主に半兵衛受けのお話が多いです。
渇き 12
渇き 11の続き、三成、秀半
一定の量を保った熱めの湯が頭上から降り注ぐ。首、背中、足へと流れ落ちる液体の中に自分とあの男の液体が混ざっている、それなのに不思議と半兵衛の中に気持ち悪いなどという感情は生まれてこなかった。棚に置いてあったボディソープを拝借し、汗と体液でベたつく身体や後孔を丁寧に洗い流す。行為の後に風呂で身体を清めるのは平蜘蛛で随分とこなしてきた。そう特に何も問題はない、あの頃の残像が少し残ってただけだ、大丈夫だ、と半兵衛は何度も呟いた。少しでも気を緩ませれば先程の光景が頭に浮かび、そしてその度に秀吉の顔がちらつく。
「違う、ダメだ、今考えるべきことは違う、それじゃないんだ……」
シャワーを止め足元を見つめる。
「今、これから僕のやるべきことを、考えるんだ」
一度大きく深呼吸をし、額に張り付いた前髪を掻き上げて壁に埋め込まれた鏡に視線を移す。
「大丈夫……大丈夫だから」
そう呟いて半兵衛は口元に笑みを作った。
用意されていた少しサイズの大きい服に袖を通しバスルームから戻る途中、部屋から三成の声が聞こえた。誰かと電話をしているのだとすぐ分かり、邪魔にならないよう静かに廊下を歩く。とは言ってもワンルームの部屋の廊下は決して長くもないため、すぐに三成が半兵衛に気付き通話を終わらせた。
「あぁ、では頼む……すみません半兵衛様、おかえりなさい」
半兵衛はいつも通りに笑う。
「お風呂ご馳走様。電話はいいのかい?」
「はい、もう要件は済みましたので問題ありません」
先程と同じソファに再び半兵衛を座らせ、三成はキッチンへ向かう。半兵衛から三成の手元は見えなかったが、甘い匂いが部屋に漂い始め何を用意しているのかなんとなく察した。
「ココア?」
「はい、甘いものを飲むと気持ちが落ち着くそうですよ」
二つのマグカップを手に三成が半兵衛の向かいへ腰を下ろす。ソファが一つしかないため三成は床に座ることになったが何食わぬ顔でどうぞ、とココアを渡してきたため半兵衛は申し訳ない気持ちになった。
「ありがとう……僕ここ良いの?」
両手で受け取ったココアに口を付ける前に半兵衛が尋ねる。
「半兵衛様はお客様です、どうかお気になさらず寛いでください」
「すまないね、服まで貸してもらって」
「いえ、そのような物しかなくて申し訳ありません」
「とても助かるよ。意外と君、身体大きいんだね」
ココアが熱いのか息を吹きかけ冷ましながら半兵衛は笑った。三成が自分より背が高いのは分かっていたが、体格は男性にしては細い方だと思っていた。それがいざ本人の服を自分が来てみれば意外にも余裕が生まれ、やはり三成も成人男性なのだと改めて感じた。もしくは自分がかなりの不健康なのかもしれない、とも感じた。
「僕ももう少し太らないとね」
半兵衛はそう言って笑うとマグカップに口を付けて少しずつ中の液体を飲み始める。優しい甘みが口の中に広がり、三成の言う通り少し気持ちが落ち着くような気がした。そんな半兵衛の様子を見たまま三成はしばらく黙っていたが、一度だけマグカップに口を付けココアを飲み込むと静かに口を開いた。
「……何故、ですか」
「うん?」
「何故そのように、笑っていられるのですか。あんな酷な目に遭われたのに」
マグカップの取っ手を持つ三成の手は微かに震えていた。まだ三成の中に怒りと悔やみが渦巻いているのだと半兵衛は感じ取った。
「うーん、大人、だからかな」
何でもないとばかり半兵衛はくすりと笑う。
「誤魔化さないでください」
「三成君、過ぎたことは気にしてはいけないよ。これから先の、自分のやるべきことに目を向けるんだ。いいね」
「……」
「それが君の為でもあるし秀吉の為にもなる」
三成に反論させまいと半兵衛は言葉を止めなかった。先程まで男に蹂躙されていた者とは思えない程、半兵衛は逞しく真っ直ぐに三成の瞳を見つめる。
「分かるね?」
「……はい」
