■ 赤い首輪の犬

「……ほう、随分とよく似合っているじゃないか」

 嘲笑に耐えられず反射的に顔を伏せようとするも、くいと綱を引かれ首が突っ張った。顔を背けることも許さないと顔を覗き込まれる。

「おお怖い怖い……なんてな。そんな真っ赤な顔で睨んだって、迫力なんてないぞ」

 意地の悪い物言いで私を貶めながら男の手はゆっくりと身体を撫でていく。
 いやいやと首を振りかけるものの、動けばすぐに硬い革が皮膚に食い込むのだ。そうしてその感覚にびくりと動きを止める私を見て、いっそう楽しそうに笑うのだった。羞恥に襲われる私を眺めながら男はおもむろに服に手をかけ……すぐに手を放した。てっきりそのまま脱がされるのだろうと身構えていたため反射的に男の顔を窺ってしまう。

「いや、せっかくいい恰好なのだからすぐに脱がせては勿体ないかとな」

 にやにやと笑う男が握る綱は私の首に繋がっている。正確に言えばその綱とは他でも無い、私のこの喉元にはめられた真っ赤な首輪のリードのことである。

 そう、首輪だ。

 本日の私の格好。いつもと変わらないけれど、言うなれば"ちょっと綺麗目な普段着"という程度の装いの中でおかしいくらいに浮いているアイテムがこの首輪だ。でもって、その真っ赤な首輪から伸びたこれまた真っ赤なリードを手にして先ほどから意地悪く仕掛けてくるのはこれまたいつものことながらゲンスルーなのである。

「おい、犬。どうせなら犬らしく這いつくばって、ご主人様にご奉仕でもしてみろよ」
 ベッドに腰掛けた彼は当然のように前をはだける。そうやって軽く熱を持ち始めた自身を見せつけて、これを舐めろと顎で示すのだった。
「え、いきなりそんな……」
「おいおい、犬は人の言葉を話すのだったか? お前が口にする言葉は『ワンワン』だろうが。……まあ、いい。おいおい躾てやるから、まずはさっさと奉仕してみせろ」
「……ひゃん!」
 リードを引かれると拒みようがない。
 思わず姿勢を崩して前のめりになったところをこれ幸いと捕えられ、ぐいと頭を掴まれて股間に押し当てられた。そうなると当然ながら男のものを頬や鼻先にぐりぐりと擦りつけられる格好になるわけで……勿論、ある程度は自覚していたところだけれど、でもやっぱりこれって、今の私って、もの凄くいやらしい格好なんじゃ……?

 頬に遠慮もなく押し当てられる硬い感触と鼻腔に広がる雄の臭い。眩暈を覚えるままに力を抜けば、無意識のうちに涎が分泌され、気がつくころには咥内が口淋しさを訴え始めていた。
 そうなれば後はもう簡単だ。無理やりどころか自分から、頭の位置を調整してゆっくりと舌を這わせるのみである。次第に硬さを増す男根に愛しさすら感じながら、舌を絡めて咥内へと導いていく。

「……さすが犬だな。躾けるまでもないってか。確かに舌遣いは上手いもんだ」

 そう言って頭を撫でられるのは悪い気はしない。なんだか本当に犬になったかのような気になって、すんすんとまた雄の臭いを深く吸い込み、いっそう舌を遣ってしまう。
 ああ、今本当に耳と尻尾が生えていたらぱたぱたと動いてこの感情を表してしまっていたに違いない。こんないやらしいものを頬張りあからさまに喜ぶような、恥ずかしい私の内心が包み隠さず知られてしまうのだ。そう思うとなんだか、耳と尻尾がなくてよかったような、残念なような……不思議な気持ちになってしまう。

「なぁ、なまえ」
 どれくらい舐めていただろう。時折、喉深く差し込み過ぎて嘔吐きながらもその苦しさすらも心地よく、ついつい夢中になって舐め続けていたから時間の感覚もあやふやだ。
 快感でどろどろになった意識のままいつの間にか込み上げていた涙を拭くこともせず、不明瞭な視界を探っていた私を男の声が引き上げた。半ば朦朧とする頭で見上げれば……快楽に滲む視界の中、歪んだ口元が意味する感情を本能で悟る。

「なあなまえ、犬は……ミルクが好きだったかなぁ」

 降ってきた問いに、びくりと背筋が震えるのが自覚できてしまう。
 ゆっくりと、惚けた頭がその言葉を咀嚼するよりもずっと早く、夢中でコクコクと首を振ってしまう。
 勿論、頬張った状態なので小刻みな動きになったのだけれど。
「そうか。そんなら、腹ペコの犬には餌をやらないとなあ」
 その嬉しそうな声にきゅんと胸が高鳴った。予告された瞬間に身体の奥もきゅんと疼いた。何が待っているのかなんてことは明らか過ぎる程に明らかだ。期待と高揚のままに、奉仕の勢いも増してしまう。この男の好みも弱い所も、すっかり覚え込まされているのだからお手のものである。
「いいぞ、なまえ……零すなよっ」
 頭に添えられていた手に力が込められ、押さえつけられた。
 小さく抑えた声を聞いたと同時に、咥内にどろりと甘苦い液体がびゅくびゅくと吐き出される。

 こくり、こくり……こくり。

 苦くて、でも不思議とどこか甘い体液の味とにおいに、身体を内側から外側からおかしくされてしまう。
 そしてまた、幸か不幸か。飲み込む瞬間ぶるりと全身に走った快感を誤魔化す術など、私は持たないのだ。
「おいおい、本当に飲んじまったのか? まったく、せっかく『待て』を教えるいい機会だったというのに、残念だな」
 残念だ、なんて口にするくせにその顔はとっても機嫌がよろしい時のそれだから嬉しくなってしまう。

