主に半兵衛受けのお話が多いです。

心酔


戦国、幸半、モブ半、三半

真田家から人質として大阪城に送られた真田幸村は昼も夜も時間さえあれば城の中を巡り歩いた。父である真田昌幸へ城の内部を伝えるためでもあるが、何より自分の知略を磨く良い機会にもなると思っていたからである。幸い幸村は秀吉に気に入られ、城の中をほぼ自由に歩き回る許可を得ている。さすがに天守閣や秀吉やその重臣達の部屋に近寄ることはできないが、それでも十分だった。

とある晩、床に就いた幸村はなかなか寝付けずにいた。天井の節の目を数えても、何度寝返りをうってみても全く眠気を感じず、ついに半身を起こし大きく溜息をついた。
「これは参った…」
部屋にいても特にすることはなく、それならばと再び城の中を徘徊することに決めた。手燭の中に明かりを灯し、着流しのままそれを手に静かに部屋を出た。
今や天下は豊臣軍が治めつつある。その力の象徴である大阪城は巨大であり堅固な城だった。今時夜分にこの城に忍び込もうなどと考える者もなく、大阪城の夜は静かで穏やかである。豊臣軍の圧倒的な兵力もだが、こうして誰もが安心して寝静まることのできる城を築いた、そんな些細なところにすら幸村は感銘受けていた。
ふと、そんなことを考えていると一つの好奇心が頭をよぎった。今まで行ったことのない重臣達の部屋である。見張りの兵はほとんどが城門に配置されているため部屋の前など守る者は居ない。この時間には小姓1人すら付いていないであろうことは確実だった。
「うむ…行ってみるか」
この状況と様々な可能性を混ぜて考えた結果、幸村は小さく呟いた。そして今まで行ったことのない領域へ意気揚々と、しかし忍び足で向かって行った。

