主に半兵衛受けのお話が多いです。
離別
戦国、龍半、捏造斎藤家、強姦、視姦
難攻不落の城「稲葉山城」を、竹中半兵衛という男がたった数十名の手勢で落としたという話は日ノ本中に知れ渡った。しかも落とした城を我が物にすることはせず主へ返還すると、自らは隠居の身となり家督は弟へ譲ったというのだから余計に噂は勢いを増した。
その後、戦乱の表舞台から去った半兵衛は山奥に小さな屋敷を設けると数名の家臣や従者を引き連れ静かに暮らした。そこでは書物を読んだり、武術に励んだり、時には屋敷近くに作った畑へ赴き鍬を振ったり、毎日が平穏であった。それは傍から見ると退屈な日々に思えたが、半兵衛にとっては知識を蓄えいかに自分の兵法に活用できるかと熟考できる良い機会になった。そして何より、時折屋敷を訪れる2人の男の存在のお陰で退屈からは程遠い生活を送ることができていた。
「よ、半兵衛。またそんな紙切ればっかり読んでるのかよ」
「少し外の風に当たらぬか?あそこの桜も丁度見頃よ」
部屋に散乱する書物の一冊を手に取って呆れたように溜め息を吐いたのは前田慶次。その様子を見てくすくすと笑いながら外出を勧めるのは豊臣秀吉。二人共半兵衛が隠居する以前からつるんでいる大切な友人であった。
「あぁ、そうだね秀吉、そうしよう。慶次君それ破ったり汚したりしたら承知しないよ」
「俺そんなに乱暴者じゃないから大丈夫だよ」
「そうだね、君は乱暴者よりがさつという方が近いからね」
「ひっでぇ!」
「はっはっは、さぁ行くぞ」
三人の男の楽しそうな声が屋敷に響く。主に仕えていた頃はこの二人とはなかなか会うことができなかった。それが城を離れ隠居をしてからは仲のよい友人と会う回数が増え、一日中兵法を学ぶことに没頭できるようになり、とても快適な生活を送ることができるようになったのだ。天下の情勢は屋敷に連れてきた従者を各地に走らせたり、腕試しに周辺の武家へ殴り込んでいる慶次と秀吉から情報を得ている。そのお陰で山奥の屋敷にいながら半兵衛には天下の動きがまるで目の前で見ているかのように把握できていた。
*****
咲き誇っていた桜が散り山々に緑が目立ってきた頃。額にうっすらと汗を浮かべながら半兵衛はいつも通り書物を読み漁る。空気がこもらないよう部屋の戸という戸を全て開け払い、団扇を片手に涼を取りながら目線は文字を追う。先程から煩いくらい外で鳴く蝉の声すら半兵衛の耳には全く入っていなかった。汗も蝉の声も気にならない、ここ数時間頭の中ではひたすらに足軽達が動いていた。
「半兵衛様」
ふと掛けられた声にハッと思考は現実に戻った。声のする方向を見ればいつの間やって来たのか部屋の前で家臣の男が膝をついていた。
「なんだい?」
「お客様がいらっしゃいました」
「あ、もうそんな時間か…分かった」
読んでいた書物をぱたっと閉じ、汗で張り付いた銀髪を掻き上げながら腰を上げる。ぐっと背伸びをし、改めて周りを見回せば読み終わった書物が数十冊程散らばっていた。
「これはまた二人に小言を言われるなぁ…さて、今日はどこの川に連れて行かれるんだろうね」
ここ最近の半兵衛は秀吉、慶次と共によく川へ出向いていた。冷たい水に足をつけながら三人で魚を釣ったり、川の上で相撲を取りびしょ濡れになる二人を見て腹を抱えて笑ったり、思い出しただけで口元がほころんだ。だがそれとは裏腹に膝をつく男の表情が暗いことに気付き、半兵衛は首を傾げる。
「どうしたんだい?」
「あの、それが…」
なかなか言いにくそうに口篭る男の言葉を待っていると、ドスドスと荒々しく廊下を歩く足音が耳に入って来た。引かれるようにその方向に視線を向けると、途端に半兵衛の顔が青ざめた。
*****
「なぁなぁ、今日はどこに行こうか秀吉」
「そうだな…ここから少し東に行ったところにあるあの川はどうだ?流れが緩く歩きやすい」
