■ まどろみのじかん

 カーテンの隙間から差し込む光で目を開けた影沼は、その瞬間に自分の居所を見失いびくりと心臓を跳ねさせた。
 どくりどくりと嫌な音を響かせる心臓を宥めようと、硬直した身体のまま視線だけを彷徨わせる。
 此処は、何処だろう。また<悪夢>だろうか……。

 見慣れた部屋とは違う間取り
 柔らかなベッド
 暖かな毛布
 ……自分の部屋とは違い過ぎる環境が、恐ろしい。


 しかし、怯える影沼の硬直は、すぐに溶けることになる。

「んー……京一さぁん……」

 もぞりとした動きを感じ、ようやく影沼は後ろに誰かが居ることに気が付いた。
 浅い眠りを示す声に合わせて、伸ばされた手が影沼のシャツをきゅっと掴む。
 少し遅れて、横になった背中に暖かくて柔らかい身体がぴたり、と押し当てられる。

 先ほどとは別の意味で、影沼の心臓はどきりと跳ね上がった。


 そうだ、昨日はなまえが出ている間の留守番を頼まれて……そのまま、帰宅した彼女と過ごし……泊まったのだっけ。

 思い出してしまえば、なんてことはない。
 見慣れないと思ったこの部屋で目覚めることも、実は初めてではなかったのだ。ただ、まだ慣れていないだけで。

 今しがたの不安と恐怖が嘘のように消え、かわりに広がるのは幸福感だった。

 こんな自分に「ただいま」と笑いかける誰かも、それに「おかえり」と返す自分も、
 食卓に並ぶ手料理も、誰かと肌を合わせることも、<悪夢>無しで誰かと眠ることも……どれも、少し前までの自分には考えられないことだった。

 それこそ<夢にも>思わなかった。
 ……こんなに満たされた心地で迎える朝が、この自分にも訪れるなど。


「……ありがとう」
 掴まれたシャツが引っ張られる感覚と、背中に感じる温もりが面映い。
 泣きそうになりながら、影沼京一は呟いた。



(2014.05.03)
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