*****

まず最初に一番興味のある秀吉の部屋へと向かったが、まだ部屋の中でには明かりが灯されており、誰かと会話をしている声も聞こえたため、あまり近づくことはできなかった。諦めて次に向かったのは、秀吉の右腕である竹中半兵衛の部屋。手燭の火が少し小さくなりつつあるが城の図面は頭にあるためそれほど苦労はしないだろうと考えた。秀吉の部屋からは少し離れた場所にそれはある。部屋からやや遠目の廊下へ隠れ、ちらりと中の明かりを確認すると幸い部屋の中は蝋燭一つ灯しておらず真っ暗だった。幸村は心の中で「よし」と拳を握った。上手くいけばあの天才軍師の部屋の中で戦の兵法に役立つものが見られるかもしれない、と今度は大胆にも侵入することまで企ててしまった。床の木を軋ませないよう慎重に、一歩一歩と足を踏み出していく。自分の気配と音を殺すことに夢中になる幸村だったが、そこで何やら音が聞こえることに気付いた。
「…、…」
「………、…」
「…話し、声か?」
耳を澄ませればそれは音というより声であると気付く。それも二人分。ここまで来ては戻るより暗がりで行われる会話の内容を聞いてみたいと思い、改めて気合いを入れ直し幸村は足を進める。好奇心と若さからか見つかって叱りを受ける危惧より気になることへの追求の方が勝ってしまっていた。徐々に部屋に近付きもう少しで部屋の一番端の障子戸に辿り着くというところで、はっと気付く。中から聞こえるこの声の意味を。その瞬間、額にも手にも汗が滲み、思わず喉を鳴らして唾を飲む。
「あ…あっ……は、ぁ…っ」
部屋から聞こえる甘い声。それは紛れもなく、いつも秀吉の隣で凛と立つ軍師、半兵衛のものだった。普段のように落ち着き物腰柔らかな声ではないが絶対に違わぬという確信が持てた。
「っ…半兵衛、様…」
もう1つの声は聞き覚えのないものだった。だが一体相手は誰なのか、そんなことは至極どうでもよかった。
「しまった…」
今更ながらあの時戻ればよかったと心の底から後悔をした。許されていない場所の徘徊よりも、重臣の情事を覗き見していたということが知れれば罰よりも幸村の信頼が地の底に落ちかねない。
「どうする…今からでもまだ…」
そう呟き来た道を振り返るが、部屋から聞こえる熱を帯びた声が幸村の足を踏み止めていた。駄目だ駄目だ、そう念じるのに既に腕は戸の端に添えられていた。片手に持っていた手燭からは明かりが消え、月明かりも幸村に味方したかのように彼を照らすことなく差していた。廊下の暗がりと幸村の身体と影が一体化する。今なら中から人影が見えることはない、そう思い指先を唾で濡らすと仕切戸の紙に小さく穴を開け、そっと中を覗き込んだ。
「い、ああっ…あっ、そこ…いいっ…んぁっ」
「っ…ええ、存じ上げて、おります…っ」
ここまで近付くと声は鮮明に聞こえ、目の前の光景は鮮烈に映った。更に、景色を映してしまえば今まで聞こえなかった小さな音すら耳に入ってくる。熱を帯びた甘い声、肌と肌がぶつかり合う音とそれに合わせて鳴る粘着質な水音。それらの要素だけで幸村は身体が熱くなり、特に下半身には思わず手を伸ばしてしまいそうなほどの熱を持たせてしまっていた。それでも視線を外すことはなく、より一層目を凝らす。暗がりに目も慣れてきて中の人影をややはっきりと認識できるようになってきた。身に纏う物を全て寝具の外へ放り出し仰向けに寝転がる男。その男に跨り懸命に腰を振る半兵衛もまた一糸纏わぬ姿。白い身体が上下に跳ねる度に柔らかい銀髪が宙を舞い、煌めいた。細い腰を両手で掴み男が下から思い切り突き上げる。
「ひああっ…あっあぁっ…深、い…っん」
「お好きでしょう…これも…」
「んっあ…っす、き…あっあっ好きぃっ」
余程の快感らしく、半兵衛の口は開きっぱなしだった。端からだらしなく涎を垂らしているのに、そんな姿すら美しく妖艶に見えてしまう。突き上げる男は口元に笑みを浮かべながら、腹に添えられた白い両手を取り、半兵衛の中心へと導いた。
「さぁ…どうぞ、ご自分で」
その意図を汲み取り半兵衛もまた笑みを浮かべる。そして硬く勃ち上がった自らの肉棒を握り、戸惑うことなく扱い始めた。
「は、ああッ…んあっあぁっ…」
「っく…半兵衛様…そろそろ…っ」
「んんっ…い、よっ…あっ…きて…っ」
「はっ……っ、う…!」
「ひっいん…んんっ…っ、あぁぁぁぁあッ…!」
白い身体が大きく仰け反った。それと同時に握られた肉棒から白濁が飛び散り男と半兵衛の身体を汚す。だがそんなことは気にも留めず男は更に律動を続け、己の欲望を半兵衛の中へ放つ。そして一滴残らずその中へ注ぎ込もうと更に数回深く築き上げ、二人の身体がびくびくと震えた。
「んっ……う、ん…っ…」
「半兵衛様、こちらへ…」
男は半兵衛の手を引き、先走りと白濁で汚れた身体と身体を密着させ白い背中へ手を回す。抗うこともなく半兵衛はその逞しい胸板に顔を埋め、しばらく呼吸を整えるために動こうとはしなかった。
部屋に二人分の呼吸の音だけが響く。そこではっと我に返った幸村は咄嗟に仕切戸から目を離し、音を立てないよう細心の注意を払いながら逃げるようにその場から立ち去った。半兵衛の部屋から十分に離れたことを確認するや否や、全速力で自室へと向かった。よく見知ったはずの廊下が今日はやたら長く遠くに伸びているように見える。やっと自室へ辿り着くと転がるように中へ入り頭からばさっと布団を被る。下半身がじんじんと熱く疼き、胸はどくんどくんと忙しなく音を立て、走ったせいか頭も酸欠でくらくらする。眠くなるどころか見てはいけないものを見てしまい、その内容が幸村には強烈すぎてかなりの衝撃を与えていた。結局幸村はその日、朝日が昇り鳥のさえずりが聞こえてきても眠りに就くことができなかった。そして寝不足から目を赤くしたまま秀吉に呼ばれ朝議へと赴いたのである。

