主に半兵衛受けのお話が多いです。

渇き 4


渇き 3の続き、秀吉+半兵衛

整えられたベッドの上で膝を抱え、半兵衛は物思いにふけていた。あれから数日経ち、幾度か信長が訪れることもあったがそこに「猿」と呼ばれた男はいなかった。誰かと寝る度に、あの日以来感じることのない、体の底から湧き上がるような熱を思い出す。性行為に快感を覚えなくなったわけではないが、あの燃えるような感覚は未だ訪れない。恐らくあの男がいなければ、そう思ってはいたが決してそれを望んでいるわけではなかった。あれは何だったのだろう、と少し不思議に思うだけで。
『重治、これから来る客で今日の仕事は終いだ。丁重にもてなすように』
不意に発せられるスピーカーからの声にはい、と短く答えてベッドから足を下ろした。「丁重にもてなせ」という言葉はこれからの客が新規の人間であるという意味を含めている。出迎えのために扉へ向かい、少し離れて床に正座をする。そして外の方からガチャリと鍵を開ける音が聞こえ扉がわずかに開かれると半兵衛は両手を膝の前につき、ゆっくりと頭を下げる。
「初めまして、重治と申します。今夜はよろしくお願い致します」
美しく耳に心地よい声で挨拶をする。
「うむ」
素っ気なく返された声に聞き覚えがあり、半兵衛は顔を上げた。そして自分を見下ろす男と目が合った瞬間、思わずあ、と声を発してしまい慌てて手で口を塞いだ。
「構わぬ、気を遣うな」
そう言って男は部屋に足を踏み入れ、未だ床に正座する半兵衛の腕を引きスッと立たせた。半兵衛より遥かに高い背丈から注がれる視線の源は燃えるように紅く、心臓はあの時のように忙しなく音を立て始めた。それを抑えようと胸に手を当てるが大した効果は得られない。そしてしばらくどちらも言葉を発せず無言の時間が続いたが、扉の閉まる音を合図に半兵衛は口を開いた。
「あの、お久しぶりですね」
「あぁ」
「今日はお一人ですか?」
「あぁ」
口元に笑みを浮かべて問うが返ってくる答えは非常に短いものだった。今までもこのように寡黙な客は何人もいたため特別珍しくもないのだが、どうにも今日は半兵衛自身も緊張してしまい上手く会話を繋げられない。そこで、ふと思った疑問を投げかけてみた。
「先日は、その、こういうことには興味なさそうだったのに……今日はどうして?」
「……」
失礼のないようにと言葉を選びながら問う。自分より低い背丈をじっと見下ろし、少しの沈黙の後男は口を開いた。
「お前に興味がある、というところだ」
「……そうですか」
整った顔を緩めて半兵衛はくすりと笑った。何故だか湧き上がる嬉しい気持ちと、若干の失望を胸に抱きながら。結局この男も他の客達と同じなのかと、求めるものは結局この身体なのだと、そう思った。すると男は不意に半兵衛の身体をひょいと抱き上げた。
「ちょ、え!?」
「来い」
返事をする間も無く身体は宙に浮き大きな腕の中へ収まった。所謂「お姫様抱っこ」というものをまさか男である自分がこの歳で経験することになるとは思いもしなかったが、争う理由もなく大人しく腕に体重を預ける。そのまま男はベッドへと足を進め、整ったシーツの上に半兵衛を寝かせた。これから行われることはよく知っている。まず男は半兵衛に馬乗りになり、口付けを落とし、首、胸と身体中に愛撫を施すのだ。目を閉じてそれらの行為を待っていたが、身体にかかる重さは予想以上に軽いもので半兵衛は不審に思った。目を開くと身体の上にはふわふわの布団が掛けられていた。
「あの……これは、一体……」
半兵衛に背を向けてベッドの端に腰掛ける男に視線を向けるが、こちらに振り向きもせず、あの時のように腕を組みただそこに座っているだけだった。
「僕にも仕事というものがあるのですが」
「客を満足させるのが仕事、であろう?」
「まぁ、はい」
「ならばこれでよい、我は満足しておる」
「はぁ」
新しい趣向かと首を傾げたが、流石にこれでは申し訳ないと思い半身を起こす。向けられた背中に戸惑いながらそっと手を伸ばすがそれがたどり着く前に男は呟いた。
「竹中半兵衛、だな」
伸ばした手は背中に届かず空中でぴたりと止まる。背中の空気が明らかに変わったことを感じとり、男は振り向いた。固まった手を下ろすこともせず、半兵衛は瞳を丸くさせる。何も言わないのを良いことに男は伸ばされた白い手を握りもう片方の手で包み込んだ。常人よりも細く骨が浮いた冷たい手を温めるように優しく。そして未だ驚きを隠せないでいる顔を見つめ、口を開いた。
「あぁ、やはり竹中半兵衛だな。以前よりもやつれているようだが……」
顔と細い手やそこに繋がる腕などを見ながら独り言のように呟く。そんな男から思わず半兵衛は目を逸らした。
「人違いです……僕はそんな名前ではありません」
「いや間違いない、写真と全く同じ顔だ」
「写真……?」
何の写真かと問う前に男はポケットから携帯を取り出し一枚の画像を見せた。そこには懐かしい会社の前で入社したばかりの自分とかつての同僚、上司、そして政宗が写っていた。半兵衛は再び目を丸くしたが今度はすぐ落ち着き、隠すことを諦めたのか黙って頷いた。
「どうしてそれを……」
「我の部下が伊達の社長と知り合いでな、打ち合わせも兼ねて食事へ行った時、聞かれたのだ。この男を知らぬかと」
「政宗君が……」
「とても深い仲だったのだな」
かつてであるが自分の上司を君付けで呼ぶことと、社長自らが必死に部下を探しているあたり、そうではないかと男は勘付いていた。
