主に半兵衛受けのお話が多いです。

渇き 8


渇き 7の続き、半兵衛、政宗、秀吉、慶次

半兵衛の入社から数ヶ月、豊臣株式会社は順調どころかめきめきと業績を上げその名をより広く知らしめた。元々大企業で鍛えられた社員達が揃っているため立ち上げ当初から黒字を出していたのだが、そこに半兵衛が加わってからは倍に近い数字を叩き出すことができるようになった。
「流石は半兵衛よ」
「ありがとう、秀吉。でも僕はまだまだ満足していないよ」
デスクに腰掛け満足そうに笑う秀吉と、その前に立ち書類を片手にやや眉間に皺を寄せる半兵衛。
「うーん、やはりこの企業にも声をかけてみたほうが……」
「まずはその皺を伸ばすことから考えるんだな」
秀吉はすっと立ち上がり、険しい顔で書類に目を通す半兵衛の隣を通り抜けながら細い肩をぽんと叩く。
「あまり無理をするな」
不意に半兵衛の胸がトクリと音を鳴らした。
「あ、うん……ありがとう」
「三成、午後から我と半兵衛と出掛けるぞ、用意をしておけ」
「はっ、かしこまりました」
「吉継、昨日先方から送られてきたデータの処理と自社PCのセキュリティチェックを頼む」
「相分かった」
「左近、例の営業先へ行き今日こそ社長の重い腰を上げさせてこい」
「はいよ!任せてください!」
勇ましく部下達へ指示を出す秀吉の横顔を何気なく半兵衛は見つめる。半兵衛は最近自分が少し変だと感じていた。平蜘蛛で見ていた時の秀吉とは随分違うその顔を見ると、何故か胸が忙しく鳴り息も少しばかり上がるように感じた。出会った当初、かなり非日常的な出会いであったがあの時のような身体の奥から熱が湧き上がるような感覚はあれ以来二度となかった。あれが何だったのか半兵衛はよく分からない。そして今はあの時とは違う感覚を時々覚える。
疲れているのか、秀吉の言う通り無理をしてしまっているのかもしれない、そう思い半兵衛は1人納得をした。
「半兵衛、行くぞ」
今日の打ち合わせに使う資料を差し出されハッと半兵衛は我に返る。
「あぁ、ありがとう」
午後から秀吉、三成の二人と共に先方と待ち合わせた喫茶店へ打ち合わせに向かう。そのために作られた資料を受け取り半兵衛が目を通す。
「……!」
途端に半兵衛の視線がある単語を捉えて止まった。隣りで微かに困惑の表情を浮かべる半兵衛を横目に秀吉は再び細い肩を叩く。
「用意しておけ」

