主に半兵衛受けのお話が多いです。

渇き 11


渇き 10の続き、モブ半、三成、秀吉

夕暮れ色の空の下、運動部の生徒達はグラウンドを走り回る。どこからか響く音楽は校舎内で練習をする吹奏楽部の演奏だ。ホームルームが終わっても半兵衛は教室に残り、一人今日の授業の復習をしていた。運動部も文化部も興味のある内容の部活動がなかったため、半兵衛はどこの部にも所属していない。普通の生徒なら放課後になり次第帰路に着いたりバイトへ向かったりとすぐに学校を後にするものだが、半兵衛はいつも一人教室に残っていた。
「あ、そろそろ行かないと」
シャーペンを片手にノートと睨めっこをしていた半兵衛が顔を上げる。黒板の上に設置された時計は夕方の六時を指していた。机に広げたノートや筆記用具を鞄に入れるとやや早足で教室を後にする。勉強するだけなら家でもできる。だが半兵衛がわざわざ放課後も学校に残って勉強をするのには理由があった。
白を基調とした校舎は夕日で柔らかなオレンジ色に染まり、半兵衛の銀髪もまた同じ色に染まっていた。無意識に軽くなった足取りで廊下を歩いていると、ある教室から数人の生徒達がぞろぞろと出てくるのが見えた。
「あー、疲れたー」
「マジ数学意味分かんねぇ」
「これって将来役に立つんですか?いつ使うんですか?」
口々に文句を言っている彼らは先のテストで点数が思わしくなかった補習組である。毎日放課後にこの教室へ集められ夕方の六時までみっちり補習を受けているのだった。
「これくらいのこと理解できるようになってから偉そうな口叩け、明日もやるからしっかり復習してこいよ」
文句を垂れる生徒達の後ろから一人の男が姿を現わす。
「先生次のテストちょっとオマケしてよー!私の親次落としたら携帯没収するとか言ってんの!」
「もっと俺達向けに優しい問題にしてくれよぉ」
「ほらほら早く帰った帰った、来週の再テスト落とさないようにー」
あちらこちらから沸く不満を軽く笑って受け流しながらひらひらと手を振り見送る白衣の男。彼はこの学校の教師で数学を担当している男だった。すらりと背が高く、少し長めの黒髪は清潔に見えるように整えてあるせいか実年齢よりやや大人びて見える。年は若く顔もいいため男女問わず生徒から人気の教師だった。ぞろぞろと教室から遠ざかる生徒達と半兵衛がすれ違う。男はこちらに近付いてくる半兵衛の姿を視界に捉えると口元に笑みを浮かべた。
「あぁ、竹中。ここ片付けるからもう少し待ってくれ」
つい先程まで補習で使っていた教室を指差すと半兵衛ははいと柔らかく笑い頷いた。背中越しにその会話を聞いていた生徒の一人が呟く。
「竹中ってすげぇな、授業終わった後もああやって先生のとこ行って勉強してんだろ」
「俺達なんか強制的に勉強させられてんのにな……」
「なんか狙ってる大学かなりレベル高いところらしいぜ」
「へぇー」
「俺達には縁のない学校だろうよ」
「確かにな!」
「んなことより早く帰ろうぜー!」
補習が終わり清々しい気分になったのか生徒達は笑い合いながら姿を消して行った。
「毎日大変ですね、先生」
いくつもの数式が書き出された黒板を消す背中に半兵衛が笑いかける。
「まぁね、みんなが君みたいに頭が良ければ俺も楽できるんだが……でも何だかんだ文句言いながら頑張って理解しようとするやつらは可愛いもんだ」
「先生は教えるのが上手ですから、きっとみんなすぐ分かるようになりますよ」
「まぁね」
半兵衛の褒め言葉にニヤリと笑うと男は振り返った。
「さてと、待たせたな」