「お、いいねぇ!あそこなら日陰も多いし半兵衛もゆっくりできるからな」
「あぁ」
山道を歩きながら二人の大男は談笑する。放っておくと部屋に篭りっぱなしになる半兵衛を今日はどこに連れて行くか考えるのが最近の日課になっていた。暑さが増してからはその場所はもっぱら川が多く、今日もまた半兵衛が無理せず楽しめる場所を二人は相談していたのだ。そして半兵衛の屋敷が見えてくると入り口へ向かって真っ先に慶次が駆け寄った。
「ごめーんくーださーい」
そこへ着くなり慶次は軽い挨拶をすると、返事も待たずにずかずかと屋敷中へ足を踏み入れる。
「慶次…また半兵衛に文句を言われるぞ…」
後から来た秀吉がこの後の口喧嘩を想像し、溜息を吐きながらその後に続く。普段なら慶次の声を聞いた家の者が急ぎ足で顔を出すのだが今日は誰も出てこなかった。だが時折半兵衛の遣いで家臣や従者達が屋敷を空けることも多々あるため二人は特に気に留めず、そのまま半兵衛の部屋へと向かった。
「半兵衛また紙の山に埋もれてんじゃねぇのかな」
「放っておくと飯も取らず書に噛り付きになるからな」
訪ねる度に片付けを手伝うことになる部屋とその主の姿を思い描きながら二人は笑い合った。ふと、慶次が何か異変に気付いて足を止めた。
「どうした慶次?」
それにつられて秀吉も足を止める。
「なんか…聞こえねぇか?」
「…確かに、話し声のようだな」
「お客さんでも来てんのかな」
「うむ、今日は帰ったほうがよさそうだな」
「うーん…ちょっと覗いてみないか?もしかしたらすぐ帰るかもしれないだろ」
隠居をしてからも半兵衛の屋敷を訪ねる者は少なくはなかった。そのほとんどが「当家へ仕えないか」という士官の誘いであった。あの稲葉山城の出来事を聞きつけた周辺の国主達は皆、半兵衛の力を欲していたのだ。だが半兵衛は決まって首を縦には振らなかった。そうして何人もの使者が肩を落とし、小半刻と経たぬ内に屋敷を後にするのだった。今回もそうだろうと思い慶次と秀吉はこっそり部屋の様子を伺うことにした。
小さな屋敷の中で半兵衛の部屋は入口からそう遠くはない。今日はどこの国の使者が来ているのか、など世間話をしながら二人は廊下を進んだ。だが、この少しの間に会話をしてしまったのが悪かった。この廊下の角を曲がれば目的の部屋の引き戸がすぐ見える。そこまで来てようやく二人は気付いた。会話に気を取られここまで気付かなかったが、聞こえてきていた声が自分たちが先程までしていたものとは全く違うものだったということに。そして気付いた時にはもうその角を曲がってしまっていた。開けっ広げられた引き戸の奥に人影の半身が二人分見える。その影は重なり合い一定の動きで揺れている。そのことから二人の人間が睦み合っていることは明らかだった。慶次と秀吉は驚き、次の瞬間には素早く廊下の角へ下がり身を隠した。幸いにも部屋の中の二人は慶次と秀吉には気付いていない。
「お、おいおいおい!半兵衛のヤツお取込み中じゃねぇかッ!」
「うるさいぞ慶次!」
「そりゃお前だって!」
「いいから黙れ!」
無意識に小声で何やかんやと言い合いながら二人はなんとか気持ちを落ち着けようと呼吸を整えた。戦のこと以外には全く興味がないような男が、まさか昼間から女と睦み合っているとは夢にも思わなかった二人にとって、この濡れ場の遭遇は精神的にとても堪えていた。
「…落ち着いたか慶次?」
「あ、あぁ…それにしても意外だな、半兵衛が女を連れ込むなんて」
「そうだな…だが、あれももう立派な男よ。女の一人や二人くらいは…」
「でもさ、俺たちに紹介ぐらいしてくれてもいいのになぁ」
「お前は茶化すから嫌だったのだろう」
「けっ!いつも二人で俺の事バカにしやがって!」
「それよりも…今日は帰った方がよさそうだな」