半兵衛の言葉の圧から、これ以上このことについて教えてはもらえないのだと理解する。整理のつかない気持ちを押し込め三成は頷いた。
「私は一刻も早く貴方様を、秀吉様を支えられるような人間になってみせます。どんな悪意や敵意からも、必ずお守りできるような人間に……」
マグカップを握る手はまだ震えていたが三成のその言葉に迷いはなかった。
「君ならなれるさ、大丈夫」
そう笑って半兵衛はまたマグカップへ口付けた。
会談中のため取れなかった三成からの着信に折り返し、秀吉は酷く動揺した。
「何故一人で行かせたのだ」
三成の報告を聞き終わるより先に怒号が口を飛び出す。周りの通行人が何事かと驚き振り向くがそのことに秀吉は気付いていない。焦りと怒りが手にも伝わり、握っている携帯に危うくヒビが入るところだった。
「……分かった、我も向かおう」
胸の奥から溢れそうになる怒りを必死で抑え込もうとする。ここで三成を責めても仕方ないことは秀吉も分かっているからだ。半兵衛の身に起こったことから、三成が介抱し自宅へ送り届けたことまでを聞き通話を終わらせた。
「我は……何のために……ッ!」
途端に秀吉は駆け出し、近くに停めてあった自分の車に乗り込む。荒々しくドアを閉め、エンジンをかけた。
「待っていろ、すぐに帰る」
ぼそっと呟くと秀吉は車を走らせた。一人で苦しんでいるであろう半兵衛の元へ、一秒でも早くとアクセル踏む。毎日走っているはずの道が今の秀吉には異常に長く感じられた。
自宅の階で止まったエレベーターの扉が開ききる前に、秀吉は身体を滑り込ませ廊下に出た。そのまま駆け出すとドアの前で立ち止まり、少し上がった息を整える。いつもより慌てた手つきで鍵を差し込みロックを解除するが、ドアノブに手を掛けた時、動きが止まった。今、中で半兵衛がどんな顔をしているのか見るのが少し億劫だったし、自分はどんな顔をして会えばいいのかも分からなかった。だが今さらそれを考えても無意味だと思い、一度深呼吸をして秀吉はドアを引いた。
「帰ったぞ」
既に外は暗くなっているのに部屋の中は明かりが点いておらず、リビングも同じく暗いままだった。
「……半兵衛、いるのか?」
自室にいるのかと思い声をかけるが返事がない。ふとテーブルの上にある白い紙切れが視界に入り手に取った。そこには見慣れた丁寧な字で「今日は先に休みます、心配しないで」と書かれていた。
「……すまぬ」
本当ならすぐにでも部屋に駆け込みたかったが、半兵衛自身がそういうならと今は大人しく従うことにした。同時にこんな時に何もできない自分が不甲斐なく、悔しくて仕方なかった。何のために平蜘蛛から連れ出したのか、何のために一緒に暮らそうと提案したのか、結局自分は無力な男なのだと痛感した。その時、ポケットの中で携帯が震えていることに気付く。
「ーー吉継?」
画面に映る見慣れた名前を呟き、通話ボタンを押した。
翌朝、半兵衛は濡れたタオルを額に乗せ、ベッドで横になっていた。その隣りには心配そうに半兵衛の看病をする秀吉が椅子に腰掛ける。
「すまない、こんな忙しい時期に風邪を引くなんて」
いつもより少し赤い顔で半兵衛が謝る。熱で節々が痛むのか、半兵衛が時折苦しそうに顔を歪めたり小さく咳をする度に秀吉は胸が痛んだ。
「疲れが出たのだろう、昨日のこともあるしな」
だから今は休め、秀吉がそう言うと申し訳なさそうに半兵衛は頷いた。薬が効いてきたのか長い睫毛がゆっくりと上下している。
「仕事のことは吉継と三成が何とかするそうだ」
「うん」
「彼奴らなら大丈夫だろう」
「うん」
「我も休むと伝えてある、お前は安心して寝ていろ」
「うん……」
半兵衛の返事が徐々に小さく短くなっていく。
「……少し温いな、タオルを替えてくる」
額に乗せたタオルを手に取り秀吉が椅子から腰を上げる。
「……ねぇ」
半兵衛が小さな声で呼び止め、弱々しく秀吉の服の裾を掴んだ。
「どうした」
「……」
「半兵衛?」
何か必要なのか、とぼんやりとした瞳に問いかけるが半兵衛は黙っている。
