シュガーを溶かして
「もう一回150Wで30秒チンして」
パタン ピッピッ ブゥゥーーン
ここまでは順調かな、一回作ってみたかったんだよねシュガーバターパン
高専内、学生寮の共有キッチン
今日はせっかくの休日なので、前からチャレンジしてみたかった簡単レシピのパンを作っていた
キッチンはあまり広くはなく設備も充実しているわけではないが、このレシピならオーブンレンジがあれば十分
失敗しないように電子計量計は自分で用意して持ってきた
「えっと取り出して生地を8等分にして成形して...」
生地がほんのり暖かくて、もちもちぷにぷに
なんだか成形するのも楽しくなって笑顔になってしまう
「なにニヤニヤしてんの?」
「きゃっ!」
そんな時だった、背後から気配もなく話しかけられ悲鳴を上げる
後ろを勢いよく振り返るとそこにはゆるっとした紺色のルームウェアを着た五条先輩が立っていた
「五条先輩っ!びっくりしました」
「あーわりぃ、んでなにしてんの?いつもに増してゆるい顔してるけど」
「ゆるい顔ってひどいです...」
「え、ちがっ、その、ホッとするっていうか癒されるっていうか!悪い意味じゃねぇから!」
そんなに変な顔だったかな...
ちょっと憧れてる先輩にそう言われると気になってしまい眉が下がってしまっていた
でもすぐに五条先輩が手をワタワタとさせ、そっぽを向き大きな声で否定する
単純な私はそれに安心してまたつい笑顔になった、やっぱり先輩は優しい人だ
入学してすぐは辛辣なことを言われることもあったが、その裏にはいつも私達下級生を気にかける部分があり
その厳しい中にも見える優しさを知ってからは尊敬できる先輩に
そのうち笑顔を見るようになったら淡い気持ちを向ける存在になった
やっぱりそんな人にはなるべく変なところを見せたくはない
「そんで?」
「あぁ、実は今パンを作ってたんです」
「パン?ここで作れるもんなの?」
「オーブンレンジで作れる簡単レシピなので、実は初めて作ってみてるんですが」
止まっていた手を再開し、成形した生地を再度レンジにかける
「なるほどね、初めてか......なぁ出来たら俺にも頂戴?」
「え!でも本当に初めてで、うまくできるか」
「それでもいいから、つか出来るまで俺もここにいる」
「うー、いいですけど保証はしませんよ?」
「いいよ、それにお前が作ったってのが大事だから」
「?」
そういうと先輩はキッチンの横にある食べるためのスペースに移動しイスに座る
そのままこちらを見てくるものだから一人で作業してる時より緊張してしまう
視線を気にしながら私は天板に生地を並べ濡れ布巾をかぶせる
「先輩、今から15分ほど発酵なのでよかったらなにか飲み物用意しますか?」
「いいの?」
「ココアかホットミルクでいいなら」
「あーならホットミルクで」
「分かりました!」
私もホットミルクにしようかな
ミルクパンを取り出し牛乳を注ぎ入れる、湯気が出始めてたらお砂糖を用意して
ふつふつとしてきたらお砂糖を入れた
五条先輩は甘い方が好みのようだからいつもよりちょっと多めに
くるくるかき混ぜ沸騰しきってしまう前にマグカップにミルクを移す
「どうぞ!」
「サンキュー」
テーブルにマグカップを置くと、私もまだ時間があったので向かいのイスにお邪魔することにした
「うま」
「よかったです」
「でさ、なんのパン作ってんの?」
「シュガーバターパンです」
「シュガー?ってことは甘いパンか」
五条先輩の目がサングラス越しでも輝くのが分かった
それを微笑ましく思いながら私も一口ホットミルクを飲んで口を開く
「はい、私菓子パンが好きで自分でも作ってみたくなったんです、それでレシピを見てたら簡単に作れそうなのがあったので今日初挑戦中です!」
「なるほどな、うまくいくといいな」
「はい!」
五条先輩に応援され俄然やる気が出てきた
そろそろ発酵も終わったはず、続きを作るため私はキッチンに戻った
―
「出来ました!」
あの後無事焼き上がり、焼きたてのシュガーバターパンが目の前に並んでいる
「うまそうじゃん、食べてもいいか?」
「どうぞ召し上がってください!」
二人ともパンを一つ手に取り同時にかぶりつく
「!自分で言うのもなんですがこれはいい出来なのでは!!」
「うまい!いいじゃん、これ」
初めてだがいい出来にまたにこにこしてしまった
これなら同期にもおすそ分けしても良いかもしれない!
「まだ残っている分を伊地知くんにも分けてあげようかな」
「あ゛?...だめ俺が食べる」
「え?でも結構焼いちゃいましたよ?」
「こんくらい余裕だから、だから誰にもやるな」
「え、あの」
わざわざサングラスをずらして真剣な目で見つめられる
ただパンを気に入ってもらっただけだと思う、でもその目に私は頬を染め下を向いてしまう
「わかったな、今後も何か初めて作る時はまず俺にもってこい」
「でも」
「わかったな」
「...はい」
念をおされつい頷いてしまう、五条先輩どうしたんだろう?
私はまだ火照る頬を冷ますことが出来ず下を向いたまま頷くことしかできなかった
その後五条先輩は本当に全部食べきり後片付けも手伝ってくれた
「これで終わりだな」
「はい、片付けまでありがとうございました」
「気にすんな」
改めて考えるととても贅沢な時間を過ごしてしまったかもしれない
五条先輩と二人っきりでこんなに長くいたのは初めての経験だ
「そんじゃ俺部屋戻るわ、明日任務入ってたろ、気をつけろよ?」
「はい!気を付けます!それじゃ私も部屋に戻ります」
「おう、そんじゃ」
先輩が手を振りながらキッチンから出ていこうとする
だがふと足を止めると少しだけ振り返り
「......いいか、もう一回いうけどお前の初めてを食べるのは俺だから、覚えとけよ」
そういうとまた前を向いて出て行った
「え、...食べ物の、事だよね?」
どうやらまだ私は部屋に戻ることが出来ないみたいだ
こちらを向いた五条先輩の青い瞳にあった砂糖を煮詰めたような熱く甘い目を忘れるまで
厳しい怖い先輩は尊敬できる先輩に
尊敬できる先輩は憧れの先輩に
憧れの先輩は淡い気持ちを向ける先輩に
そして淡い気持ちを向ける先輩は私の中で今日恋心を向ける先輩に変わった
―
そのころ男子寮、夏油傑の部屋には
「あぁ゛!つい言っちまった!大丈夫だよな!引かれてないよな!!」
「伊地知におすそ分けしようとしたのが許せなくて最後の最後に、か、悟らしいね」
「しかたねぇだろ!だってあいつにっこにこに笑って可愛いが爆発してるわ、食べる姿はエロいわ、こちとらずっと我慢してるのに二人っきりで危機感ないわ!!」
「多分大丈夫さ、彼女の気持ちが向いてきてるのは感じてたんだろ?」
「そうだけど...頑張ってかっこいいって思われるようにしてたのに...明日からどんな顔すれば...」
「とりあえず避けるのだけはやめな、あの子傷つくよ」
「おう...」
「そしてこれからは攻めてみよう、ああいうタイプの子は押しに弱い」
「攻める...押しに弱い...傑、俺頑張るよ...」
顔を赤くしながら落ち込むという器用な真似をする最強がいた
「...あほらし」
女性側のアドバイス役として呼ばれた家入硝子はそれを見ながら煙草を吸った
2025 03.05