ちらりと部屋の方へ視線を向けると秀吉は呟いた。それに続いて慶次も同じ方へ視線を向ける。
「…」
「帰るぞ慶次」
「…」
「慶次」
「…ごめんな半兵衛!」
「はぁ…お前というやつは…」
「顔ぐらい見ても罰は当たんないって」
本人へは聞こえない謝罪を嬉々と述べ慶次は廊下の角からこっそり身を乗り出す。なんとかギリギリ部屋の中が見える所まで音を立てないよう忍び足で進んでいった。そんな慶次を一人残して帰るわけにもいかない秀吉は大きなため息をついてその後ろを追う。人一倍図体の大きな二人が中にいる人間に気付かれないように部屋に近づくのは至難の業だが、幸か不幸か度々腕試しで城や屋敷に忍び込んでいた時の経験がこんな時に役立った。ある程度進んだところで「あれ?」と小さく呟き慶次の足が止まった。それに小声で秀吉が尋ねる。
「どうした慶次」
「…」
「慶…」
「女じゃねぇ…」
「…なんだと?」
先程とは違い慶次の声色が一気に暗くなった。そのただならぬ雰囲気を感じ取り秀吉は身構えた。そして二人は意を決し、引き戸の際まで身を寄せるとゆっくりと中を覗き込んだ。そこにある影は先程と同じく二つ。白い両足を抱きかかえて腰を振る見知らぬ若い男と、その下で組み敷かれ甘い声を上げているよく見慣れた銀髪の男、半兵衛であった。
*****
「っ……あっ…んん…ッ」
「どうした、もうへばったのか?」
「あっ…お願い、もう…やめっ…」
「わりぃな、よく聞こえねぇわ」
嗚咽にも似た喘ぎ声で懇願する半兵衛を、その男は鼻で笑い律動を続けた。睦み合う二人の周りには恐らく先程まで半兵衛が読んでいた書物が散らばり、それを背中で敷こうが足で踏もうが気にも留めず行為が行われていた。身に着けていた衣類はそこら中に放り出され、散らかった部屋の中で二人とも裸になり繋がっていた。
「いっんんッ…あぁッいああ…ッ!」
「…っ」
半兵衛が甲高い声を上げながら大きく仰け反りそれと同時に男は小さく息を漏らす。先程より深く半兵衛の中を抉り力強く数回腰を打ち付けた。そして男が半兵衛の中から肉棒をずるりと抜くとそこからねっとりとした液体が溢れる音と小さく漏れた半兵衛の声が聞こえた。
廊下に佇む慶次と秀吉は息をするのも忘れるほどその光景に釘付けになっていた。ほんの一瞬だけ二人の息遣いだけが部屋に籠る。だが男が自身の肉棒を軽く擦り再び半兵衛の足を抱え直そうとしたためその空気は破られた。
「ま、待って!龍興君お願いだからもう…っ」
「あ?」
半兵衛が震える細い手で厚い胸板を押し返す。焦りで上ずった半兵衛の声に慶次と秀吉はハッと我に返り、無意識に乗り出していた体を半兵衛達から見えない場所へと引いた。そして二人はようやく状況を理解した。何故半兵衛が日の高いうちから行為に及んでいたのか、そして今の今までその半兵衛と体を繋げていた男の正体を。
「あれが…」
「あぁ、間違いない…あれが斎藤龍興だ」
「半兵衛のこと散々馬鹿にして、いつも酷い目に遭わせてたって奴か…」
随分前から慶次と秀吉は斎藤龍興という男のことを半兵衛から聞かされていた。歳若くして斎藤家の三代目当主となった男。名称と名高き祖父や父とは打って変わり、龍興は政や戦は家臣達に任せっきりで毎日酒や女に興じていた。父・重元の代から斎藤家に仕えていた半兵衛は、竹中の家を継いですぐ龍興に仕えることになったがその扱いは決して良いものとはいえなかった。以前、織田の軍勢が稲葉山城を落とそうと幾度となく攻めてきたがその度に斎藤家は半兵衛の策略で見事に織田を打ち破った。だが龍興からそれに対する賞賛など一切なく、それどころか半兵衛の容姿を女のようだ、か弱いおとこおんな、頼りない、などと日々からかい馬鹿にした。当主がそうするものだからそれを見る家臣達も自ずと半兵衛という存在を軽視するようになったのだ。あの時は酷い目にあった、と半兵衛は困ったように笑いながら言っていたが、そのことについて詳しくは話そうとしなかったため二人も深くは聞かなかった。