*****

ほとんど内容など頭に入らないまま朝議は終わり、ふらつく足腰を叱咤しながら自室へ向かう。今からでも寝てしまおうかと思いながら昨晩の情事を思い出し、しばらく寝付けそうにはないかと溜息をついたとき、背後から声を掛けられた。
「幸村君」
「はい…はいぃ!!?」
普段なら声だけで気付けるのだが今は考え事に夢中で振り向くまで気付かなかった。そして気付いた瞬間自分でも情けないほど上ずった声を上げてしまったのだ。「びっくりした」と目を丸くするのは昨晩男の上で乱れ喘いでいた半兵衛。覗き見の罪悪感もあり幸村は目が合わせられず視線を逸らしてしまう。
「も、もも申し訳ございませぬ!少し、あの、考え事を…!」
「はは、そんなに謝らなくてもいいよ。ただ君に渡す物があるだけなんだ」
そう言って落とされたままの視線の先に半兵衛はある物を差し出した。それを見て今度は幸村が目を丸くしてしまった。半兵衛のようにきょとんと可愛らしいものではなく、さーっと音が聞こえるのではないかというくらい顔色を青くし、開いた口からは言葉も発せられない程の正真正銘の絶句である。
「忘れ物、君のだろう?」
にっこりと笑いながらその手に持っているのは昨晩幸村が徘徊の時に持って行った手燭だった。
「あ、の……何故…これ、を…」
明らかに戸惑いを隠せない様子に構いもせず、半兵衛はその手燭を幸村の手の中へと収めた。そして怯えたように震える青年の胸元にそっと手をあて、真っ赤になった耳元で囁いた。
「今夜僕の部屋においで、そうしたら明日からはゆっくり眠れるだろう」
もちろん返事をする余裕などない。何も答えられずただ立ち尽くす幸村君にくすりと笑い掛け、半兵衛はその横をすっと通り抜けた。軽やかな足音は遠く消えていくのに、この心臓は一向に落ち着かず、それどころかどくんどくんとまた忙しなく動き始めた。

