主に半兵衛受けのお話が多いです。

渇き 9


渇き 8の続き、半兵衛、秀吉、慶次、三成、吉継、左近

慶次がやってきてから社内の雰囲気が少し変わった。以前は左近の存在が場の空気を明るくことが多々あり、多忙故に社内の空気が殺伐としてしまった時などにはとても助けられた。今はそこに慶次が加わりより一層穏やかで過ごしやすい空気へと変わっていた。第一印象が最悪だった半兵衛もそのことに気付き少しは慶次のことを見直したらしく、初めましてでの無礼も大目にみることにした。
「半兵衛!飯行こうぜ飯!」
「先に行ってて、これが済んだら僕も行くから」
「はいよー!」
奥のデスクで秀吉に資料を提出している半兵衛にひらひらと手を振り、慶次はフロアを出て行った。半兵衛は振り向きもせず資料に視線を向けたまま返事をし、すぐにまた話は仕事の内容に戻す。その様子を見ていた秀吉がフッと吹き出したため半兵衛が何事かと顔を上げる。
「仲が良いのだな」
「ん?誰が?」
秀吉もまた資料から目を離し半兵衛の顔を見上げる。
「お前と慶次だ。最初の日はどうなることかと肝を冷やしたが、上手くやってくれているようで安心した」
「あぁ、まぁ彼も悪気があってやったことじゃないからね、このくらい水に流してあげるさ。忘れはしないけどね」
「それは流しているのか」
「それに、彼は思いの外よくやってくれてるし。場の雰囲気作りなんかは本当に凄い、認めてるよ」
「そうか、それはよかった」
不服そうな顔をしながらも半兵衛は思っていることを素直に伝える。
「まさか一緒に食事をする仲になるとはな」
「僕も意外だよ」
その言い方は少し語弊が生まれそうだと半兵衛は思った。広げた資料をまとめながら小さく溜め息を吐く。
「それじゃ急かされる前にそろそろ行ってくるよ」
「あぁ、ゆっくりして来い」
困ったような顔をしながらも嫌がってはいないことが秀吉には分かる。自分の大切な友人同士が仲良くなってくれることが嬉しくて秀吉は心からの「ゆっくりして来い」という言葉をかけた。
豊臣株式会社の中には小さな食堂がある。そこで働く人間も秀吉の身内や知り合いの者らしく、料理を作る者も食べる者も和気藹々としている。半兵衛がその食堂へやってくるとフロアの一角に慶次が席を取ってくれているのが見えた。半兵衛の姿を見て慶次が手を振る。
「お疲れさん、席取っといたぜ」
「ありがと」
軽く礼を述べて慶次の向かいの席に半兵衛が座る。
「何にする?」
「サンドイッチ」
「それだけ!?お前って本当何も食べないよなぁ」
「食べてるじゃないか」
「食べてないようなもんだろ」
それじゃあいつか倒れちまうぞ、と小言を言いながら慶次は半兵衛を席に残し券売機へと向かう。そして自分の分の食券を買うと厨房のスタッフへ券を渡しついでに半兵衛のサンドイッチも注文する。「早くて美味い」が自慢の食堂の料理は二、三分と待たずに注文したものが出来上がる。サンドイッチは作り置きのため注文してすぐに手元に差し出された。その後出された自分の料理と一緒に受け取ると慶次は半兵衛を待たせている席に戻った。
「ありがと」
「どーいたしまして、俺の分ちょっと食うか?」
「いらない、気分じゃないんだ」
大きな丼の器の中でトロトロの卵の上に乗った揚げたてのカツを指差して慶次が問うが、半兵衛は首を横に振る。決してカツ丼が嫌いというわけではなく本当に今欲しい気分ではないのだ。最近は手軽にすぐ済ますことのできる食料の方が都合がいいためそちらを好んで食べている。黙々とサンドイッチを口に運びだす半兵衛を見て慶次はそっか、と笑って頷き箸を手に取った。