温くなったタオルを近くに置き秀吉は半兵衛に向き直る。
「半兵衛」
裾を掴む少し熱い手を握り秀吉がもう一度名前を呼ぶ。すると熱で潤んだ紫の瞳から応えるかのように涙が零れ落ちた。
「……行かないで」
今にも消えそうな半兵衛の声に秀吉は息を飲んだ。
「ここに、いて……」
半兵衛の手を握る力が思わず強くなる。
「あぁ、いるぞ。我はここにいる。だから大丈夫だ、半兵衛」
「うん、ありがとう……」
秀吉の言葉に安心したのか、ふわりと笑うと閉じかけていた瞼をゆっくりと閉じた。同時に目尻に溜まっていた涙がまた零れ落ちる。
それを優しく拭って秀吉は椅子に腰掛ける。
「……ゆっくり休め」
静かな寝息を立て始めた半兵衛に胸を撫で下ろす。
この隙にタオルを交換できないかと思ったが半兵衛もまた秀吉の手を強く握り返しているため、とりあえずは諦めることにした。
次の日も二人は会社を休んだ。
熱は大分下がっていたが大事をとってそうしろと秀吉がすすめたからだ。すぐにでも仕事に戻りたい半兵衛は不服そうな顔をしたが、ついこの間言いつけを守らず秀吉や三成に迷惑をかけてしまったばかりだったことを思い出し、渋々それに従う。
「君まで休むことはないのに」
薬の前に食べろと差し出された粥を頬張りながら半兵衛は言った。
「誰かが看病せねばなるまい」
傍で椅子に腰掛け、腕を組みながら秀吉がその様子を見守る。
「食事をして薬を飲んで寝るくらいなら一人でもできるさ」
「半兵衛、つい先日」
「あぁもうやめてくれ……分かった、君の言う通りにするよ」
つい二日前の失態を掘り返そうとする秀吉を半兵衛が遮る。手に持っていた食器を盆に返し、渡された薬を飲むと半兵衛は布団へと身体を滑り込ませた。
「……本当にすまないと思っているよ、君や三成君達に迷惑をかけてしまって」
食器を片付ける秀吉の背を尻目に半兵衛が呟いた。
「僕は君の役に立ちたくてここに来たのに、情けない男だよね全く」
鼻で笑いながら半兵衛は布団を口元まで引き上げる。自分の力を秀吉の為に使おうと意気込んでいたのに、契約は白紙になったうえに体調を崩し秀吉や会社の部下達にまで迷惑をかけてしまった。本当に情けない、と半兵衛がまた呟く。
「半兵衛……」
食器の乗った盆を一旦テーブルへ置き、秀吉は再び椅子へと腰掛ける。食事で少し汗をかいたせいか額に張り付いている銀髪を秀吉が掻き分けてやる。
「情けないのは我の方だ」
銀髪に触れた手を引き、膝の上で拳を作ると秀吉は俯いた。
「三成から連絡がきた時、我は酷く取り乱した。お前を助けた三成に怒りをぶつけ、己自身の愚かさを呪い……もう、帰る頃にはお前のことしか考えられなくなっていた……」
あの時のことを思い出しながら話す秀吉の声は、握った拳と共に震えていた。
「お前を、また……」
「秀吉?」
「我に力が無いが故に……ッ」
怒りと後悔に声を詰まらせる秀吉を心配し半兵衛が身を起こす。
「……ねぇ秀吉、何故そんなに悔やむんだい?僕は大丈夫だよ、こんなことなんともないよ」
太い血管の浮き出た拳に自分の手を重ね半兵衛は笑顔を見せる。
「確かに今回の取引は会社にとって大きな力になるはずだったけど、君なら、僕達ならもっとーー」
「違うのだ」
半兵衛の声をかき消すように秀吉が声を荒げると、細い両肩を掴み無理矢理視線を合わせる。真っ直ぐに半兵衛を捉える紅い瞳は、溜まった涙で揺れていた。半兵衛はその圧に驚き恐れを感じたが、その視線を逸らすことができなかった。
「半兵衛、お前をまた……あの場所へ戻してしまったように思えてならぬのだ!すまぬ、すまぬ……ッ」
「秀、吉?」
眉間に皺を寄せ声を乱す秀吉は悲しそうにも苦しそうにも見えた。初めて見るその表情に半兵衛は戸惑う。こう言う時に自分はどうすればいいのか分からず、ただ目の前の男を見つめることしかできなかった。
「お前が汚されたと聞いて、我は……ッ」
ついに秀吉の頬に一筋の涙が伝った。思わず半兵衛が手を伸ばしそれを拭う。