*****

夜、重い足取りで幸村は昨夜も歩いた廊下を辿る。それもそのはず、部屋に行けば恐らく昨晩の愚行を咎められ何かしらの処罰を与えられるだろう、そう考えるだけで気が滅入ってしまう。ここまで築いてきた信頼や立場を全て無駄にしてしまうのでは、考えれば考えるほど足が重くなった。ただ一つ疑問に思うのは、朝議の後の半兵衛の言葉。あの場で咎めることもできたであろうはずが「今夜部屋に来い」というのはいささか不自然であった。
「それにあの仕草…あれではまるで…いやいや!そんなわけがない!」
脳裏をよぎる不埒な考えを振り払うように頭を左右に振る。そしてぱんっと両手で自分の頬を叩き、覚悟を決めて半兵衛の部屋へと向かった。
「半兵衛殿、幸村でございます」
灯りのついた部屋を障子で挟み、幸村は声を掛ける。ほんの少し間をおいて「入りたまえ」と部屋の主から許しが出た。中に入ると敷かれた布団に背を向け机に向かう軍師の姿があった。
「すまないね、もう少しだけ待っていてくれ」
「…はい」
そう言って半兵衛は振り向もせず筆を走らせる。その様子から余程急ぎのものか重要な仕事なのだろうと思い、終わるまで黙って待つことにした。いつもと変わりのない半兵衛のその口調は、先程まであれやこれやと悩んでいた幸村の不安や焦りをすっかり落ち着かせてくれた。時間を持て余し、何気なく部屋を見渡す。飾り物などは全く置いておらず、作業をするための机とそのために必要な書物を置く小さな棚、そして寝るための布団とまさに必要最低限の物しか置かれていない。殺風景、そう思えるのだがそこにこの部屋の主がいるだけで生花でも飾ったように景色が違って見えるのだから不思議だった。香を焚いているわけでもないのにほのかに香る甘い香りも、恐らくこの主からのものであろう。女人のようとかつて揶揄されたのは、その容姿からだけではないのだろうと幸村は密かに納得した。
「さて、待たせてしまったね」
物思いに耽る幸村を現実に引き戻したのは物腰の柔らかな声だった。視線を戻せば、こちらに向き直りにこりと笑顔を浮かべ正座をする半兵衛がいた。
「い、いえ、とんでもござらぬ」
「では幸村君、何故君はここに呼ばれたと思う?」
「それは…その、昨夜…」
膝の上で拳を握り、俯きながら口籠る幸村に半兵衛はすすっと近付き、その拳を手に取った。そしてその拳を開くと自らの頬を添え囁く。
「昨夜…何?」
「…っ!」
はっと顔を上げ目に入ったその様子があまりにも妖艶で、思わずごくりと喉が鳴る。挑発的に見上げる紫の瞳が戸惑う栗色の瞳を捉えて逃さない。
「昨夜寝室で…覗いてしまったことへの、お咎めを…」
「『何を』覗いたんだい」
「あの…半兵衛殿が…」
「うん」
「何を」その一言で昨夜の情事が鮮明に思い出された。そして幸村の身体はかっと熱を帯び、呼吸まで荒々しくなってしまう。震える手は白く柔らかい頬に添えられ振り払うこともできない。詰まる言葉を必死に繋げて幸村は口を開く。
「半兵衛殿が…どなたかは存じませぬが、ある御仁と…」
「うん」
「御仁と…ここで、情を交わして…いらっしゃいましたところを…」
「うん、そうかい」
顔を真っ赤にして告白をする幸村とは正反対に、他人事のようにさらりと半兵衛は笑う。
「それで、君はどう思ったんだい?」
「どう、とは…」
「眠れなかったんだろう」
薄い口元が三日月を描き、空いた方の手を熱い頬に添える。そして少し腰を上げ、真っ赤になった耳元へ口を近付け囁いた。
「君も同じことがしたい、違うかい?」
続けて「好きにしていいよ」と吐息交じりの声が耳に響き、ついに幸村の理性は吹き飛んだ。細い腰をぐいっと抱き寄せ、白い頬に添えられた手を後頭部に回し薄い唇を奪う。鼻を掠める甘い香りが若い幸村を更に昂らせた。
「ん…っ…」
少し開いた口の中へ舌を差し込めば抵抗することなく受け入れられた。他人と口付けを交わすなど初めてのことであったが、どうすべきかなど考える前に身体は勝手に動いてしまう。無我夢中で唇を貪れば苦しそうな声が小さく漏れた。それでも止めることはできなかった。角度を変えて何度も何度も深く口付け、それでも抵抗しないのをいいことに小さな舌を己のものと絡め合わせる。口の端から溢れた二人分の涎が白い喉まで伝った時、ようやく唇を離した。
「はっ、ぁ…」
「…あの、半兵衛殿…某は…」
「分かっているよ、初めてなんだろう?男を抱くのは…あ、もしかして女もかな」
「うぅ…」
口付けをしながらなかなか押し倒そうとしないことからそうであろうと予想はしていたが、分かりやすく正直な幸村の反応を見て思わず半兵衛は微笑んだ。
「そんなところまで三成君と一緒だなんて、本当に仲良しだね君達は」
「い、いえそんな…!それは三成殿に、失礼ではないかと…」
「いいや、一緒だよ。本当に」
悪戯っぽくくすりと笑うと自分より遥かに逞しい腕を引き、幸村を綺麗に敷かれた布団の上へ導いた。そして仰向けに寝かせ、自分はその上に跨る。熱く硬くなった中心に手を添え、軍師は艶やかに笑う。
「さぁ、始めようか」

