連れてこられたのは、双熾の部屋だった。
何度か上がったことのあるそこが、やけに寒々しい印象を覚える。牢獄、という気分だ。
ていうか、それよりなにより。
「いい加減下ろしてちょうだい」
「ですが、華火さまはまだ靴を履かれたままですので」
「脱ぐから下ろして!」
「いえ、僕が致します」
「何故……」
そっとソファーに下ろされて、双熾が宣言通り私の靴を脱がせていく。
編み上げのブーツなんて脱ぎにくいものを履いているせいで、そして意外と潔癖症な双熾の部屋に土足で降り立つのは気が引けて、私はそれに従うしかない。
「……華火さま、先ほどは何をなさっていたのでしょうか」
「な、何って別に、いつもの茶番よ」
「……あの格好はどういうことでしょう」
「あれは野ばらが用意したもので……」
「……あの、言葉は」
「あ、あれは……」
あれは私もよく意味がわかってないのだけれど。
多分、双熾はあの言葉に一番怒っている。
気まずさを感じながら双熾をのぞき見る。と、ふと彼が纏う雰囲気が、いつもと違った気がした。
怒っているのはそうなのだけど、そうじゃなくて。
「……双熾?」
「はい、華火さま」
「……何でそんなに、悲しそうなの」
まるで雨に降られた迷子のような、大切なものをなくしてしまった幼子のような。
そんな顔を、双熾がしている気がした。
「……華火さまは、以前僕におっしゃいましたね。僕は華火さまのものだと」
「え? ええ、言ったわ」
「……そして、華火さまもまた、僕のものだと」
「そうね、言ったわ」
「では……」
靴を脱がせ終わった双熾が、じっとこちらを見ている。
気まずいけれど、でも逸らすことなんてできない。
今の双熾を前に、目をそらしてはいけないと思った。
「何故華火さまは、プレゼントにご自分を選ばれたのですか」
「え?」
「誰に、贈られるおつもりなのですか」
だれに、って。
あのときの、私の言葉。
私自身すらよく意味がわかっていなかった、あの言葉は。
「……誰って、……双熾よ」
「!」
「……それ以外いないでしょう」
双熾にしてみれば、裏切られる寸前だったのかもしれない。
自分のものだと思っていた私が、誰かに贈られるのかもと、思ったのかもしれない。
「なぜ……」
「何故って、だって双熾、もうすぐ誕生日じゃない」
「たん、じょうび……」
そんなこと思いもしなかった。そんな顔で、双熾が呟いた。
私が最後に双熾の誕生日を祝ったのは、もう何年も前だ。
双熾と出会い、遊びに付き合わせ、そして別れ。蜻蛉の元にいた双熾とも、何年間も一緒だったわけじゃない。
彼の誕生日なんて、ずっと祝っていなかった。
「……覚えていて、くださったのですか」
「覚えているに決まっているでしょう」
「ーー嬉しいです、華火さま」
「!」
そっと、双熾が私を抱きしめ、ソファーの上に押し倒す。
痛くはない。でも驚いた。
彼の唐突な行動と、近くなった顔の距離に。
「双熾……」
「では、この格好の意味は」
「これは私もよくわかんないんだけど……野ばらが言うには、双熾のコスプレですって。私をプレゼントしたらいいって言われたのよ。どういう意味?」
「華火さまがプレゼント……。ふふ、それは甘美な響きですね」
「いや全然わかんないんだって……」
双熾と野ばらで何やら通じ合ったものがあるらしい。が、私には何一つわからない。
「今まで双熾にあげてきたものは、全部私があげたかったものだわ。貴方がほしがったものじゃない」
「そんな、とても嬉しかったのですよ」
「それでも。……だから今年は、双熾がほしいものをあげようと思ったのよ。なのに……」
なんでこんなことに。
はあ、と思わずため息をついた。
「……ここまで来たら、もう貴方に聞くのが確実ね。ねえ双熾、貴方は何がほしいの?」
「僕のほしいもの……」
「私がプレゼントって言ったって、私はもう貴方のものじゃない。意味がないわ。あの言葉も、この格好も」
「その格好はとてもよくお似合いですよ。……ですが、そうですね」
双熾がじっと考え込む。