「まさか、酷い目っていつもこんなことされてたってことなのか…」
「…」
慶次が驚きを隠せず呟いたのに対して秀吉は無言だった。その代わり眉間に刻まれるのではないかというほど深い皺を寄せ、握った拳をわなわなと怒りに震わせていた。だが、二人はその場に乗り込んで半兵衛を助けることができない。ここにいる二人と向こう側にいる二人では立場が違うのだ。ただの侍ならいざ知らず、美濃の当主相手に喧嘩を売れば慶次や秀吉のみならず、半兵衛にまで危害が及ぶ。龍興の性格を考えれば半兵衛においてはこれ以上にない辱めを受けることになるかもしれない。半兵衛を助け出すだけの力が2人にはなかった。
「なんだお前、俺に逆らうのか」
「ち、違う…!でも、今日はもうおやめください…」
「うるせぇ、俺に指図すんじゃねぇよ」
押し返す細く白い手をぱしっと払い退けると震える細い両足を龍興は抱え直した。そして先ほど熱を放ったにも関わらず既に硬さを取り戻している肉棒を半兵衛の尻の間に押し付ける。
「きゃ、客人がっ!」
「あぁ?」
「客人がっ来るんだ…もうすぐ…っ」
このままでは、そう思った半兵衛が叫んだ。幸い、その言葉に龍興は行為を止めた。
「客?お前にか?」
「…はい」
「へぇ」
問いかけの答えに龍興は頷き、口元をにやりと歪ませた。
「もう俺の代わりにお前を抱いてくれるやつを見つけたってのか、さすがだなぁ半兵衛」
「っ…違…そんなんじゃ…!」
「そりゃ邪魔するわけにはいかないよなぁ」
「…何が…言いたいのですか…」
半兵衛は嫌な予感がした。昔から、それも元服する前くらいから龍興と関わりはあったがこの笑い方をするときは漏れなく良いことなどなかったのだ。
「わかった、今日は帰ってやる」
「本当、ですか?」
意外だった。だが本当に意外だから半兵衛も軽々しく龍興の言葉を飲み込みはしない。
「その代わり、続きは久作にさせるか」
「な…っ!?」
半兵衛には二つ歳下の久作という弟がいた。半兵衛から家督を継ぎ、今は久作が竹中家の当主であった。その久作に、龍興はこの行為を強いると言うのだった。
「あの子は関係ないだろう!」
口元に笑みを残したまま身体を離そうとする龍興の腕を半兵衛が勢いよく掴む。その瞳には怒りの色が見えた。だが龍興は怯むこともなく、むしろ楽しそうに声を弾ませる。
「なら、どうするんだ?」
「…」
「ほら前教えてやっただろ、こういう時なんて言うんだ?」
「っ…」
「重治」
龍興の言葉に半兵衛は俯き唇を噛む。龍興が半兵衛を本名で呼ぶ時、それは絶対の命令だということ。隠居中だとかそんなことは関係ない、意味などないのだ。腕を掴む細い手をゆっくりと離した。そして意を決しぐっと顔を上げると、真っ直ぐに龍興の瞳を見つめる。その紫の瞳は怒りを残したまま涙に揺れていた。
「龍興様…もっと、激しく…抱いてください…っ」
声が震える。望んでなどいない懇願、嫌で仕方ない行為を自ら進んで望まなければならない状況に半兵衛は吐き気がした。だが、それを拒むだけの力は半兵衛にはない。これを受け入れることでしか大切なものを守れないのだ。
「ハハッ、良い子だなぁ重治」
満足そうに龍興が笑う。震える銀髪に手を通し半兵衛の唇に自分の唇を重ねる。反射的に閉じた瞼の隙間からはついに水滴が溢れた。そんなことは気に留めず龍興は再び半兵衛を押し倒し、より昂った肉棒を容赦なく半兵衛へと突き立てた。部屋の中は再び熱と嬌声に包まれていった。
*****
しばらくその様子を伺っていたが、ついに耐えきれなくなった慶次と秀吉はその場を離れる。だがそのまま放っておくわけにも行かず、屋敷の入り口で二人は待機することにした。屋敷に誰もいないとなると、龍興の気が済み帰った後半兵衛の介抱をしてやらなければと思っていたためだ。友人にみっともない姿を見せたくないと半兵衛は言うに違いないが、それでも慶次と秀吉は放っておけなかった。2人の間に無言が続く。だがその時間は奥から聞こえる足音に遮られた。