*****

薄暗くなった部屋の中で白い身体が跳ねる。その度に漏れる熱く甘い声と下半身から聞こえる水音が幸村へ更なる快感を与えた。
「あっああっ…は、あっ…」
「く、…っ…」
「そう…っ…んん、もっと…あっ…深、く…」
「こう、ですか…」
細い腰に両手を添え、言われた通りに突き上げる。熱い肉の洞窟の中は突き上げれば肉棒を包むようにうねり、引き抜けば名残惜しそうにきゅっと入り口を窄める。艶めかしい声が耳を支配し、下腹部に跨る白い身体が視界を支配する。
「はっあ…それいいっ……ん、あ…あっ!」
良い所に当たるのか深く突き上げればより甲高い声が部屋に響く。腰を雷の如く駆け上がる快楽に幸村は無我夢中で食らい付いた。額や腰を掴む手にも汗が滲み始め、呼吸も浅く早いものへと変わっていった。
「っ…半兵衛、殿……もう…」
「あぁ…ん、…おい、で…っ…」
切羽詰まった顔で限界を訴える幸村に半兵衛は微笑みかける。その場に似つかわしくない穏やかで優しい微笑みに幸村は見惚れた。きっちりと着込んだ着流しは腰に纏わりつく布となり、そこから伸びる白い身体に伝う汗が仄かな明かりに照らされ輝く。普段城の中で見かける軍師からは全く想像できないこの姿に幸村は更に興奮した。
「く……う…っ!」
「ひ、あっ…あぁぁぁぁっ!」
歯を食いしばり幸村は半兵衛の中で果てた。激しい突き上げと、中に広がる熱を感じ半兵衛も白濁を放つ。何度か身体を小刻みに震わせながら、2人はそのまましばらく余韻に浸った。お互い息が少し整ってきた頃、半兵衛は後孔から肉棒を引き抜こうと身体をゆっくり動かす。だがその瞬間ぐらりと視界は反転し、半兵衛の身体は布団へ沈んだ。視線の先にはまだ頬を紅潮させ熱に潤んだ瞳でこちらを見つめる幸村がいた。
「幸村君?…どうしたんだい」
「あの…大変、申し上げにくいのですが…」
「ふふ、じゃあ申し上げなくていいよ」
後孔に挿したまま再び硬く熱を持った肉棒が幸村の言葉より先に望みを主張していた。そしてそんな幸村に呆れることもなく半兵衛は微笑み、許可を下した。その言葉を合図とばかりに幸村は薄い唇を奪い、再び甘い口内を貪る。束の間の静寂の後、部屋の中は熱を持った声と荒い息遣いで満ちていった。

明かりが消え、月が空に昇りきっても、幸村はその行為を止めることができなかった。終止符を打ったのは、ついに本当の限界を迎え気を失ってしまった半兵衛だった。しまったと思いふと障子に目をやると、外は仄かに白んでいるようだった。