毎日生徒達の使う教室からやや離れた場所にある数学準備室。一人用の部屋のため少し狭いが快適に過ごせるようにと広めのソファとテーブルが置かれている。壁には天井につきそうなくらい大きな棚が設置され、中には教材などがぎっしり詰められていた。ソファやテーブルと雰囲気が違って見えるのはこの棚はもともとこの部屋に置かれたものでその他は男の私物だということだ。この部屋を自由に使用し管理するのはこの数学教師の男だけ。だがここ数日は必ずその隣りに一人の生徒の姿があった。男は部屋に入るなり白衣を脱ぎ捨てると半兵衛をソファへ押し倒す。
「親にはなんて」
そう問いながらブレザーとシャツのボタンを一つ一つ外す男に半兵衛はくすりと笑いながら答えた。
「みんなで放課後補習してもらうって」
「それだけ?」
「そのあと、ご飯も食べてくるって……ん……っ」
問いに答える半兵衛の後頭部に手を回し男が深く口付ける。はだけたシャツの隙間からもう片方の手を入れ白い肌を弄ると擽ったそうに半兵衛が身をよじる。
「ん、う……っは……」
唇同士が離れると男の視線が半兵衛の瞳を捉えた。
「なら今日はゆっくりできるな」
その瞳は赤く、燃えるような炎を宿していた。
「はい、先生……」
心の底から嬉しそうに微笑みながら半兵衛は男の背に両手を回し、瞳を閉じた。

「重治君」
頭に靄がかかったような感覚の中、男の声が聞こえた。そして同時に下半身から駆け上がる感覚に視界と意識がようやく現実を捉えだした。
「あ……、ん……あぁッ!」
「よかったよかった、薬が強すぎてダメになってしまったかと思ったよ」
(今の、夢……薬、何を僕は……)
白い両脚を抱え腰を振り続ける男。下品に口元を歪めるその男の下で半兵衛が再び嬌声を上げる。
「いあぁっ……ひ、ぃん……ッ」
「ほら、っまた出すよ……!」
「ひぁっ、は、ぁ……ん、んんッ!」
より強い突き上げと共に後孔に熱い液体が注がれるのを感じ半兵衛が身をよじる。既に何度か射精されたそこからは収まりきらなくなった白濁が溢れ、二人の下半身とデスクを遠慮なく汚していた。
「はぁ……はぁ……」
「ッは、……ぁっ」
小さく痙攣をしながら必死に呼吸を繰り返す半兵衛を、男は愛おしそうに両腕で抱き締める。
「ぁう、……っ」
その力があまりに強過ぎて半兵衛が苦しそうな表情を浮かべるが男は気付かない。
「重治君、愛してる……君を誰よりも愛しているんだ」
男が酷く自分勝手な愛を半兵衛に注ぐ。困惑と苦しさの中でもその言葉は半兵衛の耳にしっかりと届いていた。艶やかに濡れた唇がゆっくりと動く。
「……ぼく、も……」
「ちょっと!なんなんですか貴方はッ!?あッ待っ……!」
突然、部屋の外から女性が声を荒げているのが聞こえたかと思えば、重く大きな破壊音と共に勢いよく部屋のドアが蹴破られた。その音に男は驚き咄嗟に半兵衛から身を離す。そして音の方向へと向けた目を見開いた。少し遅れて半兵衛もその方向へ視線を向けると、そこに立つ人物の名前を無意識に呼んだ。
「みつなり、くん……?」
呼ばれた男は返事よりも先に駆け出すと半兵衛と繋がったままの男を殴り飛ばし叫んだ。
「貴様よくも半兵衛様にぃッ!!!」
その勢いと痛みで男は裸のまま無様に床へ転げ落ちた。殴られた頬を抑えながらも顔を上げるとそこに仁王立つ三成の鬼のような表情に慄いた。
「ひ、ひぃぃ……ッ」
「いいか」
地を這うような低く恐ろしい声で三成が呟く。
「二度とこのお方、いや我々に関わるな。さもなくばその命、どうなっても私は知らんぞ」
止めに入ろうと部屋に駆け込んだ秘書や騒ぎを聞きつけた警備員すらもその恐ろしさに指一本動かすことも声を上げることすらもできなかった。そして僅かな沈黙の後、三成は自分の来ていた上着を脱ぐとデスクでぼんやりと横たわったままの半兵衛を起こし背中から被せた。
「三成、君……君がどうして……」
「遅くなってしまい申し訳ありません半兵衛様、もう行きましょう」
いつもより少し枯れた声で半兵衛が三成に問うと、先程の鬼のような表情からは考えられないほど優しく、そして悲しい顔をしながら三成はその場を後にしようと進言する。
「でも僕、まだ……」
「何もご心配はいりません、さぁ」
そう言いながら自分の鞄からハンカチを取り出し汚れた半兵衛の身体を拭うと、辺りに投げ捨てられた服を拾い集め丁寧に着せていく。何か言いたげな顔をする半兵衛を珍しく三成は無視し、早くと急かすように肩を抱き震える足を支えながら立たせる。
「お、おい!いいのか!契約は、契約は白紙だぞ!!!」
ふらふらと立ち去ろうとする2人の背中に未だ床に尻をつけたままの男が怒鳴りつけた。情けなく震える声を誤魔化すように声を荒げる。
「……三成、君」
その言葉に半兵衛が不安そうに三成の顔を見上げるが、三成は黙ったまま笑みを浮かべて揺れる瞳を見つめ返した。どうかご安心を、半兵衛はそう言われたような気がして黙って頷いた。
「もう一度だけ言う、二度と関わるな」
三成は振り返り、床でガタガタ震える男を見下しそう言い放つと再び半兵衛の肩を支えながら社長室を後にした。