「…貴様」
「…あんた」
振り向き足音の主の顔を確認すると同時に二人が口を開く。高そうな着物をだらしなく着崩し、乱れた髪を整えることなく掻き上げながら足音の主はこちらへ歩いてきた。声を掛けられた男は驚くことも戸惑うこともなく、二人を流し目で見ながら図々しくその間を通り抜けた。
「待てよ!」
思わず慶次が声を荒げる。その声に男は黙って振り向いた。その口元に笑みが浮かぶ。
「あんたが…斎藤龍興か」
「…客人ってのはお前達か」
慶次の質問は無視し、逆に質問を投げかける。質問に対する無言は肯定であると判断し、慶次は投げ返された質問に頷きで答えた。
「へぇ」
対して興味なさそうに龍興は呟く。その直後、龍興は急に俯き肩を震わせた。くくく、と小さな笑い声が聞こえ慶次が何事かと思っていると途端に顔を上げ大声で笑い始めた。
「な、なにがおかしいんだよ!」
突然の笑い声に慶次が戸惑った。そんな慶次を見てより可笑しそうに龍興は笑う。
「なぁお兄さん方、あいつ大泣きしてたんだぜ」
龍興の言う『あいつ』が誰かはすぐ想像できた。
「そりゃあんたがっ」
「見られた、って」
「…は?」
「一番嫌なところ見られた、ってな」
二人はどきりとした。大男が二人、同時に息を飲むのを聞き龍興の笑みはより深まった。
「まぁ正確には俺が教えてやったんだけどな。その時のあいつの顔…ハハッ、堪らねぇな」
龍興が高らかに笑う。事の最中、半兵衛はひたすら願っていた。どうか来ないで、今日は来ないでくれ、と。だがその願いも空しく、二人は意気揚々と屋敷を訪ねてきてしまった。幸いにも執拗な攻めに耐えかね半兵衛は意識を部屋の外へ集中させることができず気付いてはいなかったが、龍興は確かに気付いていた。だが、そのことをすぐには言わなかった。気付かないうちに二人へ痴態を晒していたことを後で知る方が心の傷は深くなる、その方がきっと面白い、龍興はそう思ったのだった。そしてその通り、事実を告げると半兵衛は一瞬思考が停止したように固まり、次の瞬間にはぽろぽろと涙を零し泣き喚いた。
『う、そだ…嘘だ嘘だ嘘だ…嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだあああ…ッ!』
泣き叫び逃げようとする半兵衛を押さえ付け、龍興はより深く激しく行為を続けた。叫びと嬌声が混ざる半兵衛の声は何よりも効く興奮剤になり、このままずっと身体を繋げられるのではないかというくらい昂った。だが残念ながらそれは叶わなかった。半兵衛がプツリと糸を切ったように意識を飛ばしてしまい、龍興の恍惚な時間は終わりを告げた。
「見せてやりたかったぜ、その時の顔」
わなわなと肩を震わせる二人を眺めながらうっとりと龍興は呟く。一度は屈辱を味わわされた相手だが未だこうして自分の欲望のままに好きにできること、そのことで怒り狂う大男二人が自分に対して何もできず歯ぎしりをすること、自分の力が未だ強大であるという事実、その全てが龍興にとって気持ちよかった。
「また来る、と伝えとけ」
じゃあな、と満足気に笑いながら屋敷を背にすると足取り軽やかに歩み去っていった。ぶつけることのできない怒りと無念を握り込み、秀吉の拳は赤く滲んでいた。それを解くだけの言葉を慶次は思いつくことができなかった。
*****
重い足取りで慶次と秀吉が半兵衛の部屋に戻ると、そこに部屋の主の姿は無かった。代わりに先程まで姿を消していた家臣達が散乱した書物や汚れた床を整えていた。
「なぁ…半兵衛は?」
暗い顔で黙々と片付けをする家臣の一人に慶次が問う。