「秀吉、どうし……!」
頬に触れる白い手を秀吉が掴み引き寄せる。反動で半兵衛が少し前へふらつき二人の顔と顔の距離が急速に縮まった。驚き目を丸くする半兵衛に秀吉ははっきりと告げた。
「好きだ」
「……ッ」
瞬間、半兵衛は固まる。
随分と聞き慣れたはずの言葉なのに、心臓が忙しく鳴り始めた。この胸の詰まるような苦しさには覚えがある。
「半兵衛、お前が好きだ」
「秀吉……」
「何よりも大切な存在なのだ」
「秀吉、待って……」
「聞かせてくれぬか」
「頼むから待ってくれ!」
紡がれる言葉に目を伏せ半兵衛は逃げようとする。そうはさせないと秀吉が両手を半兵衛の頬に添え無理矢理に視線を合わせた。
「半兵衛、お前の気持ちを聞かせてくれ」
未だ濡れる瞳を隠しもせず秀吉はただ真っ直ぐに半兵衛と向き合う。秀吉の燃えるような紅い瞳が、熱のこもった言葉が半兵衛を逃してはくれなかった。
「あ、ぼく……僕は……ッ」
胸が痛い、目元が熱い。今にも泣き出しそうな顔で半兵衛が懸命に言葉を探す。
何故あの時秀吉のことを思ったのか、ふとした時に胸が苦しくなるのか、この紅い瞳に心がざわめくのか、その理由が今ようやく分かった。ようやく認めることができた。
「僕も……好き……」
震える声で絞り出した答えを聞くや否や、秀吉は細い身体を胸に収め両腕で抱き締めた。自分より細く小さな身体は少しでも乱暴にすれば簡単に壊れてしまうのではないかと秀吉はいつも思っていたが、今はただただ強く抱き締めたかった。
「守ってやれなくて、すまぬ。我が弱いせいだ」
身体を丸めて涙を流す秀吉の背を半兵衛も抱く。力一杯に抱き締められているが不思議と痛くはない。自分より大きな身体の体温は心地よい温度で、瞼を閉じると堪えていた涙が溢れ出た。
「そんなことはないさ……僕はもう随分と君に救われた」
半兵衛は心からそう思っていた。平蜘蛛から出られたことや新しく仕事のできる環境を与えられたこと、今こうして自分のために涙を流してくれていることも半兵衛の心を掬い上げてくれていた。
「もう二度とお前をこのような目には遭わせぬ、二度とだ、誰にも汚させはしない」
「秀吉……」
「半兵衛」
呼ばれて顎を上げれば紅い瞳が半兵衛を見つめていた。
どちらからともなく顔を近づけゆっくりと瞼を閉じる。
ーーダメだ。
「……ッ!」
突然、半兵衛が秀吉の胸を両手で押し返した。決して強い力ではなかったが、その衝撃に秀吉は驚き目を見開いた。
「あ……」
しかしそれは半兵衛も同じで、一瞬驚いた顔をしていたが慌てて押し出した両手を引き秀吉から目を逸らす。
「ダ、ダメだよ秀吉、君に風邪が移ってしまう」
半兵衛は誤魔化すように服の袖で涙を拭う。
「僕も君と同じ気持ちだけど今は、その、ダメだよ」
「……そうか、そうだな、分かった」
秀吉の声は明らかに落ち込んでいたが無理矢理することではないし、半兵衛の体調のことも考えると休ませることが先だと納得し頷いた。
「急いて悪かった」
秀吉もまた服の袖で涙を拭うと半兵衛を横にさせ掛け布団を被せた。申し訳なさそうに見上げてくる半兵衛の頭を秀吉は軽く撫でてやる。また額に張り付いた銀髪を掻き分け、そこに軽く口付けた。
「何かあったら遠慮なく呼べ、いいな?」
「うん、わかった」
擽ったさとお互いが鼻声なのが可笑しくて半兵衛がくすりと笑う。
秀吉は頷き椅子から腰を上げ、テーブルに置いた食器を手に取り部屋を出ると秀吉は静かにドアを閉めた。ドアの向こうで食器を片付ける音を聞きながら半兵衛は右腕で両目を覆う。
「ごめんね、秀吉……」
そう呟くと拭った頬に再び涙が伝っていった。
To be continued...
そろそろ終わりが見えてまいりました。半兵衛様が育てたのだからNo.1とNo.2が数日不在でも豊臣は揺るがないと思ってます、佐和山トリオは強い子達。
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