******

その日、半兵衛は朝議を欠席した。お付きの小姓曰く熱を出してしまったらしい。しばらくは安静にするようにと秀吉直々に命を受け、大人しく部屋の布団で横になっていた。そのすぐ隣りでは叱られた子犬のように縮こまり正座をする幸村と半兵衛の見張り役として付けられた黒田官兵衛がいた。
「も、もうしっ申し訳ございませぬっ!某が…某が…全て某がぁっ!」
「はいはい、もう良いから静かにしてくれないかい」
「あんまり騒ぐと逆に身体に響くぞ、見舞いに来たんなら大人しくしてな」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら心からの謝罪を述べ続ける幸村を半兵衛は宥める。熱で怠い身体を起こし、項垂れる頭をぽんぽんと撫でてやるとやっと幸村は静かになった。
「君は本当に真面目な子だね」
「いえ…っ…此度のことは全て某が」
「悪くないよ、僕が言ったんだ『好きにしていい』とね」
「は、半兵衛殿!ここでそのような話を!」
昨晩のことを話題に上げられ慌てふためく幸村に半兵衛は首を傾げたが、ちらちらと官兵衛に視線を移す様子を見てすぐに理解した。
「あぁ、黒田君のことなら気にしないで。全部知ってるから」
「は、はぁ…左様でございますか…」
「別に小生は知りたくもなかったんだがな、こいつがあんまりにも嬉しそうに自慢してくるもんだから」
「うるさいよ黒田君、重りをもう二、三個増やして欲しいのかい」
ちっ、と舌打ちをすると官兵衛はそれ以来黙り込んだ。若干の空気の悪さに居心地の悪さを感じながらも、幸村はずっと気になっていたことを思い切って聞いてみた。
「ところで半兵衛殿…あの、先日の御仁はどういったご関係の方で…」
ずっと気になっていた。先日、この部屋で半兵衛と情を交わしていた男のことを。そして何故、その翌日自分と情を交わしたのか。
「うん、彼かい?彼ね、実は敵国の間者だったんだよ」
「はぁ…はいぃっ!?」
またもや情けない声を上げてしまった。半兵衛曰く、間者と気付くと男なら誰もが最も油断する床へ誘い、そして言葉と演技を駆使して必要な情報を聞き出すとさっさと殺してしまったらしい。その遺体を処分したのはもちろん官兵衛だと付け加えて。
「身体を使うのは得意だからね、不本意ながら」
自嘲気味に笑うのは恐らく、ここよりもっと昔に仕えていた家のことがあるからであろう。噂でしか聞いたことはないが、主人や家臣達から酷い扱いを受けてきたと聞いている。嫌なことを思い出させてしまっただろうか、と幸村は反省し今日何度目になるか分からない謝罪をした。
「もう、そんなに謝らないでくれよ」
いつも通りくすりと笑う半兵衛に少し心を落ち着けた幸村はふと何かを思い出したようで自分の着ている着物の中をごそごそと探り始めた。そしてそれを見つけると半兵衛へ差し出した。
「半兵衛殿、どうかこれを」
差し出されたそれはどうやら何かの薬のようだった。
「これは?」
「佐助が持たせてくれました、調子の悪い時は飲むようにと。これで熱も下がるとのことです、良ければお飲みください」
「あぁ、ありがとう。いただくよ」
そう言って薬を受け取ると不意に、差し出されたその手を掴み、普段より熱くなっている頬に添える。突然のことで、しかも人前でそんなことをされるとは思ってもおらず、幸村は慌てふためいた。しかしそれを見せつけられた官兵衛はわざと気付かないふりを決め込み明後日の方向へ視線を向けていた。
「は、は、半兵衛殿っ…あまりこのような…!」
「幸村君、君は優しいね」
顔を真っ赤にする幸村を気にも留めず、半兵衛が囁く。
「僕はね、君のような強くて優しい子が大好きだよ」
それはどんな大人よりも優しく、どんな女よりも甘い声だった。誘うように見上げる紫の瞳に幸村は引き込まれ、そして無意識の内にどちらからともなくふわりと唇を重ねた。それは昨晩のように熱く深いものではなく、軽く触れ合いすぐに離れるほんの一瞬のものである。だが、互いに見つめ合い微笑みを交わすだけで幸村の心は温かく優しい気持ちで十分に満たされていった。しばらく夢のような心地良さに浸っていたが官兵衛の溜息が幸村を現実へと引き戻した。そして再び慌てながら半兵衛の頬からすっと手を離し、布団からやや離れて正座をし直す。その様子が可笑しくて半兵衛がくすくす笑っていると、外から声が掛けられた。
「半兵衛様、三成でございます」
「あぁ、お入り」
まるで自分の子供に向けているかのような返事は、先程幸村に向けられたものとはまた別の優しさを感じた。声の主は秀吉の左腕と名高い石田三成。許可を得て部屋に入った三成の手には半兵衛のために作らせたであろう白粥と、その後飲ませるための薬を乗せた膳があった。そして何故か部屋にいる幸村を見つけると気に食わないと言わんばかりに眉間に皺を寄せる。
「何故貴様がここにいる」
「あの、その、半兵衛殿が体調を崩されたと聞」
「ならば即刻立ち去れ、貴様の騒がしい声は半兵衛様のお身体に障るのだ」
食い気味に帰れと命じられ、流石に逆らうわけにもいかない幸村は見るからに肩を落としながら「それでは、失礼致します」と頭を下げて部屋を出ようとする。すると頼りなく丸くなった背中に半兵衛の声が掛けられた。
「幸村君、お見舞いありがとうね。またいつでもおいで」
振り向けば先程のような優しい笑顔。加えて「またいつでもおいで」の一言で幸村の心はすっかり舞い上がり「はい!」と大声で返事をしドタドタと走り去っていった。その様子を至極不機嫌そうに見ていた三成が溜息をつきながらようやく膝をつき、布団の側に膳を置く。
「騒がしくしてしまい申し訳ありません、私からよく言いつけておきますので…」
「いいんだよ、気にしないでおくれ」
ふと横に置かれた膳を見ると、小さな花入れとそこに差された数本の花が目に入った。
「おや、綺麗な花だね」
「はい、半兵衛様のお見舞いにと思いまして」
「君は僕が寝込んだりするといつも花を持ってきてくれるよね、ありがとう」
「恐れ入ります」
凛と姿勢を正し、正座を崩さない三成の手を取る。そして先程幸村にしたのと同じように頬に添え、囁いた。
「君のような強くて優しい子は大好きだよ」
それはどんな大人よりも優しく、どんな女よりも甘い声で。言葉を紡いだその唇は僅かに柔らかく笑みを作る三成の唇と重なり、またすぐに離れた。

