伍・ヲ仕事
「だ、大丈夫でしょうか、秋声さん……。」
「とは言っても、自業自得だからね……。」
助手に辰雄を任命し、有魂書に秋声を送り込む。
秋声は今にも吐きそうな顔で潜書して行った。
事の発端は昨夜のこと。
あの後色々相談した結果、ピザ食べ放題の店に行くことになった。
メインのパスタを待つ間、翌日の助手と潜書担当者を決めて、食べ過ぎ注意との念を押した。
だが、秋声の希望で気まぐれにワインを頼んだ(彼には偽造した身分証を渡しておいた)ことがいけなかったのか、生前のことを色々と愚痴りながら食べきれるギリギリの量までピザを食べ、なおかつ酒にそこまで強くないせいかかなり酔っていたので、今朝のコンディションは最悪であった。
昨日の記憶はあるのだろう、僕はもうお酒飲まないと心に誓っているらしかった。
辰雄が気を利かせて交代を申し出たが、言ったからにはやると聞かなかった。
「ま、彼なら同じ轍は踏まないでしょうよ。」
「そうですよね……。」
暫くして、有魂書に取り付けられたタイマーが切れた。
ぱらりとページを捲れば、吐きそうな顔をした秋声が出てくる。
有魂書は彼女の手の中でひとりでにパラパラとページが動き出し、文字が浮かび上がってくる。青緑だった表紙の色が変わり、絵が描かれ、個性を持った一冊の本へと変わって行く。
「オッス、俺は菊池寛だ。」
「初めまして。どちらでお呼びすれば?」
「カンかヒロシか?好きに呼んでくれ。」
では、寛(カン)さんとおよびしましょう。
手の中の本を彼に戻しつつ、いつもの悪戯っぽい笑みで話しかける。すると寛は司書の全身にさらりと視線を流した。
側に控えている秋声や辰雄から見ても、彼女は実に女性的な、豊満な身体をしている方だ。ある程度鍛えているのだろう、無駄な肉はそれほど無い。
そして、その立ち姿は背筋をしっかりと伸ばし、自信に満ちている。あの初日の補修室の時のように。
そこに余裕気な笑みが加わっているのだ。本来であればまだ學生である年齢にはとても思えない。
「随分と気が強そうなお嬢さんだな。」
「それはどうも。」
どうやら彼女にとっては随分な褒め言葉だったらしい。目を細める仕草は彼女が心を許した人に見せるようだ、と作家としての観察眼が告げている。
「さて、3人ほど揃ったところで帝國図書館所属文士となった者のお仕事について説明するよ。」
まず司書はすべての特務司書に与えられた任務、そして彼女が特殊であるがゆえに与えられるであろう任務について簡単に話した。
先日のように諸事情により長期間司書がいない圖書館の手伝いや、悲しいことに無慈悲な司書によって文士たちが苦しめられている場合には制裁を下すこともある。
あまりにも苦しい思いをしすぎると、文士たちは転生し直したとしてもその苦しい思いを色濃く抱えて来てしまう。一番望ましいのはその圖書館で転生後のアフターケアを受けることだが、そのケースの大半はどんな形であれ『司書がいなくなった』圖書館である。
そういった文豪が確認された圖書館に赴き、そこでその文豪を転生させ、自分の圖書館に連れてくる。そうすることでその圖書館にはまた同じ文士であっても違う魂を持った文士が宿る。
とてもややこしい話ではあるが、要は全圖書館全文豪の最後の駆け込み寺のような働きもするのだ。
「またエライことをやってのけるなぁ。」
「まあ、これは依頼が来次第やることだ。私達が日常的にこなす任務がもう1つあってな。」
やたら神妙な面持ちで言い始めた桂花に、3人はゴクリと喉を鳴らした。
「で、そのお仕事がこれね。」
市販の胃薬を服用した秋声はワイシャツにジーンズというラフな洋装に着替え、ネームカードを首からぶら下げながら本を運んでいた。
そこには達筆な字で『徳井』と書かれている。
『もう1つの任務』は、『帝國図書館』の切り盛りだった。
裏では特務司書と文士の砦であるが、表向きは普通の圖書館であるために、怪しまれぬよう『図書館経営』をする必要がある。
因みに文士たちの顔は、司書であってもよくわからぬ何かでもって誤魔化しているらしく、他の圖書館でドッペルゲンガー現象が騒がれることは無いという。
場所によってはアルケミスト能力を持たない司書希望女性を軽く洗脳し、普通に働かせているところもあると聞く(勿論ちゃんと賃金は出る)ぐらいだ。文士は一般人にとって気づいていないだけで身近な存在なのだ。
そうして切り盛りされている圖書館ではあるが、彼らはペンネームは愚か、かつての本名そのままでの活動が許されなかった。当然だ。自分の著作のみならず伝記、果ては死後自分について書かれた書物を読んでいる人がいれば、本名などすぐバレる。そうでなくともインターネットが身近なこのご時世だ。『職員に古の文豪と同じ名前の人が多すぎる』と話題になれば本来の業務に支障を来す。
「徳だ……徳井さん、新書、ここに置いておきますね。」
「了解、堀……本くん。」
慣れない呼び方に四苦八苦だ。これでも慣れようと、できるだけ名前を呼んでいるのだ。
偽名を決める際、司書も立ち会っていた。彼らの時代感覚で決めると、どうも「ジジくさい」ことになりかねない。
秋声は、性は『徳』を残し、秋声と本名の末雄から『秋雄』とした(桂花は随分と渋々といった感じだった)。
辰雄はそのままもじったような『堀本辰樹』
菊池もまた然り、『菊川弘』
なんとなく変な気分だ。だが慣れればならない。彼らはカウンターで忙しく本の貸し出しを行う司書を尻目に、侵食の確認されていない本をそっと本棚にしまった。
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