ビルを出るとすぐ目の前にシルバーの車が停められていた。三成が乗ってきた車だった。
「さぁ、どうぞ」
助手席のドアを開け半兵衛をシートに座らせる。
「ありがとう……」
「いえ」
戸惑うように礼を言う半兵衛に三成はいつも通りに微笑みかける。そのまま静かにドアを閉めると三成は運転席に乗り込みシートベルトを締める。そしてすぐにエンジンをかけた。
「一度私の家に寄りましょう、会社への帰り道にありますので」
「……うん」
半兵衛は三成に聞きたいことが山ほどあったが、今は大人しくその提案に従うことにした。車を発進させる前に三成が水の入ったペットボトルを半兵衛へと手渡す。
「半兵衛様、どうぞ」
あぁそういえば喉が渇いているな、と気付き半兵衛は有難くそのペットボトルを受け取った。
「ありがとね……」
「いえ、では参りましょう」
「うん」
半兵衛の返事を聞き、三成はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
車内にしばらくの間沈黙が流れる。三成は車を運転しながらも時折視線を助手席へ向け半兵衛の様子を伺う。半兵衛はというと黙ったまま目を閉じてはいるものの眠ってはいないようだった。だが、時折苦しそうに溜息のような声を漏らしているため三成は少し不安を感じた。
「……具合はいかがでしょうか」
見るからに良いわけがないのは分かっていたがそう尋ねるしかなかった。その言葉を合図のように半兵衛はゆっくりと瞼を開き、熱っぽい声で答えた。
「まだ、おかしいかな」
「一体何が」
「薬」
自分の一言で三成の顔が強張ったことが半兵衛には分かった。
「薬をね、盛られたようなんだ」
「そんなことが……っ」
ハンドルを握る三成の手元からミシッと音が鳴る。半兵衛が隣りに視線を向けると真っ直ぐに前を向いたまま今にも人を射殺さんばかりに怒りを露わにする三成の横顔が見えた。だがその瞳は薄っすらと涙に濡れていた。悔しがっている、そう半兵衛は思った。今回の取引先へは元々は半兵衛と三成の二人で行くはずだったが、左近のことがあり三成は申し訳なく思いつつも半兵衛一人に任せることにした。あれほど秀吉に二人で行けと言われたのに、もっと早く左近の件を解決できていたら、そもそも左近の仕事や取引先のことを自分がしっかり把握できていれば、三成の心の中が半兵衛には手に取るように感じられた。それほど今の三成は感情を剥き出しにしているのだった。
「今回は僕の不注意だね、大谷君からも同行者をつけるように言われたのに断ってしまってね……全く、僕としたことが迂闊だったよ」
汗で湿った髪を弄りながら半兵衛が笑う。
「何故……」
「うん?」
今にも泣き出しそうな声で三成が絞り出す。
「何故、貴方様が……こんな目に……」
この世で自分が一番敬愛している人物、それは秀吉である。そしてその大切な友人であり自分を今日まで厳しくも優しく育ててくれた半兵衛もまた敬愛している人物だ。そんな半兵衛が何故こんな酷い仕打ちを受けるのか、友人が傷付いたとなれば秀吉自身も心に傷を負うに違いない、何故自分の大切な人達が傷付かねばならないのかと三成は向けようのない怒りを抱き苦しんだ。
「……さぁね」
三成にかける言葉がなかったわけではない。だが半兵衛は今は三成に全てを打ち明けるべきではないと判断した。自分の過去や秀吉との出会い、今回の取引先の男と自分とのこと、いずれは三成も知ることになるだろうがまだ早い。