「…お身体を清めておいでです」
顔は俯いたまま重苦しい声で一言だけ返ってきた。きっとこの部屋にいる人間全員が慶次や秀吉と同じ気持ちなのだと悟った。詳しく話を聞けば、龍興は屋敷へ訪れてすぐ半兵衛の部屋に乗り込んだ。そして自分が半兵衛を犯している間は屋敷の者全員をすぐ隣の部屋に待機させたとのことだった。それは半兵衛の痴態を見せはせず家臣達自身に想像させようという龍興の悪趣味な趣向だろう。事が終わると自分の着てきたものをさっさと羽織ると半兵衛には目もくれず片付けておけ、と一言残し屋敷を後にしたのだ。主人の無念を胸に意識を失った半兵衛を何とか起こし風呂へ連れ、乱れた部屋を整え始めたのだった。
片付けを手伝うと言う慶次を部屋に残し、秀吉は風呂場の方へ向かった。数人がかりで半兵衛を運ぶより巨体を持つ自分一人で抱きかかえた方が早く負担も少ない。何より自分の手で半兵衛を運んでやりたかった。もがき苦しむ友に何もできずにいた自分にできるせめてもの罪滅ぼしでもあった。
「秀…吉」
か細い声に思考が現実へ戻される。気付かず俯いていた顔を上げると丁度風呂場から出てきた半兵衛が家臣二人に肩を預け部屋に戻ろうとしているところだった。何とか立ち上がってはいるがその細い両足は今にも崩れ落ちそうに震えている。自分より遥かに大きな巨体を見上げる瞳は弱々しく揺れ、今にも光を失いそうに怯えていた。咄嗟に秀吉は家臣達から奪うように半兵衛を抱き上げた。全体重を両手に乗せたはずなのに驚くほど半兵衛の身体は軽かった。
「ひ、秀吉…っ」
突然の浮遊感に半兵衛が驚き声を上げる。その声がいつもより掠れていることに眉をひそめながら、秀吉は相変わらず無言を突き通し先程の部屋へと歩みを進めた。そんな秀吉の様子からその心中を察した半兵衛はそれ以上は何も言わずただ黙って身体を秀吉に預けることにした。
二人が部屋に戻ると片付けをしていた家臣達はいなくなり、慶次が一人暗い顔をして待っていた。先程まで散らかっていた書物などは綺麗に片付けられ、中央にはいつも半兵衛が使う布団が敷かれていた。
「半兵衛…」
秀吉が無理をさせないよう優しく半兵衛を布団へ寝かせるのを見ながら慶次が呟く。枕に頭を預けると半兵衛が深く息を吐き、そして口元にいつものように笑みを作った。
「すまないね、二人共…みっともない姿を晒してしまって」
枯れた声が震えていた。半兵衛の精一杯の強がりなのだと二人にはすぐ分かった。咄嗟に慶次が半兵衛の手を握り何度も謝る。大きな体を震わせながら何度もごめんな、と泣きじゃくりながら。
「慶次、後は頼んだ」
しばらく俯き黙り込んでいた秀吉が不意に立ち上がり呟いた。こんな時に何処へ、と慶次は聞きたかったが並々ならぬその雰囲気から開きかけた口を閉じる。
「今はお前が側にいてやってくれ」
背中越しにそう言い残し秀吉は部屋を後にした。取り残された2人の間に重い沈黙が流れる。先にそれを破ったのは慶次だった。
「きっと頭を冷やしに行ったんだよ。さっき、今まで見たことないような顔してたんだぜあいつ…」
泣き止んだもののまだ鼻声気味の声で慶次が呟く。その言葉に半兵衛が無言で頷いた。
「ほら半兵衛はもう寝てな、今日は俺がずっとここにいるから安心しろ、な?」
長い睫毛の瞼が何度か閉じかかっているのに気付いて慶次が布団を掛け直してやる。柔らかい銀髪を軽くなでると半兵衛は大人しく瞼を閉じ掠れた声で礼を言う。
「ありがと」
「あぁ、おやすみ」
それから間もなく静かな寝息が聞こえてやっと慶次はほっと息をつくことができた。そして部屋を後にした秀吉のことを思いながら襖越しに空を仰ぐ。冷静な彼のことだから無茶はしないだろうがあの怒り方は尋常ではない。先程部屋を出て行った背中を見て直感的に慶次は不安を覚えた。いつも穏やかで優しく太陽のように暖かい「あの男」に二度と会えないのではないかと。今回のことで秀吉の中の何かが変わってしまったのではないかと。そう思いながらも今目の前で弱りきっている半兵衛を放っておくこともできない。明日か明後日…半兵衛が元気になったらすぐ会いに行こう、そう慶次は思った。