あまり彼には物欲がないと思っていた。何を渡しても、不思議そうに受け取るだけだったから。
でもほしいものがあるのなら。それがいかに手が届きそうにないものでも、絶対にあげたいと思う。
彼に喜んでほしいと、そう思うのだ。
「……ひとつだけ、夢があるんです」
「夢……?」
「はい。……口約束で構いません。嘘でいいんです。ですが……華火さま」
きゅ、と私の体の前でそろえられた手が、握られて。
双熾がささやくように、呟いた。
「子供が欲しいんです」
「……!」
「……家族が、欲しいんです」
家族。
それはきっと、ただの願い事じゃない。
私には半分しかわからない彼の、もう半分の部分。
私の知らない生き方をしてきた彼が、その人生で欲しているもの。
何でそう思ったのかは知らない。わからない。
調べればきっとわかる。でも、双熾が話さないなら知らないままでいい。
ただ、私は。
「いいわよ」
「……ありがとう、ございます」
「……なあにその顔。まさか一時の嘘だとでも思ってるんじゃないでしょうね」
「え、」
「言っておくけれど本気よ。双熾と結婚するって言ってるの」
じっと目を見つめて言えば、双熾が狼狽えたように目線を揺らす。
自分から言い出したことなのに。つん、と高い鼻をつつくと、彼は肩を揺らした。
「貴方が望むならなんでもするわ。それに私、将来も考えずに恋人作るような無責任な人間じゃなくってよ」
「……ですが」
「まあ流石に今すぐってわけにはいかないけど。そうね……三月まで待ってくれる?」
「三月、ですか」
双熾が首をかしげる。
私は彼の瞳を、まっすぐに見つめた。
「龍泉の人間を納得させるには、いくら私でもそれくらいはいるわ。受験が終わってからとか、高校生のうちはとか、色々言われるでしょうから」
お父様もお母様もお兄様も、私には優しいけれど。
優しいというのは何も、無条件で何でも願い事を聞いてくれることじゃない。
だけど。
「でも貴方がそう願うなら、私は貴方の恋人として、その願い事を絶対にかなえてみせる」
「華火さま……」
「高校を卒業して、受験生を終えたら、……そうしたら」
声が震えそう。
だけど、こんな大事なことで、怯えるわけにはいかないのだ。
「籍を入れましょう。……それまで、待っていてくれる?」
最後だけ、少し自信のない響きになってしまったかもしれない。
できることなら今すぐ叶えてあげたい。彼の生まれたその日に願い事を叶えてあげたい。
でもいくら私でも、それは無理だ。世の中には不可能なことがある。
だけど。
「……いいのですか」
「ええ」
「……籍を入れたら、もう離れられないのですよ」
「あら、私と離れるつもりだったの?」
ふ、と笑った。
双熾のオッドアイに映る私は、不敵に笑っていた。
「私は貴方と離れるつもりなんて、とっくになくなってるっていうのに?」
彼がどんな人生を送ってきたかなんて知らない。
彼がそう願う裏に、どんな思いが隠されているかなんてわからない。
それでも、彼がそう願うなら。その裏の思いを知らなくたって、私は。
彼の恋人として、絶対に叶えようと思うのだ。
双熾が、目を見開いて。
そしてゆるゆると、まるで泣きそうな顔で、笑った。
「……はい。……はい、華火さま」
「うん、双熾」
「……嬉しいです。まるで、夢のようです」
「あら、夢にされちゃ困るわ。これからが本番なのに」
「ふふ……そうですね」
相手を幸せにしたいとこれほどまでに思ったことはない。
ただ、恐らく順風満帆ではなかったであろう双熾の人生が。
これからでも、少しずつでも、いい方向へ向かえばいいと思うから。
「約束ね、双熾」
「はい、華火さま」
こつ、と額を合わせて、目を閉じる。
私の思いが少しでも伝わればいいと、願いを込めて。
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Wisteria
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