しばらくはその様子を黙って見守り、三成も部屋を後にしたのを見計らいやっと官兵衛は口を開いた。
「全く、酷い奴だなぁお前さんは」
「何のことだい」
三成が持ってきた粥を頬張りながら半兵衛が首を傾げる。
「あの二人のことに決まってるだろ、若い男弄んでそんなに楽しいか?それにあの男のこと、殺してなんかいないだろ」
「失礼なことを言わないでくれ、僕はただ自分の性欲のために彼らと身体を重ねているんじゃないんだ」
呆れたように溜息をつく官兵衛に、同じく呆れたように溜息をついて反論する。
「彼らはいずれ必ず、豊臣の力になる。豊臣のために忠誠を誓うきっかけになるのなら、僕は喜んでこの身体を差し出すし嘘だって吐くさ」
「なるほどな。で、お前さんに従順な犬っころ共はお前さんの言う通り豊臣のために働くってわけか」
「まぁ将来的には秀吉の言う通り動くようになってもらうけどね」
「…間違ってもお前さんとだけは一晩共にしたくはないな」
「僕はいつでも大歓迎だよ?」
何の躊躇いもなく笑うその男に官兵衛は寒気すら覚えた。心酔とは文字通り心から酔いしれ、慕い、その者ためなら何でもできてしまうのだ。半兵衛にとっては男に抱かれることなど大したことでないのだった。全ては秀吉ただ一人のため。先日の男が間者だと言うのは本当の話だった。だが今ではすっかり半兵衛の虜となり逆に豊臣の間者としてよく働いてくれている。気難しい三成の心を掴み身体を支配し自分と秀吉の意のままに動く従順な左腕として育て上げた。そして幸村も、三成と同じような道を辿っていくに違いない。この男に捕まったら逃れられない、官兵衛はそう直感した。
「使える駒は多いに越したことはないからね」
2人の若者の心を惑わし縛り付けても何とも思わず、ただ豊臣のためと笑うこの軍師が酷く恐ろしかった。傷心しても酒に酔っても決して半兵衛にだけは手を出さない、官兵衛はそう強く心に誓い再び見張り役に徹することにした。

end

半兵衛様は一度抱けば男を夢中にさせる身体だと思いこんな話を書かせていただきました、すみません。ちなみに半兵衛の身体を仕込んだのは皆様ご存知の斎藤家でございます。

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朝顔の夜