「嬉しそうに飲み干して……お前は本当にいやらしい犬だな」
「……わん」

「……ああ、そうか。そう言うようにと言ったっけな」

 ……うわぁ。せっかくご希望に沿わせたというのに、そんな微妙な顔を返さないでほしいんだけど。
 恥ずかしくて気まずくて居た堪れなくなった空気を誤魔化すように、えいや!とゲンスルーに飛びついてそのままベッドへ押し倒す。
「おい、なんだ突然……おいっ……むっ……」
 それ以上の反応など微塵も気にかけず、ゲンスルーの首筋に口付けた。本当は唇に行きたかったのだけれど、さすがに飲んだばかりのお口では可哀想かな……と一応気を利かせてみた次第である。もっとも、こんなところ誰も評価してくれないだろうけど。
 男の皮膚を唇に感じながら、火照った身体を押しつける。当然、空いた手では男の服をはだけさせつつ、自分の服にも手をかけていた。

 どんどん布が減る身体で、角度を変え重さを変え男の身体を撫で上げていく。
 気が付けば、放出の余韻に浸っていたはずのそこはまた硬くなり私の腹を押し上げていた。

「やーらしい犬だな。ザー汁たっぷり飲ませてもらってすっかり発情しちまったのか」

 レースの下着と赤い首輪だけを身に着けた私の下で、いい格好だとゲンスルーが笑った。うん。私もこの格好は凄くいやらしいって思うよ。さっきまでの格好以上にいやらしくて、あからさまで……そしてそんな格好をしている自分にも凄く興奮する。伸びて来た手に下着の上から乳首を探られ、きゃんと声がこぼれ出る。
 ああ、でも足りない。もっと、強く、もっと、ぎゅって。

「ああ、お前はこんなじゃ足りないんだったなぁ。安心しろって。ほら……ちょっと触ってやればこの通り、やらしい乳首がこんにちは、だ」

 ずれた下着から盛大に零れ落ちた乳房は我ながら扇情的であり、ゲンスルーのお気にも召したようだ。
 期待通りにぎゅっと摘まんで捻り上げてもらえると嬌声が止められない。ついでに、疼く腰も止められない。快楽の芽と唇を擦りつけると、それだけでぼうっと快感に包まれる。ああけれど、それでも足りないのだ。もっと、奥まで──
「こら、なに勝手に入れようとしてやがる」

 なのに、男はひょいと腰を引いてしまった。

 ええええ……と不満を訴える前にゲンスルーはその逞しい腹筋の力で身を起こしていた。そして対面座位の体勢になったかと思うと、くるりと身体を入れ替えられ……気が付けば背中に男の熱を感じている。ゲンスルーが何を考えているのかわからない私は、ただされるがままだ。

「……え?」
「犬の交尾は、バックから……だろう?」

 ぐいっと腰を持ち上げられ、下着を引っ張られる。何も理解出来ないうちに、隙間から大きくて熱い塊が身体の内側へと押し入ってきた。そういえばここに至るまで穴自体は触られてもなかったというのに、すんなりと男を飲み込み快楽を伝えてくれるのだから我ながら大したものだと自画自賛する。これはご褒美をあげないと。いや、ここはこの男にご褒美をねだるところか。だって犬だもんね。
 襲い掛かる質量と快感に耐えられなくてベッドに顔を押し当てると、窮屈な喉元で固い首輪が存在を主張してくる。ああ、なんていやらしい。自分でも呆れるほどに単純に、熱い息が漏れていく。
 慣らさなくてもコレかよ、なんて声が聞こえた気がするけれどとりあえず聞こえなかったことにしておこう。下着が一枚駄目になってしまったことも、今は問題ではない。


 上半身をベッドに埋めて、お尻を突き出すようにして。
 リードを引っ張られて、四つん這いになりながら。

 体位を変え角度を変え、大きくて硬くて長い、いつの間にかすっかり私の中に合うようになってしまった熱で突かれに突かれしっかりと躾けられ……何度目かの絶頂を迎えてそれでも容赦なく突き続けていたゲンスルーが、不意に動きを緩めて囁く。

「今度は、中に飲ませてやろうか?」

 何を、なんてことは聞かなくてもわかる。

「下さいっ! 中にっ! 中に、ミルク飲ませて……! いっぱい、いっぱい、お腹いっぱい飲ませてぇ!」

 放出前のあの独特の激しい動きに変わった挿入を、身体が喜んでいるのがよくわかる。くぱくぱと精を欲しがる子宮が、絞り出そうとうごめく膣壁が、脳髄を甘く震わせる。
 出して、出して、出して。それしか考えられなくなった身体に応えるように、程なくして念願のあの確かな質量が中に広がる。
 流れ込んでくる液体とびくりびくりと震える男根が与えてくれるのは、とてつもない幸福感と快感で……それだけで私はまた絶頂を迎え、今度こそ満面の笑みで意識を手放してしまえたのだ。




「……ったく、これで満足したか。まったく、変なもの用意しやがって」
「……うーん、まあ、その、せっかくのリードなんだし……なんかもっと縛ったりとか鞭みたいにしてとかも……その、あってもよかったんじゃとは思わないことも……」
「……生憎だが、俺はお前みたいな変態趣味は無いんでな」
「あ、酷い! だったら大人しくゲンスルーが首輪をつけてくれたらよかったのに! 絶対ゲンスルーに似合うと思って買ったのに!」
「煩せぇ! 付き合ってやっただけでも感謝しろこのド変態が!」



(2014.06.08)