「最近どう?」
口元でサクサクと軽快な音を立てながら慶次が問う。
「そうだね、順調だと思うよ。三成君や大谷君は成長がとても早いし、そのおかげで左近君を始め下の子たちも……」
「いやいや、そうじゃなくて秀吉だよ秀吉!」
「秀吉?いつも通りじゃないかな、誰がどう見ても健康そのものだし」
「いやいやだから!お前と秀吉のこと!」
どういうことかと首を傾げる半兵衛に慶次が溜め息を吐く。
「正直、秀吉のことどう思ってんだよお前」
「どうって……」
いつものおちゃらけた雰囲気とは打って変わって真剣に目を見つめて問う慶次に半兵衛は少し戸惑った。
「とても感謝しているよ。彼と出会ってから今日までずっと、何度も彼には助けられたし」
「それだけ?」
「え?」
「本当にそれだけなのか?俺が見てる限りそれだけじゃないと思うんだよな、お前のその感じ」
「……」
半兵衛は黙り込んだ。場の雰囲気作りが上手いだけではなく、人の気持ちにも敏感な慶次の洞察力には参ったと目を伏せる。
「そうだね……感謝だけじゃないね。なんだか変なんだ、無意識なんだけど気付けばいつも秀吉のことを見てしまっている。会社でも家でもね。時々胸も痛むし息も苦しくなる時だってある、はは、きっと疲れてるんだろうけど」
「それって恋じゃないのか」
慶次の突然の言葉にあの半兵衛が珍しく目を丸くし一瞬硬直する。
「……は?」
鳩が豆鉄砲をなんたらとはこのことだと慶次は思った。
「こ、恋だって?」
「そう、恋」
「僕が?秀吉に?まさかそんな……」
「誰が聞いてもそう思うだろ。お前達のこと見てても思うし」
いつの間にやらカツ丼を平らげた慶次が箸を置き両手を合わせて軽く頭を下げる。あれだけ大きな丼に盛られたカツや白米を瞬く間に胃袋へと注ぎ込んだ慶次とは対照に半兵衛の手にはまだ一つ目のサンドイッチが掴まれたままだった。慶次の発言のおかげでその量はなかなか減らない。
「少なくとも秀吉は半兵衛のこと好きだと思うぜ、あいつのあんな顔見たことない」
「あんな顔ってどんな顔だい」
「優しい顔してんの、お前と話してる時には特にさ」
サンドイッチを片手に戸惑う半兵衛を指差し慶次はニヤリと笑う。
「でも、そんなことあるわけないよ。だって、そもそも僕男だし……」
「俺は恋に性別なんて関係ないと思ってるよ、それに秀吉は女だからとか男だからとかじゃなく『人』を見る奴なんだ。だからきっと……まぁ、あとはお前次第だろうな」
「……」
自分次第と言われ余計に半兵衛の心は困惑した。
自分はそんな風に秀吉を思っているのか、秀吉が慶次の言う通り自分をそう思っているのか、だとしたら今まで一緒に暮らしてきた間に既に「何かしら」があってもおかしくなかったのではないか、何もないということは、そもそも自分は秀吉をどう思っているのか、答えの出ない問いが次々に浮かび上がり、掴んだままのサンドイッチに視線を落として半兵衛は硬直してしまった。
「ハハッ、そんなに悩まなくても大丈夫だろ」
その硬直を解いたのは慶次の明るい声色だった。
「だってほら、半兵衛女の子みたいだしさ」
「……」
数秒の沈黙の後、数日前にフロアに鳴り響いたのと同じ音が食堂に鳴り響いた。周囲の人々が驚き音の発生源の方を見ると、頬を押さえて項垂れる慶次とそんなこと気にも留めずサンドイッチを口にする半兵衛の姿があった。そして誰もがまた慶次がやらかしたなと確信し、食堂は同情を含めた笑いで満ちていった。
恋なんて、とボソッと呟き窓の外を眺める半兵衛の視界の端では慶次が肩頬を抑えながらひたすらに謝っているのが見えた。