こちらです、と三成は自分の住むマンションに着くなり半兵衛を部屋へと案内する。エレベーターでいくつかのフロアを過ぎていくと、ある階で機械は止まりドアを開いた。そして三成に促されるまま突き当たりの部屋へと半兵衛は足を進めた。
「お入りください」
ガチャリと音を立てて鉄のドアを開き三成が半兵衛を招き入れる。
「うん、お邪魔します」
癖なのか軽く会釈をしながら半兵衛は玄関へ足を踏み入れる。ドアをくぐってすぐ鼻をかすめる香りに半兵衛が微笑んだ。
「んー、三成君の香りがする」
「に、臭いますか!?」
「ふふ、良い香りってことだよ」
「お、恐れ入ります……」
焦ったような顔をする三成にくすくすと半兵衛が笑いかける。
「散らかっていて申し訳ありません、半兵衛様どうぞこちらへ」
「うん」
テーブルの上を片付けながら三成は半兵衛をソファへと促した。散らかっていると本人は言うが三成の部屋に置いてある家具や道具は必要最低限のものだけ、雑誌やDVDなど娯楽に通じるものが何一つない。普通の感覚の人間なら殺風景にしか見えない部屋、ソファに腰掛けながら半兵衛はそう思った。
「すぐに風呂の用意を致しますので」
片付けが終わると次は浴室へと忙しなく三成が働く。その様子がいつもよりどこか慌てているような気がしたが半兵衛は気づかないふりをした。
「優しい子だからなぁ、三成君」
ぽつりと呟いてまた半兵衛は目を閉じる。
「また、怒られてしまうね……秀吉……」
言いつけを破り予想していた最悪の結果を招いてしまった、叱られて当然だと半兵衛は溜息をつく。挙句部下である三成には情けない姿を見せてしまった。あれは相当堪えたに違いないのに三成はというと、逃げだすことなく今も甲斐甲斐しく半兵衛の介抱に努めている。秀吉の為であるのだろうがそれでも半兵衛は嬉しかったし頼もしい部下だと思った。
「君はやはり素晴らしいよ」
今はこの場にいない人物へ賞賛を送った。
「半兵衛様」
呼ばれて半兵衛は振り返る。
「湯が沸きましたのでどうぞお入りください」
柔らかそうなバスタオルを手に三成が浴室へと促す。
「すまないね……あ、僕」
「着替えの服なら私がご用意致しますので、ご心配なく」
「何から何まですまないね」
そういえば着替えの類を一つも持っていないことに気付くが、それを口にするよりも先に三成の配慮が行き届いていた。渡されたバスタオルを片手に半兵衛は浴室へと足を進める。
「……ごゆっくりどうぞ」
背中に受けた三成の声がいつもより暗く感じたが、半兵衛はいつものように笑ってありがとう、と言った。

To be continued...

三成君は普段は冷静なのに自分の大切な人達に何かあった時、当事者達よりも心を痛める優しい子ですね。

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朝顔の夜