*****
龍興が屋敷を訪れて数日間、半兵衛は熱にうなされていた。時間を見つけては慶次が見舞いに訪れ甲斐甲斐しく世話を焼いたが、あの日以来秀吉は屋敷に顔を出すことはなくなった。
「あいつなら大丈夫、元気にしてるよ」
秀吉のことを尋ねる度に慶次はそう答え、半兵衛もそのことについては深く聞かずそうかい、と頷く。今は聞かないほうがいい、と半兵衛自身がそう分かっていたからだった。
半兵衛の体調が良くなった頃今度こそ秀吉を連れてくるよ、と笑って言い残しついに慶次も屋敷に来なくなってしまった。どこか寂しい気持ちがあったがそれを押し殺すように半兵衛は読書へ没頭した。もちろんその間も家臣たちに天下の情勢を調べさせている。そして先日『稲葉山城、落城』との知らせを受けた。驚きもあったがやっと不安の種が消えたという安心感の方が大きく感じた。もう龍興がこの屋敷へ訪れることはないだろう。弟を盾に己の身が弄ばれることもない。これでよかった、と心から安心したのと同時にふと頭に疑問が浮かんだ。
「もしかして、あの二人…」
突然の稲葉山城落城、それに慶次と秀吉が何か関わっているのではないか。詳しく聞けば、落としたのはどこの軍勢だったかは不明とのことだった。夜中に突然何者かの雄叫びが響き渡ったと思えば轟音と共に稲葉山城が崩れていったと民達は言っていたらしい。半兵衛はあの二人の強さを十分把握している。戦に出れば必ず戦功を上げるどころが、かなり強大な戦力になるだろうと常々半兵衛は感じていた。だから決してあり得ない話ではない、そう半兵衛が考えているとドスドスと重たい足音で廊下を歩く音が聞こえてきた。引かれるようにその方向へ顔を向けると、久しく会わない顔がやって来た。
「秀吉…」
読んでいた書物をパタンと閉じ半兵衛が立ち上がる。険しい顔のまま部屋に一歩足を踏み入れ立ち止まる秀吉、数日前より元気そうに見える半兵衛の姿に安心したのか固く結ばれていた口元を少し緩めた。そして大きな右手を半兵衛に差し出し一言だけ告げる。
「半兵衛、我と共に来い」
その言葉の意味が分からず戸惑う半兵衛だったが、以前より険しく鋭い瞳、傷だらけの右手と体が目に入り、全てを悟った。
「あぁ、秀吉…」
差し出された右手より遥かに細い手でその手を取る。
「君と共に行こう」
もうその隣りに慶次はいない、半兵衛は黙ってそのことに目を瞑った。きっともう二度とあの楽しかった日々は戻らない、それは龍興が屋敷を訪れた日から、二人に目撃されてしまった時から半兵衛には分かっていたことだった。それでもこうして秀吉が迎えに来てくれたことはとても嬉しかった。同情や哀れみではなく、真っ直ぐに半兵衛に向けた『立ち上がれ、歩み出せ』という秀吉の気持ちが伝わってきた。自分の為に心を痛めその優しい両手を血に染めてまで道標を差し出してくれたこの男に、自分の持てる力の全てを尽くそう半兵衛は強く誓いを立てた。
end
慶次はあの時の半兵衛に可哀想だと「同情」をしてしまったから半兵衛を支えることはできなくて、秀吉と半兵衛の両方と離れてしまったという私の妄想です。稲葉山城落城は慶次と秀吉が松永久秀と出会った直後の出来事という感じにしています。秀吉は半兵衛の過去とあの日の出来事をなかったことにしてあげたくて稲葉山城をボッコボコにしてきました。秀吉はその足で半兵衛の屋敷に向かったのですが、それよりも後に稲葉山城落城のことを知って秀吉が来るより先に屋敷に戻ってそのことを伝えた半兵衛の家臣の駿足さには我ながら驚きますね。
- 16 -
*前次#
朝顔の夜