「僕がここにいること、政宗君には?」
「まだ伝えてはおらぬ、今日まで確信が持てないでいたからな。だが、お前が好きでここにいるのなら伝えぬ、どうなのだ」
「好きで、か……どうなんだろうね」
まるで他人事のようにくすりと笑う半兵衛を男は不思議そうに見つめていた。
「……もし、嫌でなければ話してはくれぬか」
「僕のことを?」
「あぁ」
「でも、あの、一応お金払って来てくれてるんですよね?僕、結構高いと思いますし……」
自分で言うのもどうかと思ったが事実それだけの価値があることは自負している。身体を重ねることが自分の勤めなのに会話をするだけというのは罪悪感を感じずにはいられなかった。だが男はそんなこと、と鼻で笑い、話を続けてくれと言ったのだ。
「言ったであろう、お前に興味があると」
「ふふ、変な人ですね」
「秀吉だ」
「え?」
けらけらと無邪気に笑う半兵衛に微笑みながら、男は名乗った。突然の挨拶にきょとんとする半兵衛にもう一度言い聞かせるように男は名乗る。
「我が名は豊臣秀吉」
「秀吉、さん?」
「秀吉でよい、敬語も要らぬ」
優しい声色で秀吉はそう言った。
「分かった。秀吉、だね」
「うむ」
「それで、何故このタイミングで名乗ったんだい?」
「人のことを聞く前にまずは自分のことをと思ってな」
「へぇ、律儀なんだね」
再び半兵衛はけらけらと笑った。つられて秀吉も笑う。部屋の殺伐とした雰囲気に似合わない空気が二人を包んだ。そして改めて姿勢を正し、半兵衛は口を開く。
「僕は僕を必要としてくれるところにいるだけなんだ。でも政宗君にはもう僕は必要ない、きっと随分前からそうだったんだよ。でも、政宗君の弱さと優しさに僕は甘えて……結局こうして彼に迷惑をかけてしまったね」
心を許したのか、穏やかな口調で半兵衛はこれまでのことを語り始めた。政宗は半兵衛へ好意を抱き側に置いたが、それは愛だとか恋だとかそういうものからではなかった。それは母親から与えられなかった愛情への飢えからだった。母親に向けた愛情はその容貌のせいか拒絶され、父親は仕事で忙しく幼少期はとても孤独であった。大人になってからもそれは変わらなかったが、ただ一人政宗の気持ちを受け入れた人間がいる。それが半兵衛だったのだ。若く不器用な政宗の思いを受け入れ、身体も心も許し、仕事もプライベートも支えてくれる半兵衛に政宗は酷く依存した。その証拠に結婚してからも半兵衛のことを手放すことができず、ズルズルと関係を続けてしまっていた。だが半兵衛は知っていた、もう自分などいなくとも優秀な部下達や賢い妻が彼を支えてくれることを。
「僕がいなくても彼はもう立派にやっていける、なのに僕は……彼に依存されることが心地よくて、嬉しくて、彼を縛り付けてしまった。今僕がここにいることは彼から離れる良い機会だったと思うんだ」
この環境にいることを良いことだと平然と言ってのけることに秀吉は驚いた。そして政宗の会社からこの店へ来ることになった経緯も聞き、なおのこと驚いた。
「それで、お前はここにいたいのか?」
「そうだね、松永殿が僕を必要としているならここにいるよ。出て行く理由もないしね」
そうか、と呟くと秀吉はそれ以上追求することはなかった。それっきりこの話は終わってしまった。すると、半兵衛はもう一つ疑問に思っていたことを問うてみた。
「ねぇ、何故僕をベッドに?話すだけならそこに座ればいいのに」
そう言って部屋に置かれたソファを指差す。
「それも言ったであろう、やつれていると」
「うん?」
半兵衛はいまいち分からないという顔で首を傾げる。そんな半兵衛にはぁ、と小さく溜息をついた。
「休めということだ」
さも当たり前だという顔で秀吉は言い切った。その言葉に半兵衛はきょとんとしていたが、数秒後には腹を抱えて笑いだしてしまった。
「それじゃあ僕は給料泥棒だ」
「よいのだ、我がそれでよいと言っているのだからな」
「ふぅん、本当に変わってるね、君は」
客が来ているのに仕事もせずに自分は横になるなど滑稽で仕方なかった。だが仮に仕事をしようとしてもこの男は頑なに拒むであろうことはこの短時間でとてもよく理解していた。
「今日のお金は、受け取らないように言っておくよ」
「いや、構わぬのだ」
「僕が構うんだ」
それでいいよね、ときっぱりと言い切られては秀吉も反論することができなかった。恐らく松永の性分からはなかなか難しいと思われるが、それでも説得しようと半兵衛は心に決めていた。
「ねぇ、次は君のことを話してよ」
ぼすんと枕に後頭部を埋めて、寝る前の絵本を読んでもらう子供のように強請った。
「休めと言ったではないか」
「こうしているだけで楽だよ。それに寝れないんだ、この時間は」
夜に起きる日が続きこの時間はどうしても目が冴えてしまうのだ。だが、客一人相手にするのとしないのとでは身体への負担はかなり違う。そのため半兵衛は今の状況を心から楽だ、と言っているのだった。そしてその晩、残された時間の全てを使って秀吉は半兵衛に話を聞かせた。半兵衛にとってはこの店へ連れて来られて以来、初めて過ごす穏やかな夜となったのだ。あの時身体を熱くさせた真紅の瞳が、とても優しく温かいものに感じた。

To be continued...

今回は半兵衛様と秀吉のちゃんとした「出会い」ということで。

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朝顔の夜