ビジネス街の中にあるこの喫茶店にはスーツ姿の利用客がよく見られる。アンティーク調で作られた家具や内装に合わせて店内に流れるBGMもクラシックの静かな音楽。落ち着いた雰囲気が各々の仕事や打ち合わせの手助けになる。その店内の窓際の席に秀吉、半兵衛、三成が並んで座り、向かいには二人の男が座っている。一人は髪の毛をオールバックにまとめ頬に傷跡を持つ男、片倉小十郎。もう一人は片目を眼帯で隠した龍の瞳を持つ男、伊達政宗であった。
「というわけで、先日いただいた提案を受けさせていただこうと思う」
「あぁ、よろしく頼む」
滞りなく打ち合わせは進んでいく。と言っても実際喋っている内容は前々からメールや電話で話し合い決まった事柄で今日の打ち合わせは最終確認のためのものだった。そのため社長である秀吉と政宗はほとんど口を開くことなく、政宗の部下である小十郎と政宗と古くから知り合いである三成の二人が会話を進める。その間、半兵衛は一度も政宗や小十郎の顔を見ることができなかった。やや俯いたまま顔を上げることができず、広げられた資料に視線を上げるだけで精一杯な状態だった。心臓はうるさく騒ぎ、テーブルの下で握っている手に汗も滲んできた。少し前に運ばれてきたコーヒーは一滴も喉を通ることなくテーブルに置かれたままだった。
もう二度とと会わないと思っていた。あの日、愛に誘拐された時に、確かに心に誓った。そして平蜘蛛を出た後も会うつもりなどなかった。それなのに今、目の前に政宗はいるのだ。
何か声をかけるべきか、知らないふりをしたほうがいいのか、彼は自分が今日まで何をしてきたか知っているのか、愛とのことは知っているのか、自分がここにいると知って打ち合わせに来たのか、そのことを愛が知ればどうなるのか、まとまらない考えが頭の中を巡り困惑する。だが決して表情には出さない。顔には常にいつも通りの笑顔を浮かべ、二人の話の内容に頷いたりする。実際には内容の半分も頭には入ってきていなかったがそれでも半兵衛は必死に取り繕った。
「では、そういうことで」
「よろしく頼む」
「こちらこそ」
気が付くと打ち合わせは終わり、お互いテーブルに広げた資料を片付け始めている。結局半兵衛は一度も二人の顔を見ることはできなかったがようやく終わったという安堵感を感じ、長いこと放置してたコーヒーに手を伸ばし口に含んだ。飲み終えるまでの間、三成を中心に小十郎、政宗、秀吉が他愛のない世間話や軽く仕事の話をする。打ち合わせの時とは違う穏やかな空気が半兵衛達を包んでいた。
三成君がこんな顔するなんて、隣りで笑顔を浮かべながらイキイキと喋る三成を横目に半兵衛は少し驚いていた。社内では眉間に皺を寄せるか貼り付けたように変わらない無表情なことが多いのに、打ち合わせが終わった途端年相応に明るい笑顔を浮かべる。余所行き用の顔かもしれないな、などと一瞬思ってしまった自分の心の冷たさを半兵衛は自嘲した。半兵衛がコーヒーを飲み終える頃、頃合と見てがそれぞれが席を立つ。会計にとレジに向かう半兵衛を秀吉が引き留めた。
「どうしたんだい?」
「お前は残れ」
そう言いながら秀吉が視線を先程打ち合わせで使っていたテーブルに移す。そこには腕を組み窓の外を眺める政宗と、席を立ち政宗に一礼をする小十郎の姿があった。それを見た半兵衛が秀吉の意思に気付き今度ははっきりと困惑の表情を浮かべる。
「少し話して来い」
何か言い出す前に、と秀吉が半兵衛の背中を押す。抗うこともできず、流されるように半兵衛の足は先程のテーブルに向かっておずおずと歩き始めた。途中小十郎がすれ違いざまに軽く半兵衛の肩を叩いた。
今日はよく肩が叩かれる日だと半兵衛はため息を吐く。面倒だとか怖いとかではなく、素直に気が重いのだった。
「失礼、します……」
小さく挨拶をするも返事がなかったため、半兵衛は政宗の向かいの席へそっと腰掛ける。先程は両サイドに三成と秀吉が居てくれたが、今は一人。こんなに広い席だったろうかと妙な孤独を感じていた。相変わらず窓の外を見つめる政宗と俯き加減の半兵衛。
「……」
「……」
二人の間にしばらく沈黙が流れる。流石にこのままではダメだと思い、秀吉の後押しを支えに半兵衛が勇気を出して口を開いた。
「あの……」
「元気か?」
半兵衛の勇気は政宗に遮られた。だがその声色が酷く懐かしくて、半兵衛は政宗の言葉を素直に受け入れた。
「うん、元気だと思う……」
「また痩せたな」
「そう、かな?」
「新しい会社はどうだ、上手くやってるのか?」
「うん、前みたいにとても楽しいよ」
あれやこれやと問いながらも政宗の視線は窓の外を向いたままだった。半兵衛がいなくなった日のことには触れず、ただひたすら半兵衛のことを心配する質問が投げられる。政宗がそういう優しい男だったことを改めて思い出し、俯きながら半兵衛は小さく笑みを浮かべた。
「お前、今……幸せか?」
「え……」
不意に、半兵衛が顔を上げる。すると、随分懐かしく感じる龍の瞳と目が合った。よく二人で食事に出かけたりしていたあの頃の優しい微笑みと、あの頃より少し大人びた顔つきが半兵衛の目に映る
「幸せか?」
もう一度、しっかり確かめるように政宗が問う。その問いの答えは考える必要もなく一つしか思い浮かばなかった。
「そうだね、多分これが幸せ、かもね」
半兵衛もまたしっかりと政宗の瞳を見つめて答える。その答えを聞くと政宗は満足そうに微笑みを浮かべ席を立つ。
「ならいいんだ」
座ったまま政宗を見上げる半兵衛にスッと手を差し出す。何も言わずにその手を取った半兵衛を席から立たせると、名残惜しそうに白く細い手から自分の手を離す。そして改めて半兵衛と向き合うと心からの笑顔を浮かべる。
「Thanks you、今まで世話になった」
「こちらこそ、ありがとうね」
「これからもよろしくな、豊臣の竹中さんよ」
政宗の微笑みと力強い言葉に半兵衛の不安は吹き飛んでいた。
「あぁ、もちろんさ」
半兵衛もまた笑顔を浮かべる。今の政宗ならもう大丈夫、もう自分は必要ないのだ、そう思うことができた。
半兵衛と政宗が喫茶店を出ると、店の前に二台の車が並んでいた。一台は三成の運転するシ車、もう一台は小十郎が運転をする車だった。政宗が三成の車まで半兵衛をエスコートし、後部座席のドアを開く。中を覗くと既に奥の方に秀吉が座っていた。その隣りに半兵衛が座ると政宗が短く言葉をかける。
「じゃあな」
「うん、またね」
半兵衛が笑顔で返事をすると、フッと微笑みを浮かべ政宗はドアを静かに閉める。すぐに重低音を鳴らし走り出した車が見えなくなるまで見送ると、政宗は小十郎の待つ車の助手席に乗り込む。
「出せ」
「かしこまりました」
ぶっきらぼうな台詞だったが小十郎の耳にはいつもより楽しげな台詞に聞こえた。