「左近!お前なんてことしやがった!!!」
ある日、半兵衛と三成が営業に向かうための準備をしているとフロアに怒声が響いた。とある社員が左近を怒鳴りつけ、その社員にひたすらすみませんと頭を下げ続ける左近が目に入った。
「謝ったってお前な……っ」
「何かあったの?」
さらに何か言おうと口を開いたが半兵衛の場にそぐわない柔らかな声でその言葉は遮られた。そして一度落ち着こうとしたのか大きく息を吸いゆっくりとそれを吐き出す。
「はぁ……左近が先日取ってきた取引先なんですが、こいつ今日そことの打ち合わせがあるのにすっぽかしやがって、今先方から『今回の契約はなかったことに』って電話があったんですよ」
半兵衛への問いに対する言葉にも関わらずやや棘があるのと、握った拳を震わせているあたりまだ怒りを鎮めることができないようだった。
「左近君そうなの?」
「はい……ホントすんません……ッ」
「何故このようなことになったのだ左近」
「実は、前飲みに行ったバーでそこの会社の担当さんに偶然会って……一緒に飲んでる時に今度打ち合わせしましょうって話になったんですけど、お互い酔ってたし……飲みながらだったから俺、本気に思ってなくて……」
頭を下げたまま必死に言葉を紡ぐ左近。怒りの収まらない社員は左近や半兵衛から目を背けたまま再び溜息をつく。どうしたものかと半兵衛は顎に手を添え考え始めようとした時、少し後ろから様子を見ていた三成が動いた。左近のデスクに散らばる資料を集め、黙ったままそれに目を通す。
「あの……三成様?」
「……」
恐る恐る頭を上げ直属の上司の顔を見るが、その鋭い目線は文書に向けられていた。しばらくの沈黙の後、三成は半兵衛の方へゆっくりと振り向き口を開く。
「半兵衛様」
呼ばれた半兵衛が三成と視線を合わせる。
「大変申し訳ございませんが……」
「あぁ、行っておいで」
最後まで言葉を紡がなくとも半兵衛には三成の考えが分かっていた。そして半兵衛もそれが得策だと思い三成の意見を通した。
「ありがとうございます。何をしている左近、行くぞ」
「え、え?行くってどこへ……三成様は半兵衛様と今日は」
「早くしろ!!!」
「は、はいッ!!!」
振り向くこともなく資料を片手に颯爽とフロアを出る三成。何が何だかわかっていない左近だったが三成に呼ばれると無意識に身体が動くのかデスクにある自分の鞄を掴み緩んだネクタイを直しながら三成の後を急いで追っていく。特に解決策を明かした訳でもないが三成の様子からどうにかなると確信したのか、フロアに安堵の空気が流れ始めた。そして先程まで怒りに身を震わせていた社員がようやく落ち着いてきたのか半兵衛に頭を下げ謝罪する。
「先程は左近の件に加え……失礼な態度をとってしまい申し訳ございません……」
よくよく考えれば半兵衛は社長の友人。怒りで我を忘れていたとはいえあまりにも無礼だったと心から反省しているようだった。
「いやいいんだ、気にしないでくれ。君は秀吉や会社のことを思ってくれたんだろう、ありがとう。ただ、怒鳴るのはよくないけどね」
そう言ってくすりと笑う半兵衛にこの社員はとても救われたような気持ちになった。そしてより一層の感謝を述べ、秀吉や半兵衛の為に尽力しようと心に誓った。これが豊臣株式会社の強みだった。上に立つ者を心から信頼し忠誠を尽くせる社員達を育てることに豊臣は長けていた。悪いところは訂正させ良いところを確実に伸ばす、そして結果を残せばそれに見合う報酬を与える、これにより良質な人間達が豊臣の為に尽くすという環境が出来上がる。もちろん秀吉も半兵衛も働く者達をただの駒としてでなく、大切な身内として扱う為社員達も心から二人を慕うようになるのだ。
「賢人よ」
場の空気が良くなったところで吉継が半兵衛へと声をかけた。
「此度の営業には必ず三成と二人で行けと太閤は仰せであったはず、如何するつもりか」
「あぁ、問題ないさ。僕だけで行く」
「しかし太閤が念を押しておったであろう、我は他にやることがあり出来ぬが誰ぞ他の者でも連れて行くがよい」
「大丈夫だよ、大谷君。三成君以外にも過保護なんだね君は」
「むぅ……」
「それじゃ僕も行ってくるよ」
冗談っぽく笑う半兵衛に吉継はそれ以上意見を言うことはできなかった。その代わり気を付けて行けと一言だけ声を掛け自身の仕事に戻ることにした。
三成が左近と共に謝罪へ向かった為、半兵衛はタクシーで今回の取引先へ向かっていた。あの時何故三成が率先して動いたのか、半兵衛はなんとなく分かっていた。左近が豊臣にとって重要な人材だということも理由の一つだが、何より直属の部下である左近をどうにか助けたいと思ったのが一番の理由だったに違いない。秀吉が部下を大切にする姿勢を三成も不器用ながら受け継ごうとしている。本来なら上司の半兵衛との仕事を優先させるところだが、大切な部下も助けなければならない。あの時悩んだ末に最終判断を半兵衛に託したのだった。そして半兵衛はそれを良しとした。
「三成君も良い上司になるだろうな」
嬉しそうに半兵衛はぼそっと呟いた。部下の成長は素直に嬉しい。秀吉の為にもなるし仕事をする上での自分のやり甲斐でもあったからだ。だがその笑みは目線の先にある資料の文字ですぐかき消された。その文字はこれから向かう営業先の会社名。この会社に訪れるのは初めてだったが、名前だけはよく知っていた。
「さて、また常連様になってくれるかな」

To be continued...

一年以上過ぎての更新となりました。時が経つのは驚くほど早くて恐怖に震えております。また遅くなりますが更新をお待ちいただければ幸いでごさいます。

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朝顔の夜