走る。ホクホクとした身は鰆の油と山椒のさっぱりとした味わいがマッチしてもっともっとと欲しくなる口当たり。
二口目、今度はピューレと一緒に。春キャベツで作られたまろやかな甘さのピューレは口の中に染み付いた鰆の油を絡めとり、分解してリセットするから飽きを感じさせない。まるで初めて食べたかのような味わいで一口目と二口目をループさせる。
「セ ボン!(おいしい!)」
鰆と春キャベツがお互いの味を高め合っている。流石遠月十傑に名を連ねる先輩の出す料理なだけある。だけどいつものような『攻撃的和食』を出さないあたり一色先輩は本気じゃないのだろうか?
「俺も食材は鰆で行きます。先輩と同じく春をテーマにお届けしますよ!」
お待ち!と部屋を出る創真くん。どういう事だと峻くんを見ると、一色先輩が吹っかけた料理勝負だぜと教えてくれた。
待つ事数十分。扉の外から香ばしい香りが漂う。匂いにつられてか結姫ちゃんも目を覚ました。かくかくしかじか結姫ちゃんも峻くんから現状を聞くと驚いているようだった。
「早く来ないかな〜」創真くんが作る鰆の品が待ち遠しい。まだかなまだかなと待っていると、カチャリと創真くんが品を持って登場した。
「ん〜、いい香り」
「ゆきひら裏メニューその二十改、鰆おにぎり茶漬け!皆でおあがりよ!」
「イタダキマス!」
創真くんが出したお茶漬けを一口すくって食べる。塩昆布茶の絶妙な塩加減が白米にマッチしてしめの一品に相応しいひとしなに。
続いて鰆を解してご飯と一緒に食べる。昆布茶漬けになってるのに、鰆のパリっとした感触が失われていない。さらに口の中で咀嚼するたびジュワッと溢れる油がご飯と昆布茶にうまいこと絡み合って、喉を通るたび「もっと食え、もっと食え」と神経が指先へ信号を出すようだ。
「んん〜セボーン!(こっちも美味!)それにしても鰆をポワレで調理したんだね創真くん」
「ポワレ!?」
「なんであんたが驚いてんのよ!」
*
「ポワレは下味をつけた食材を高温で焼く調理法だよ。ポワレでは必ず『アロゼ』って言う調理過程がある。フランス語で水を撒くって意味がある通り、滲み出た油をすくってかける方法。フランスの調理技法だよ?」
一色先輩もうんうんと頷く。
「魚の場合臭みの素である水分が染み出してきちゃうからアロゼを行わないんだけど……オリーブを追加しながらやったのかな?」
「そうそう、この焼き方は親父にならったんすよ」
「君のお父さんはフランス料理の修行を?」
「それが俺もよく分かんなくて……色んな国で料理してたみたいですけど」
どうやら一色先輩は創真くんに興味津々なようだ。確かに、この『鰆おにぎり茶漬け』にポワレはベストマッチな調理法だし、ポワレを知らない創真くんが瞬時にこの方法を見極めたとすると、やっぱり創真くんは面白いし凄い。きっともっともっとおいしいものをたくさん作るに違いない。食べたい。
「そ、創真くん」
「ん?」
一色先輩と謎の握手を交わしていた創真くんは、私の方に体を向ける。
「どうした名前」
「……美味しいものいっぱい食べたい」
「!おお!」
この一言で全てを察したのか、創真くんは大きく頷いて、これからたんと食わせてやる!と胸を張って答えた。
「メルシィ!ゴチソウサマ!」
「お粗末!!」
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