「君には助けてもらってばかりだね」
三成の運転する車にしばらく揺られていると、ふと半兵衛が口を開いた。
「大したことはない」
恐らく平蜘蛛でのこと、平蜘蛛を出てからのこと、豊臣株式会社でのこと、そして今回の政宗との再会の機会を与えたことだろうと思い秀吉は頷く。
「ありがとう、君のおかげで僕はやっと、彼の手を離してあげることができたんだ……って、何様なんだろうね僕は」
流れる景色を見ながらクスリと半兵衛が笑う。平蜘蛛を出てあのまま二度と会わなくてもきっと政宗は一人で立って歩いて行けただろう。だが、ふと心のどこかで半兵衛のことを気に留めてしまう瞬間もきっとある。自分のせいで、自分が不甲斐ないから、半兵衛にも愛にも迷惑をかけてしまった、と。それは恐らく半兵衛も同じだろうと秀吉は考えた。だからこそ、お互い知る必要があった。もうお互いが依存し合い縋り付かなくとも、新しい道をしっかり歩いて行けるのだと。
「良い顔をしているな」
「え?」
唐突な言葉に半兵衛が振り返る。穏やかに燃える真紅の瞳と目が合った。するとまた、半兵衛の心臓がまたトクリと音を鳴らす。
「憂が晴れたようなお顔をしていらっしゃいますね」
「あぁ、そのようだ」
「……うん、そうだね」
顔が熱い。熱でもあるのだろうかと半兵衛は自分の頬に手を当てる。チラリと視線をバックミラーに移すと運転中の三成と目が合ったので、運転に集中するようにと叱り、困惑を誤魔化した。

半兵衛達が会社へ戻るとフロアが何やら騒がしくなっていた。数名の社員がフロアの真ん中で一人の長身の男を囲い輪を作っている。騒ぎの中心はあそこらしい。何事かと首を傾げる半兵衛の隣りをああそうかと秀吉が足早に通り抜ける。
「今日であったな、すっかり忘れていた」
「あ、ひっでーな秀吉!折角の初出勤の日だってのによ!」
普段の低く落ち着いた声とは違い、秀吉の声が嬉々と跳ねている。そして仮にもこの建物の社長である秀吉を呼び捨てにする男に半兵衛は驚き、同時に自分以外の人間で秀吉を呼び捨てにするとは、と男の存在に非常に興味が湧いた。秀吉の後を追い半兵衛も声の主に近づく。
「久しぶりだな」
「あぁ、元気してたか?」
「うむ。お前は聞かずとも元気そうだな」
「へへっ、それが取り柄みたいなもんだからなー」
対面した二人から親しげな会話が交わされる。秀吉の背後から半兵衛がコソッと様子を伺う。自分より遥かに背は高く秀吉と同じくらい体格の良い男がそこには立っていた。長い髪の毛を頭の高い位置でくくりその根本には特徴的な羽根飾りを付けている。恐らく年齢は秀吉や自分と同じくらい、それなのにどこか幼いというか落ち着きのなさをこの男から感じ取った。ジッと観察している半兵衛に気付いたのか男は秀吉から視線を落とすと、途端にパアッと花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「へー!すんごい美人さんだね!」
突然の声のボリュームと褒め言葉に半兵衛はポカンとする。間髪入れずに男は身を屈め半兵衛の細く白い手を取ると大きな両手で包み込んだ。
「俺、前田慶次。君は?何ちゃん?本当綺麗だね、彼氏とかいるの?」
半兵衛が黙っているのを良いことに男は質問攻めを始める。唖然としていた半兵衛だがハッと意識を取り戻し、丸くしていた紫の瞳がキッと鋭く光ったと思えば、突然パンっと乾いた音がフロアに響き渡った。
「……!!?」
その場にいた半兵衛以外の人間が硬直する。不意に食らったビンタで目をチカチカさせ、ヒリヒリと痛み始めた右頬を押さえて男も固まってしまった。目の前の大男を指差し、半兵衛が秀吉を見上げる。
「秀吉」
「……あ、あぁ」
あまりに唐突な出来事で秀吉すらも固まってしまっていた。だが半兵衛の凛とした呼びかけに口は勝手に反応する。
「この軽薄な男は誰」
半兵衛の怒ったり苛ついたりする姿をまだ一度も見たことはないが、あぁこれは怒っているな、とこの時はっきりと秀吉は感じた。
「前田、慶次……我の古くからの友人だ」
冷静を装うが声が震えていないか心配だった。だが社長であるからにはこんなことで狼狽えてはいけないと秀吉は己を叱咤する。
「慶次の身内からこいつへ仕事を紹介してほしいと申し出があってな、まずはアルバイトということで雇ったのだ。慶次よ、自己紹介を」
「もういい、さっき聞いた」
固まったままの慶次を励ますように手を伸ばす秀吉。だが必要ない、とばっさり切り捨てて半兵衛はその場を去りさっさと自分のデスクへと足を進めた。そして持っていた鞄を下ろし椅子に腰をかけるとパソコンを開き、振り返りもせず仕事を始めてしまった。
「やれ、ぬしらも仕事に戻れや」
この空気をどうするべきかと口を開けず戸惑っていた社員達の硬直を吉継が解いた。そうだな、仕事仕事、と逃げ場を見つけた社員達がぞろぞろと自分のデスクに戻っていった。フロアの真ん中に大男が二人、情けなく立ち尽くす。伸ばした手をやっと慶次の背中に添え、秀吉はその背をぽんぽんと二回軽く叩いた。
「お前の席はこっちだ」
同情から優しく声をかける秀吉に促され慶次もようやく足を踏み出す。慶次のデスクは入り口の一度近くだった。そしてデスクの前に着くと一度半兵衛の方を振り返りボソッと呟いた。
「……良い女だなぁ」
その場を去ろうとした秀吉がぎょっとして慶次の方を振り返る。完全にうっとりと惚けている慶次に、はぁ、と深いため息を吐き眉間を抑える。そして慶次の隣りにデスクを並べる左近を呼び小さな声で指示した。
「後できちんと説明してやれ」
「りょーかいっす!へへへ、任せてください!」
「楽しむな」
「いてっ!」
この場に相応しくないくらい明るく元気な返事をする左近に三成が拳を下ろした。

To be continued...

政宗と半兵衛様の再会回でした。半兵衛様がいなくなった後の政宗のこともいつか書けたら良いなと思っています。そしてお祭り男の登場ですね、個人的にBASARA4で半兵衛様が慶次にビンタするシーンが好きで書かせていただきました。

- 18 -

*前次#



朝顔の夜